肖像画の中の人
聖国は宗教国家である。
古くから、聖国民には癒しの力という、人智を超えた力があった。
彼らはその力を、博愛の神から賜ったものだと信じていた。
博愛の神は文字通り、全ての人を平等に愛する、博愛の心溢れる神である。
──神の博愛の心に感謝せよ。博愛の心を持てば、人類は救われる。
その教え故に、聖国では一夫多妻制が認められていた。
それは聖国王も含まれる……。
「聖国の王は妾を数人持つのがしきたりじゃった」
「妾って……つまり、愛人のことですね」
「博愛の精神の下……というと聞こえは良いじゃろうが、要は、子孫を残すためじゃった。何せ、王位を継承出来るのは、現聖国王の血を引くものだけと決まっておるからのう」
「現国王の血……? では、国王のご兄弟は王位を継ぐことが出来ないんですか?」
「そうじゃ。だから、妾が必要じゃった」
人間はいつ死ぬかわからない。
国王の血を絶やさないためにも、妾を持ち、子を成すべきであった。
「しかし、現聖国王──我の父は一人の女性しか愛さなかった」
「聖国の王妃様は確か……前の【博愛の聖女】でしたね」
ラヴィスマンは頷く。
「彼女はとても素敵な人じゃった。父は彼女以外愛せなかったのじゃ。博愛教の教えを忘れ、妾を持たず、生涯その人だけを愛すと誓っていた……」
「純愛だ」
アナスタシオスは頬を赤らめて、笑って見せた。
「じゃが、一つ問題があった」
「問題、ですか?」
「子を我一人しか授かれなかったことじゃ」
「あ……」
先程のラヴィスマンの言葉を思い出す。
王位を継承出来るのは現聖国王の血を引くものだけ、だと。
「我に何かあったら、現聖国王の血が絶える。そして、博愛教の教義に反していたことも明らかになる。それを防ぐために、我はこのキュリオ学園に来たのじゃ。しかし……」
ラヴィスマンは前で手を組んだ。
「我は父と同じ過ちを繰り返してしまう。馬小屋で、ナーシャ姫と初めて会ったとき、我は彼女に釘付けになった」
「一目惚れですか?」
ラヴィスマンは眉をハの字にして笑った。
「一目惚れ……とは、少し違うかもしれんのう。我にとって、彼女に恋をしたのはこれが初めてではなかったからのう……」
「うん……? 意味がよく……」
アナスタシオスは彼の言葉の意味がわからなかった。
ラヴィスマンは手を組み直し、話を続けた。
「我には初恋の人がおっての。その人は肖像画の中におった。我は一目で恋に落ちた」
「その人がアナスタシアに似ていたと?」
「そうじゃ。それで、肖像画のモデルは誰じゃったと思う?」
アナスタシオスはハッと、口を手で押さえた。
「も、もしかして……」
「さっきも言ったじゃろう。ナーシャ姫は前の【博愛の聖女】──聖国の王妃に似ておると」
「王妃様って……ラヴィ様の母君ですよね!? それ、直ぐにわからなかったんですか!?」
「若かりし頃の絵じゃったからのう。ここ、キュリオ学園に通っていた頃で、今とはまるきり違う」
ラヴィスマンは「ほほほ」と笑った。
「ナーシャ姫と初めて会ったとき、母の若い頃の生き写しじゃと思うた。顔の造形などではない。雰囲気が、魂が、そうじゃと」
「魂……」
──なんだそれ、嘘臭え……。
アナスタシオスはスピリチュアルなことは信じないタチであった。
「嘘じゃと思うたじゃろ」
「い、いえっ。そんなことは……」
「正直に言って良い」
ラヴィスマンは笑って流した。
「まあ、そんなこんなで、我は直ぐに失恋してしもうた訳じゃな。母であったし、それに──」
「ラヴィ様のお父様がいますしね」
「強力な恋敵じゃろう?」
アナスタシオスとラヴィスマンは笑い合った。
「愛してはいけない人に恋してしまった。誰にも言えない秘密じゃった。そんなとき、ナーシャ姫と出会った。やっと愛せる人が現れたと思うた……」
ラヴィスマンは空を仰いで、そう言葉を綴った。
話が終わったか、とアナスタシオスは質問してみた。
「恋した相手が【博愛の聖女】なら、レンコさんの方が良いのでは?」
「あの女子は彼女に全く似ておらん」
ラヴィスマンは一蹴した。
ラヴィスマンのその態度を見て、アナスタシオスは首を横に振った。
「……尚更、貴方にアナスタシアは任せられなくなりました」
「何故じゃ?」
「アナスタシアを初恋の人の代わりにしようとしているからです」
「……アナスタシアの代わりをしている者に言われるとはのう?」
「アデヤ殿下は曲がりなりにもアナスタシアを見てくれていますから」
「顔しか見ておらんじゃろう」
──ごもっとも。
しかし、口には出さなかった。
アナスタシオスは爽やかな笑顔を作る。
「俺はアデヤ殿下と共にあることが、アナスタシアの幸せだと確信しています」
心にもない嘘をついて、舌を噛みそうだった。
「……なら、何も言わぬ」
ラヴィスマンは不服そうな顔でそう言った。
アナスタシオスはハッとした。
「あの、アデヤ殿下に、俺達が入れ替わっていたってこと、言わないで下さい! もしバレてしまったら俺……! いえ、家族が大変なことになります! 破談どころでは済みません!」
これだけは言っておかなければ、と思い、早口で捲し立てる。
「言わぬよ。そなた達は我の秘密を抱えておるからな」
アナスタシオスはきょとんとする。
「ラヴィ様が俺の秘密をバラしたとしても、ラヴィ様の秘密をバラしたりはしませんよ?」
──それとこれとは話が違えし。俺はバラされたら一貫の終わりだけど、ラヴィはそうじゃねえだろ。
そう思っての言葉だったが、ラヴィスマンは機嫌を良くしたように笑った。
「ほほほ。今はそういうことにしておくのじゃ」
ラヴィスマンは笑みを浮かべる。
「困ったことがあれば、我を頼れ。聖国民総出で協力しよう」
「そ、総出で?」
「聖国の王族は神に近しい存在として、神聖視されておるからのう。我の指示に従う」
ラヴィスマンは胸に手を当てる。
「ナーシャ姫は一人ではない。我がついておる。と、ナーシャ姫に伝えとくれ」
「……はい。伝えておきます、ラヴィ様。貴方がいたら、百人力です」
アナスタシオスは笑顔を心がけた。




