癒しの王子との逢瀬(?)
放課後。
アナスタシオスは乗馬クラブの活動をすべく、学園内にある馬小屋を訪れていた。
活動と言っても、馬に乗るのではない。
馬小屋の掃除である。
このために、アナスタシオスは動きやすく、汚れても良い服に着替えていた。
「まずは、敷料の掃除!」
手始めに、下に敷き詰められた汚れた敷料を、堆肥舎に移動することから始める。
「やあ。ナーシャ姫」
作業中のアナスタシオスに、ラヴィスマンが声をかけた。
「あら、ラヴィ様。ご機嫌よう」
アナスタシオスは腕で額の汗を拭い、笑顔を見せる。
「掃除なんぞ下の者に任せておけば良かろうに」
「これも馬との交流の一つですもの! それに、実家でも馬のお世話をしていましたしね。慣れたものですわ」
アナスタシオスは昔実家で飼っていたポニーのビアンカを思い出す。
アナスタシオスの実家はメイドのメイしか使用人がいない。
ビアンカの世話はアナスタシオスがしていた。
「我も一緒しても良いかのう?」
「え! 手伝って下さるのですか!?」
アナスタシオスは根っからのアウトドア派だが、筋力や体力がなかった。
敷料を捨てる際、馬小屋と堆肥舎を行ったり来たりするから、非常に体力を使う。
ラヴィスマンがいれば、アナスタシオスは楽が出来ると思った。
「助かりますわ! わたくし一人では大変だと思っていましたの!」
とびきりの笑顔でそう言うと、ラヴィスマンは照れたように笑った。
□
アナスタシオスとラヴィスマンは敷料の入れ替えが終わった。
エサ桶と水桶を洗っているとき、ラヴィスマンは口を開いた。
「そういえば、ナーシャ姫、軍国と商国の坊主からそなたのアリバイを聞かれたのじゃが、何か疑われておるのか?」
「……へ」
──あー。アリバイを聞かれたとき、ラヴィの名前出したからなあ。つか軍国って、シュラルドも結局聞いたのかよ。
アナスタシオスは眉を下げて答える。
「【博愛の聖女】様の件で少し……」
しかし、瞬時に表情を明るくする。
「でも、問題ありませんわ。わたくしの潔白はラヴィ様が証明して下さったのでしょう?」
ラヴィスマンは首を横に振った。
「事実を述べたまでじゃ。我は何もしておらん。……どうやら、我が聖女が迷惑をかけておるようじゃの」
「め、迷惑だなんてそんな!」
──本当に大迷惑してるぜ!
口では弁明しつつ、心の中では苦い顔をする。
「今回の【博愛の聖女】は少々お転婆なようでのう。我らも手をこまねいておるのじゃ」
「そうでしたの……」
──……ふーん。ラヴィもレンコのことをよく思ってねえみてえだな。
アナスタシオスはラヴィスマンを仲間に取り込むチャンスだと、レンコの所業について話すことにした。
「……実は【博愛の聖女】様──レンコちゃんに嫌がらせをする人がいるらしいんですの」
「ほほう……そのような人がおるんじゃな」
「その人がわたくしなんじゃないかと疑われているようでして」
「嫌がらせしたのか?」
「断じてしていませんわ!」
慌てて弁明するアナスタシオスに、ラヴィスマンはフッと笑う。
「まあ、そうじゃろうな。ナーシャ姫のことじゃ。嫌いな人間がおったら、面と向かって言うじゃろうて」
「もう、揶揄わないで下さいまし。心臓に悪いですわ」
「すまんのう」
ラヴィスマンはクツクツと笑った。
「レンコちゃんに嫌がらせをした犯人はきっと見つかりますわ。シュラルド王子とゼニファー王子が調査して下さっていますもの」
「ふむ……。疑われていることについて、婚約者の坊主は何も言って来ぬのか?」
アナスタシオスの婚約者──アデヤのことだ。
彼はこの件について何も話していない。
どうせ「醜い者の言ってることなど無視すれば良いだろう?」としか言わないだろうから、伝えなくとも良いと思っていた。
アナスタシオスは正直に答える。
「お話していませんから」
「将来、夫婦となるのに隠し事とはいかんな。そなたは美国の坊主を信用してないのか?」
「心配をかけさせたくないと思うのも愛でしょう?」
アナスタシオスは優しく、そして悲しそうに微笑んだ。
ラヴィスマンはフッと笑った。
「……違いない」
「さて!」
とアナスタシオスは洗ったばかりの水桶を持ち上げた。
「エサ桶と水桶を戻しましょうか!」
そう言って笑って、歩き出す。
そのとき、濡れた地面に足を取られ、バランスを崩してしまった。
「あ」
不味い、と思ったときにはもう手遅れだった。
「ナーシャ!」
ラヴィスマンの力強い声が聞こえたかと思うと、後頭部に衝撃が走った。
□
「う、うう……」
後頭部と臀部が痛む。
グラグラと揺れる頭の中、アナスタシオスは目を開けた。
「目を覚ましたかのう?」
ラヴィスマンの顔が目の前にあって、アナスタシオスは起き上がろうとする。
「ら、ラヴィ様!? わたくし、何が……!?」
「こらこら。起き上がるでない」
ラヴィスマンにやんわりと寝ているように促される。
首元に氷嚢が置かれていて、ひんやりと冷たかった。
「具合はどうじゃ」
「なんか、頭がグラグラするような……?」
「そなたは頭を打ったんじゃよ」
「頭を……そうでしたの」
「軽い脳震盪じゃろう。暫く安静にしておれ」
「は、はい……。ありがとうございますわ……」
──危ねえー……。人前で意識失うとか、油断してたぜ。
意識のない間に体をベタベタと触られて、男だとバレたら元も子もない。
「ああ、そうじゃ」
思い出したかのようにラヴィスマンは言った。
「そなた、男じゃったのか?」
「……あえ?」
アナスタシオスは間の抜けた声を出してしまった。




