死亡フラグをへし折るには?
──救ってみせるとは言ったものの……。
「具体的に何したら良いんだ?」
アナスタシオスが〝アナスタシアお姉様〟になって生活は激変した。
彼は女性としての常識を身につけるために家庭教師がつけられた。
それと同時に、クロードにも。
王族の結婚相手の家族として恥じないような生活をするように求められた。
「正直、滅茶苦茶しんどい……」
クロードは深いため息をついた。
自分は前世は高校生、今世は田舎の貧乏貴族の末弟として過ごしてきたのだ。
どちらの人生も、貴族の常識に全く触れてこなかった。
クロードはぶんぶんと首を横に振る。
──いや、今はそれどころじゃない。兄さんの死亡フラグをどうへし折るかだ。まず、状況を整理しよう。
婚約者アデヤ・グレイス・エロスは〝アナスタシア〟が男だと言うことを知らない。
国王が息子の初恋を実らせようと奮闘した結果、アナスタシオスを女性の〝アナスタシア〟として婚約させた。
ここまでは良い。
ゲーム本編で、〝アナスタシア〟は主人公に犯罪紛いのいじめを繰り返す。
そのことを公衆の面前で追求された〝アナスタシア〟は激昂し、主人公を手にかけようとする。
その悍ましい形相に、ベタ惚れだったアデヤは目を覚ます。
『なんて、醜い……! アナスタシア・フィラウティア、君との婚約を破棄する!』
〝アナスタシア〟に婚約破棄と国外への追放を言い渡す。
そして、国外に出る道中、事故に遭い、死亡する……。
というのが、大体の流れだ。
攻略対象によって多少シナリオが変わるが、どのルートでも、〝アナスタシア〟は必ず婚約破棄され、国外追放され、死亡する。
クロードはアナスタシオスが死ぬのを避けたい訳だが……。
──一体、どうやって?
〝アナスタシア〟が主人公をいじめなければ良い。
しかし、クロードにはアナスタシオスが主人公をいじめるなんて想像出来なかった。
兄は、顔に似合わず激情家で、曲がったことが嫌い。
悪戯好きではあるが、犯罪スレスレの嫌がらせなんて、絶対にしない。
同じ時間をほぼ共にしてきた弟だからこそわかる。
ふと、クロードは窓に映った自分の顔を見る。
──そもそも、アナスタシアの弟なんてゲームに出て来なかったぞ?
自分の顔は如何にもモブキャラといった顔をしている。
黒髪のショートヘアに、ダークブラウンの三白眼。
ヨーロッパの世界観で、日本人のような顔立ちだ。
ゲームや漫画で、目元に影がかかるタイプのモブキャラクターだろう。
──おれの顔、母さんと父さんにはそっくりなんだよな。……兄さんが規格外に綺麗なだけなんだけど。
〝クロード〟など存在してなかったか。
もしくは、存在していたが、モブキャラ過ぎて話にすら上がらなかったか。
──クソー。こんなことならゲームを最後までプレイしとけば良かった。なんで、何周もしたのにアナスタシアが死ぬとこまでしかやってないんだよ、おれ……。
頭を抱えながら屋敷の廊下を歩いていると、広い廊下にポツンと一人立っていることに気づいた。
「……あれ? ここ、何処だ?」
今いるこの屋敷はアデヤからの貰いものだ。
「こんな豚小屋に住んでいるなんて可哀想だ! 美しいアナスタシアに似合う屋敷をプレゼントしよう!」とアナスタシオスがアデヤに言われて渡されていた。
──豚小屋って……。人の家のことをそこまで貶さなくても良いじゃないか。
前に住んでいた屋敷とは比べ物にならない程大きい屋敷。
考え事をしながら歩いたら、迷うのは当然であった。
「あ……」
いつの間にか、ダンスレッスン室の前に来ていた。
そっと、扉の隙間からダンスレッスン室を覗き込む。
アナスタシオスがダンス教師と共にダンスの練習をしているのが見えた。
──この時間はダンスの練習か。さっきまでマナーの勉強してたのに。兄さん、大忙しだな……。
暫く眺めていると、アナスタシオスがダンス教師の足に躓き、顔から転んでしまった。
「にっ……お姉様!」
クロードは慌てて飛び出し、アナスタシオスに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「く、クロード、見ていたのね」
アナスタシオスが顔を上げる。
──良かった。顔に怪我がなくて。
顔に傷を負って、アデヤが「醜い顔の女とは婚約破棄だ」とか言い出したら事だ。
そのまま、国外追放死亡一直線になるかもしれない。
まあ単純に、クロードがアナスタシオスの顔が好きだから、という理由も少なからずあったが。
「申し訳ありません、お嬢様。あまりにも動きが拙いものですから。もしかして、この年までダンスをしたことがないのかしら? お気の毒ですわね」
ダンス教師はくすくすと笑う。
控えていたメイド達もつられて笑っていた。
──もしかして、わざと……!?
クロードはダンス教師を睨みつけた。
「このこと、アデヤ殿下が知ったらどう思う!?」
「叫ぶだなんてはしたない。流石、田舎者ですわねえ。何、ダンスの練習中に転んだだけですよ」
「わざと足をかけたんでしょう!?」
「言いがかりですわ」
ダンス教師はため息をついた。
「アタクシは代々王家に仕えている家系ですの。ぽっと出の貴方達とアタクシ、殿下はどちらの話を信じるかしらね?」
「なんだと……!?」
「クロード、落ち着いて」
アナスタシオスが見兼ねて声をかける。
「お姉様……!」
「姉さんは大丈夫。姉さんが頑丈なの、よく知ってるでしょ? ね?」
──今は矛を納めてほしい。
アナスタシオスの目はそう言っているように見えた。
「……わかった」
クロードは拳を握り締めて、その場を後にするしかなかった。




