顔の違う兄弟の話
幼少期。
アデヤから告白される前の話だ。
アナスタシオスは頻繁に外へ遊びに行くことが多かった。
家は非常に居心地が悪い。
父は、母の不貞の象徴たるアナスタシオスを毛嫌いしていた。
対して母は、美しいアナスタシオスを着せ替え人形にするのが好きだった。
アナスタシオスは両親のどちらも好きにはなれなかった。
だから、外に出た。
野山を駆け、木に登り、良い感じの木の棒を振り回す。
家に帰ったら疲れて寝るだけ。
嫌なことを思い返す暇はない。
しかし、問題点が一つだけあった。
「兄ちゃん、兄ちゃん。何処に行くの? おれも行く!」
一つ下の弟クロードのことだ。
彼は屈託のない笑顔で、アナスタシオスの背後をぴょこぴょことついてくるのだ。
──一人になりてえってのによぉ……。
アナスタシオスは彼の存在を鬱陶しく思っていた。
放っておいてクロードが怪我をすると、父に怒られるから、無視も出来ない。
その日、アナスタシオスは虫の居所が悪く、ついカッとなってこう言った。
「ついてくんなよ! お前なんか弟じゃねえ!」
「え!?」
クロードがショックを受けたような顔をした。
その顔が何故か面白く感じて、アナスタシオスは続けた。
「俺とお前、血が繋がってねえんだとよ。俺は美人で、お前は不細工。全く似てねえもん」
「ぶ、不細工……」
「事実じゃねえか。……何? 傷ついてんのかぁ?」
アナスタシオスはニヤニヤと意地悪く笑う。
「確かに、おれは目が描かれないタイプのモブだけど……」
「目が描かれな……? なんて?」
「でも、兄ちゃんの弟は誰にも譲れない! 兄ちゃんの美しい顔を毎日拝めるのは、弟の特権だから!」
クロードは胸を張ってそう言った。
アナスタシオスは舌打ちをし、クロードを睨む。
「お前も結局、俺の顔かよ……」
「うん! だから」
クロードはアナスタシオスの腕を強く握った。
「兄ちゃんには長生きして欲しいなって思う」
「……俺が長生き出来ねえみたいじゃん」
「美人薄命って言うし」
「なんだそれ」
「綺麗な人は早死にしやすいって意味。兄ちゃんから目を離したら、いなくなりそうで……。不安なんだ」
彼があまりにも真剣な顔で、訳わからないことばかり言い放つもんだから──、
「──ぶはっ!」
アナスタシオスは吹き出して、大笑いした。
「お前、俺の顔好き過ぎだろ! ぎゃはは!」
「う、うん。大好き」
いきなり笑い出した兄を見て、クロードは戸惑っている様子だった。
一頻り笑ったあと、アナスタシオスは言った。
「気が変わった。クロード、兄ちゃんが遊んでやるよ」
「えっ! 本当!?」
クロードは目を輝かせた。
「意地悪なこと言って悪かったな。お詫びに今日はお前がしたい遊びしようぜ。何して遊ぶ?」
「じゃあ、おれ、秘密基地作りたい!」
「ひみつきち? 何じゃそりゃ」
「木の上におれ達だけの基地を作るんだよ! 父さんと母さん、メイばあやにも内緒で!」
「内緒かァ。それ、良いなあ!」
結局、クロードが木登り出来なかったため、木の上の秘密基地は断念した。
その代わり、森の中に小さな秘密基地を作った。
そこにメイばあやのクッキーを持ち込んで話をしたり、木の棒を使ったチャンバラごっこをしたり、木彫りの置物を作ったり、昆虫採集をしたり。
家にいる時間より、秘密基地にいる時間の方が長いと思えるくらい、秘密基地は第二の家になっていた。
□
「──ちゃんと家族だったのは、クロードだけだったんだ」
アナスタシオスは楽しかった日々を思い出して、口元が緩めた。
「メイさんは?」
「メイばあやは結局メイドだろ。主人にゃあ逆らえねえ」
「なあ?」とアナスタシオスはメイばあやに目を向けた。
メイばあやは悲しそうに眉を下げるだけで、何も言わなかった。
「親父は、俺が女として婚約したことも『クロードを当主に出来てラッキー』としか思ってねえんだろうな。逆にお袋は、『アナスタシアの美しさが美国の王家に認められてハッピー』とか思ってんだろ」
ミステールは長いため息をついた。
「……旦那様と奥様が空気な理由がわかりましたよ。貴方がクロードくんを溺愛する理由も」
「溺愛はしてねえ」
「でも、危険から遠ざけたいんでしょう?」
「なるべくな」
「それなら、もう遅いのでは?」
「……あ?」
「神の作ったシナリオに逆らおうとしているんですから、いつ神罰が下ってもおかしくないでしょう」
アナスタシオスは黙りこくった。
「クロード坊ちゃんも危険を承知で貴方を生かそうとしているんです。その覚悟だけは受け入れてやっては?」
アナスタシオスは舌打ちをした。
「……執事の癖に生意気だ」
「恩をやり返したまでですよ」
□
クロードは自分の部屋のベッドで横になっていた。
自分の行動は確かに軽率だった。
なのに、アナスタシオスに「わからず屋」などと怒鳴ってしまった。
──こんな喧嘩してる場合じゃないってのに……。本当に、自分が嫌になる。
夜中の静かな部屋の中、扉のノック音が部屋に響く。
「クロード、いる?」
続いて、アナスタシオスの声が聞こえた。
クロードは急いで体を起こし、扉を開けた。
「兄さ……お姉様」
「入れてくれる?」
「あ、ああ。勿論」
クロードはアナスタシオスを部屋に招いた。
扉を閉めると、アナスタシオスは肩の力を抜く。
「その……悪かった、な」
「え?」
「さっき、怒って、さ」
いつも毅然とした態度で話すアナスタシオスらしくもない、しどろもどろとした発言だった。
「……おれの方こそ、勝手なことしてごめん。兄さんには兄さんの考えがあるのに……」
「俺のために何かしたかったんだろ。わかってるよ。でもな、お前が俺を守りたいように、俺もお前を守りてえ」
「おれは別に守らなくても良くないか」
「俺に降りかかった火の粉が、隣のてめえにも飛ぶかもしれねえだろ。それは俺が許さねえ」
クロードはきょとんとした顔で、アナスタシオスを見つめる。
アナスタシオスはやれやれと思う他なかった。
クロードは自己犠牲的というか、自分を大事にしない。
体を張ってシュラルドルフの暴走を止めたとき然り。
「んで、だ。攻略対象の中の誰かを攻略したいって情報はマジで欲しかったもんだ。よくやった、クロード」
クロードはぱあ、と表情を明るくさせた。
「だが、次はちゃんと俺に相談すること! 良いな!」
胸倉を掴む勢いでそう言われて、クロードは「わかった」と言わざるを得なかった。




