時が経つのは速いもので
「男だってバレたぁ!?」
クロードは一連の出来事を聞いて、ひっくり返った。
「大丈夫だって。何とか言いくるめたからよ」
アナスタシオスがラヴィスマンについた嘘をまとめて教えた。
アナスタシアには〝アナスタシオス〟という双子の兄弟がいた。
あまりにもそっくりな双子は父親から不気味に思われ、存在を隠されていた。
昔から、アナスタシアは心の調子を崩しやすかった。
それが原因で、アデヤとの婚約を破棄されるかもしれない。
そう恐れた両親とアナスタシアは、隠していたアナスタシオスをアナスタシアの代わりに仕立てた。
「よくもまあ、こんなデタラメを……」
「長年嘘ついてりゃこんくらい余裕よ、余裕」
「褒められたことじゃないんだけどな……」
クロードは呆れながらも、アナスタシオスの頭の回転の速さに感心する。
「それにしても、初恋の人、か……」
「『そなたが【博愛の聖女】だと思っておる』っつってたのも、初恋の人が【博愛の聖女】だったからなんだろうなあ。なんか、俺に似てるっつってたし?」
「そういえば、ラヴィスマンルートのシナリオで初恋の人がどうとか言ってた気がする……」
「重要な情報じゃねえか。早く言えよ」
「ラヴィ先輩のシナリオはただただイチャイチャが続くだけの単調なものだったから記憶が曖昧で……ごめん。アナスタシアもほぼ出て来なかったし」
「でも、俺は断罪されるんだろ?」
「ポッと出て来て、さっくり断罪される」
「雑過ぎねえ?」
「どのシナリオでもアナスタシアの扱いは雑だぞ。モノローグであっさりと死んだことが伝えられるし」
「モノローグ……モノローグなァ」
アナスタシオスは鼻で笑った。
「とりあえず、今の話が真実ってことになったから、辻褄合わせよろしくな?」
「辻褄合わせって……何するんだ?」
「ラヴィと話すときは話し合わせてくれってこった」
「う、上手く出来るかな、おれ……」
「大丈夫だって。ラヴィとは挨拶する程度だろ? 校舎も違えし、乗馬クラブでもねえし。滅多に会って話さねえだろ」
「今の内はそうだけど……。来年になったら、おれも高等部校舎に出入りするんだぞ」
「そんな直ぐには来ねえだろ。一年後だぞ」
そのときは思ったよりも直ぐに来ることになるのだが。
□
あれよあれよと言う間に、毎年恒例の学園パーティー。
アナスタシオスは紫色のドレスに身を包み、パーティーに挑む。
──ドレス姿の兄さんはやっぱり眼福だなあ……。
クロードは緩む口元を手で隠した。
アナスタシオスが入場すると、ご令嬢達がヒソヒソと話し出す。
「ねえ、聞きまして? アナスタシア様の話……」
「ええ! 【博愛の聖女】様を陰で嫌がらせしているって話でしょう?」
「次期【博愛の聖女】と呼ばれていたアナスタシア様がねえ……」
「だからこそ、でしょう。選ばれなかったことによる嫉妬で……」
「怖ぁい。でも、そうよね。外見も中身も完璧な淑女なんて、いるはずなかったのよ」
アナスタシオスは噂話をしている令嬢達に目を向ける。
彼女らは彼と目が合うと笑って誤魔化し、そそくさとその場を離れた。
「ったく、好き勝手言いやがってよお」
「お姉様、口調が崩れているぞ」
「小声じゃ聞こえやしねえよ。遠巻きに噂話をするしか脳がねえ奴にゃあな」
アナスタシオスはクロードと共にパーティー会場を歩く。
人とすれ違う度、侮蔑や嘲笑といった、気持ちの良くない視線を向けられる。
「『嫌がらせの事実はない』ってきっぱり否定したってのに、噂されるもんだな」
「噂は尾ひれがついて広がるものだからな」
「にしたってよ、明らかに噂の広がり方が異常だ。これも主人公補正って奴か?」
「これはどちらかと言うと、シナリオの強制力の方かも……」
「俺の悪評もシナリオ通りってか」
「むしろ、遅過ぎるくらい……。ゲーム開始時点で、〝アナスタシア〟の評価は地の底まで落ちてたから」
「マジかよ」
アナスタシオスは周囲を顧みない〝アナスタシア〟に呆れた。
「まあ、クロードに話を聞いてなきゃ、そうなってたかもしれねえなァ……」
アナスタシオスとレンコとのヒロインの座争奪戦は冷戦状態が続いていた。
レンコは徹底的にアナスタシオスを避け、シナリオ通りの噂を流す。
根も葉もない噂は何故か瞬く間に広がっていった。
レンコと関わりを持ってしまったシュラルドルフとゼニファーは、完全にレンコの手中に収まっている。
アナスタシオスと話す機会もめっきり減った。
この二人のイベントを進めようにも、上手くいかない状態だ。
アナスタシオスは噂を否定し続けた。
彼を信じてくれる人はほとんどいなかったが……。
全てを知るミステール、味方だと豪語したラヴィスマン、中等部にいたシルフィトの三人は、アナスタシオスの無実を信じているようだ。
前と変わらず接してくれている。
ミステールのシナリオは既に崩壊している。
アナスタシアの専属執事だなんて、シナリオにはなかったのだから当然。
ラヴィスマンのシナリオは順調に進んでいるように思える。
シルフィトのシナリオはこれからだ。
「来年のパーティーまでに、兄さんが主人公の座を奪う。そうすれば、断罪イベントは回避出来るはず。だけど、噂が心配だな……」
レンコをいじめた事実はない。
なのに、周りはまるで真実のように話している。
──もし、アデヤが噂を鵜呑みにして兄さんを断罪したら……。
アナスタシオスは「ふう」とため息をつく。
「レンコと接触でも出来りゃあ、悪評も払拭出来るんだがなァ」
「どうするんだ?」
「後ろから笑顔で抱きつくんだよ」
「ホラーか?」
「『百聞は一見にしかず』っつうだろ? 仲良しこよしを見せつけりゃあ、だだの噂だったんだなって思うじゃん」
「レンコにはなんて言うんだよ?」
「『あの噂はきっと、レンコちゃんとわたくしを仲違いさせるために真犯人が流してるんだわ。でも、残念……。レンコちゃんとわたくしはお友達! 噂ぐらいで友情が壊れたりしないわ!』っつってやるんだよ」
「いきなり淑女に後ろから抱きつくのはちょっとどうかと思う」
「あら、異性じゃないんだから良いでしょう?」
アナスタシオスは〝アナスタシア〟のように上品に笑う。
「異性だろうが」
クロードはため息をつく。
「あまり接触すると骨格からまた男だとバレるぞ」
「一人も二人もそう変わんねえだろ」
「変わるが!?」
「──アナスタシア!」
アナスタシアの婚約者、アデヤは輝かんばかりの笑顔でアナスタシオス達に近寄る。
「ああ! 今回仕立てたドレス、僕の女神の美しさを存分に引き立たているね! プレゼントして良かったよ!」
アデヤのよく通る声でそう言ったものだから、噂好きの令嬢達にも聞かれていたようだ。
水を得た魚のように、また噂話を再開した。
「新しいドレスですって」
「アデヤ殿下にねだったのかしら」
「貧乏貴族は卑しいわね」
聞こえないふりをして、アナスタシオスはアデヤに微笑みかけた。
「素敵なドレスをありがとうございます、アデヤ殿下」
アデヤは満足そうに頷いた。
彼はまだレンコに魅了されていないようだ。
それもそのはず。
アデヤは断罪イベントの際、〝アナスタシア〟を裏切るのだから。
──こいつが、最大の敵だ。
アナスタシオスとクロードが冷ややかな目で見つめているのを、アデヤは全く気づいていないようだった。




