バレた!?
「そなた、男じゃったのか?」
そう言われて、アナスタシオスの動きと思考が止まる。
ようやく思考が追いつくと、サアッと顔を青ざめさせた。
「……み、見たんですか?」
アナスタシオスは両腕で自分の体を抱いて、そう言った。
男だとバレたということは、体を見られたということ。
いくらアナスタシアを好いているとはいえ、意識のない時に女性の体を見るとは、軽蔑せざるを得ない。
「他にも傷がないか見させて貰っての。よくよく見たら、骨格が男のものじゃったから」
──骨格なら、まあセーフってことにすっか。しっかし、体の特徴からバレたのは不味い。誤魔化しようがねえ……。
アナスタシオスは言い訳を考えようと思考をグルグルと回す。
そのとき、ラヴィスマンが口を開いた。
「いつの頃からじゃ?」
「……へ」
「そなた、度々ナーシャ姫と入れ替わっておったのじゃろう? いつの頃から、入れ替わりを始めたのじゃ?」
──入れ……替わり……?
アナスタシオスは言葉の意味を即座に理解した。
「最初にお会いしたときからです!」
──乗るしかねえ、その話に!
言い訳が思いつかない今、ラヴィスマンの勘違いに付け込むしかなかった。
「ラヴィ様──いえ、ラヴィスマン様は気づいておられたんですね。僕とアナスタシアが何度も入れ替わっていること」
「ラヴィで良い。確信は出来んかったがのう……。六年ほど前じゃったか、そなた達の家に聖国の医師が行ったじゃろう」
クロードが落馬して、頭を強く打ったときに呼んだ医師の話だろう。
アナスタシオスは「はい」と頷いた。
「弟のクロードの頭の怪我を治して頂きました」
「その者は我の馴染みなのじゃ。曰く」
『フィラウティア家の長男に弟を治すよう懇願された』
「……と。おかしな話だと思ったのじゃ。そなた達は姉と弟……兄の話は一切出ぬ」
様子を伺うようにラヴィスマンはアナスタシオスの顔を見る。
「まるで、兄などおらぬようでの」
アナスタシオスはバツが悪そうに目を逸らした。
「はい。フィラウティア家の本当の長男は俺……アナスタシオスです。クロードではありません」
「やはりな」
ラヴィスマンは納得したように首を振る。
「して。何故、そなたはいなくなり、ナーシャ姫の真似事をしておる?」
言い訳を考えるのに十分な時間は稼げた。
アナスタシオスは嘘八百を並べ始める。
「アナスタシアのためです」
「……ほう」
「〝本物のアナスタシア〟はストレスを非常に感じやすくありました。アナスタシアが傷ついたとき、俺が代わりをするんです。昔からそうでした」
アナスタシオスは悲しげな顔をする。
「俺とアナスタシアは一卵性の双子です。見分けがつかないほど、そっくりでしょう?」
「そうじゃな。顔も仕草も思考も、そっくり全て」
「しかも、俺とアナスタシアには商国の血が少し混じっていて、お互い経験したことが直感的にわかるのです」
勿論嘘だ。
アナスタシオスの体に商国の血が混じっている話は聞いたこともない。
「顔も仕草も思考も同じ……。同じ人間は二人も要らないでしょう?」
アナスタシオスは口元に弧を描く。
その瞬間、ひやりとした空気が、ラヴィスマンの頬を撫でた気がした。
「父は、あまりにもそっくりな俺達を不気味がりました。左右の目の色が違うこともその一因だったのでしょう……」
アナスタシオスは目の下に指を当て、目を伏せた。
「……珍しいものを不気味だと思うのは人間の性じゃからのう」
「父は同じ人間が二人いることをひた隠しにしました。それが功を奏したのは、アデヤ殿下とアナスタシアが婚約してからでした」
アナスタシアは学園に入学し、心無い言葉を向けられた。
下級貴族だの、田舎者だの、色目を使っただの。
皆、好き勝手にアナスタシアを評した。
「アナスタシアはそのとき、心の調子を崩したのです」
「平然としているようじゃったが。それはもしや……」
「俺と入れ替わっていたからです」
ラヴィスマンは「そうか……」と項垂れた。
「アナスタシアの心は酷く脆い……。そのことをアデヤ殿下に知られたら……」
「破談になってしまうかもしれん、か」
アナスタシオスは頷いた。
「アナスタシアも、両親も、この婚約をどうしても破談にしたくなかった」
理由は説明するまでもなかった。
アナスタシアは好きな人と結ばれたい。
両親は王家の後ろ盾が欲している。
「だから、俺はアナスタシアの代わりをしているのです。今回は【博愛の聖女】とのトラブルで、心の調子を少し崩してしまって……。だから、俺が出て来たんです」
「……心の病は、我が聖国の癒しの力を以ってしても治すことは出来ぬ……」
「やっぱり、そうなんですね……」
アナスタシオスは俯いた。
──だと思ったぜ。だから、そういう設定にしたんだ。
アナスタシアが怪我で休んでいるという設定にしたら、ラヴィスマンは「治させてくれ」と言い出すかもしれない。
そうしたら、嘘が全てバレてしまう。
ミステールのときのように味方に引き入れても良いのだが、やはり、秘密を知る者は少ない方が良い。
アナスタシオスはパッと顔を上げる。
「あの、アデヤ殿下に、俺達が入れ替わっていたってこと、言わないで下さい! もしバレてしまったら俺──! 家族が大変なことになります!」
「言わぬよ。そなた達は我の秘密を抱えておるからな」
アナスタシオスはきょとんとする。
「ラヴィ様が俺の秘密をバラしたとしても、ラヴィ様の秘密をバラしたりはしませんよ?」
──それとこれとは話が違えし。俺はバラされたら一貫の終わりだけど、ラヴィはそうじゃねえだろ。
そう思っての言葉だったが、ラヴィスマンは機嫌を良くしたように笑った。
「ほほほ。今はそういうことにしておくのじゃ」
ラヴィスマンは真剣な顔をする。
「……しかし、何故、アデヤの坊主に真実を打ち明けぬ? あれが本にナーシャ姫を愛しておるのなら、大事にすべきじゃろう」
「先程も言いましたが、心配をかけたくないと思うのも愛です」
「そなたはそれで良いのか。自分を消し、誰かの代わりをするなど」
「俺は姉弟が幸せなら、それで構いません」
唯一の弟クロードを思い浮かべながらそう言うと、自然と笑みが溢れた。
ラヴィスマンは悔しそうに顔を歪めた。
「そなたは美国の坊主がナーシャを幸せに出来ると思っておるのか?」
「ええ。勿論です」
──嘘だけど。
アナスタシオスは心の中でべ、と舌を出す。
我儘を言えば、パパが全て叶えてくれる。
御伽話のような綺麗な世界で生きているお坊ちゃんなど、大嫌いだ。
ラヴィスマンはアナスタシオスの色違いの双眸をじっと見つめた。
「我にせんか?」
「え?」
「苦しんでいるそなた達を何も知らぬ男の元に嫁ぐなど、幸せになれぬ。我ならば、ナーシャの全てを愛せるぞ」
「……ラヴィ様」
うわ、とアナスタシオスは思う。
──こいつ、マジでアナスタシアのこと……。
そこで、ふと、違和感を覚える。
アナスタシオスを見つめるその瞳の奥、別の人物を見ているような気がした。
レンコに傷つけられて泣いているアナスタシアを見ているのだろうか。
存在しないのにご苦労なことだ、と思ったが……。
──いや、違えな。昔から……ラヴィはアナスタシアに愛を囁くとき、別の人を見ているようだった。
「ラヴィ様にアナスタシアを任せられません」
「何故じゃ?」
「ラヴィ様が本当に愛しているのは、アナスタシアではないからです」
ラヴィスマンの表情がこわばる。
──やっぱりな。
「貴方はアナスタシアの断片から、一体誰を見ているのですか?」
「……似ておるんじゃよ」
「誰に?」
「前の【博愛の聖女】──聖国の王妃に」




