死の運命から死の運命へ
アデヤの突然の告白。
ポカンとしていたアナスタシオスだったが、直ぐに我に返った。
「あの、勘違いなさってるようですが、僕はおと──」
「詳しいことは追って連絡する!」
「あっ、ちょっと……!」
アデヤは立ち去った。
まるで嵐のようだった。
残されたアナスタシオスは呆然と立ち尽くすしかなかった。
「おやおや、アナスタシオス坊ちゃまはお綺麗ですからね。アデヤ様の心を奪っちゃって……」
メイばあやは「うふふ」と笑う。
「すみません、クロード坊ちゃま。お部屋に急ぎましょうね」
メイはクロードを抱え、足早に家の中へ入った。
□
クロードは自室のベッドに運ばれた。
家から一番近い診療所の医者に診て貰ったが、たんこぶが出来ていた程度で問題はなさそうとのことだった。
しかし、まだ頭がグラグラとするため、クロードはベッドに横になっていた。
「具合はどうだ? クロード」
アナスタシオスが部屋に入ってくる。
「まだフラつくけど、多分大丈夫」
「そっか。何かあったら、俺かばあやに言うんだぜ?」
「うん」
クロードは頷いた。
「兄さん、アデヤ様の求婚、どう返事するつもりなんだ?」
「なんだ。聞いてたのか? 勿論断るぜ。『俺は男。結婚出来ない』ってな」
それを聞いて、クロードは安心した。
〝アナスタシア〟はあの王子と婚約し、将来婚約破棄されて国外へ追放。
そして、亡き人となるのだ。
──兄さんはきっと、〝アナスタシア〟だ。
ゲーム内の〝アナスタシア〟も、ど田舎の馬小屋の前でアデヤと出会う。
そのとき、アデヤが彼女に一目惚れして、告白。
のちに婚約をする。
ここで婚約しなければ、〝アナスタシア〟と同じ道を辿ることはない。
──良かった。
ここはゲームと似て非なる世界なのだろう。
だから、〝アナスタシア〟は男なのだ。
クロードはホッと胸を撫で下ろした。
「うっ……」
急に、胃から何か迫り上がってくるのを感じた。
クロードは咄嗟に口元を抑える。
「クロード!? どうした!?」
「気持ち悪い……」
「ばあや! お医者さんを呼べ! クロードが……!」
心配するアナスタシオスの声がどんどんと遠くなり、クロードの意識は落ちた。
□
──頭が痛い。まるで、頭を殴られ続けているみたいだ。
意識が朦朧とする中、声が聞こえる。
「もうワシに出来ることはないですじゃ……」
嗄れた声が聞こえる。
先程、頭の怪我を診てくれた診療医の声だ。
「医者なら何とかしろよ! クロードを治せ!」
「し、しかし、坊ちゃん。一介の診療医にはどうにも出来ませんですじゃ」
「……もう良い! 別の医者に診て貰う!」
「弟君を治すには聖国の医師くらいでないと……」
「じゃあ、その医者を呼べ!」
「アナスタシオス」
クロードの父の声だ。
「ウチが貧乏なのを知ってるだろう? 聖国の医師を呼べる金はない。クロードは……もう……」
父が鼻を啜る音が聞こえてくる。
「ナーシャ、人はいずれ死ぬものなの」
これは、クロードの母の声だ。
「簡単には受け入れられないかもしれないけど……」
──おれ、死ぬのか……? 前世の記憶を取り戻したばかりなのに?
訳もわからず、混乱したまま、考えがまとまらない。
しかし、これだけははっきりと思った。
──……死にたくない。
「……金は、俺が用意する」
アナスタシオスはっきりとそう言った。
コツコツと足音が近づく。
「……クロード、安心しろ。兄ちゃんが何とかしてやるからな」
アナスタシオスの頼りになる声が近くに聞こえて、クロードは安堵した。
そして、そのまま、深い眠りについた。
□
「ん……」
クロードは目を覚ます。
頭の痛みは引いていて、ぐわんぐわんと揺れることもなくなっていた。
「おれ……生きてる……?」
頭に手を添えると、包帯の感触があった。
「ああ! クロード坊ちゃま!」
「ばあや……?」
「ああ、良かった! 目を覚まされて!」
メイばあやは涙ぐみながらクロードを抱き締める。
──あれ、夢じゃなかったんだな。
死ぬ寸前だったときに聞こえたアナスタシオスの言葉を思い出す。
『兄ちゃんがなんとかしてやるからな』
──なんとかしてくれたんだ。兄さんが……。
クロードは嬉しくて泣いてしまう。
「兄さんは何処? 治ったって報告しないと!」
そう言うと、メイばあやはたちまち表情を暗くした。
「……クロード坊ちゃま、アナスタシオス坊ちゃまは──」
「……え」
□
クロードは止めるメイばあやを振り払い、アナスタシオスの元に向かった。
廊下を一人で歩くアナスタシオスの後ろ姿を見つけると、クロードは叫んだ。
「兄さん!」
アナスタシオスは振り向く。
「クロード……! 目を覚ましたのか!」
クロードの顔を見て、アナスタシオスは表情を明るくさせた。
「まだ起き上がっちゃ駄目だぜ? お前はまだまだ元気じゃねえんだからな」
アナスタシオスはクロードの肩をポンポンと叩いた。
「王子との婚約を受け入れたって本当なのか」
「……あー……」
クロードがそう聞くと、アナスタシオスはバツが悪そうな顔をする。
「ばあやから聞いたのか? ったく、クロードが本調子になるまで言うなって言っといたのに……」
「どうして……! 断るって言ってたじゃないか!」
「クロード」
アナスタシオスはため息混じりに言った。
「わたくしのことはこれから『お姉様』と呼ぶのよ」
突然、アナスタシオスは別人のような口調になった。
「え……」
クロードは動揺する。
「わたくし、アナスタシア・フィラウティアはアデヤ様と《《女性として》》婚約したの。国王様から直々に申し出があったのよ」
「ど、どうして……兄さんは男だろ!?」
「しー。声が大きいわ。初恋相手が男だなんて知ったら、アデヤ様は傷ついてしまう……。わたくしが男だと彼にバレてはいけないの」
「わかった?」とアナスタシオスに念を押される。
クロードは頷くしかなかった。
「わかっ……た……」
「良い子ね」
アナスタシオスは満足そうに微笑む。
「両親とばあや以外には言っては駄目。念には念を入れて、ね。口に戸は立てられないもの。これは国王様の命よ。国王様はとんだ親馬鹿──子煩悩な方よね」
「その要求を呑む代わりに、おれの怪我を治療して貰ったんだな」
アナスタシオスは驚いた顔をしたが、直ぐに優しく微笑んだ。
「賢い子ね。アデヤ様を傷つけたら──王家に楯突いたら、わたくし達家族に何があるかわからない。賢い貴方ならわかるわね」
「でも……!」
「クロード、これからわたくし達の生活は一変するでしょう。クロードも家族のために、勉学に励むのよ」
アナスタシオスはクロードに背を向けて、歩き出す。
──おれのせいだ。
クロードの治療費のため、アナスタシオスは王子と婚約した。
死の未来に、一歩踏み出してしまった。
──《《おれが》》踏み出させてしまった……。
クロードはこの先、アナスタシオスに起こる破滅を知っている。
アデヤとの婚約破棄。
国外追放。
そして、死……。
ならば、すべきことは一つだ。
──アナスタシア──いや、おれの愛する兄を、死の運命から必ず救ってみせる。