淑女流の反撃
シュラルドルフに破られた教科書について問い詰められた次の日。
アナスタシオスとクロードの通学中、ゼニファーと会った。
三人は挨拶を交わしたあと、ミステールの話を始めた。
「ミステールがアナスタシア嬢の専属執事になったと聞いたのですが、本当なのですか?」
「ええ、本当ですわ。高等部に上がってからですけど……。ミステールから聞いていませんの?」
「ミステールは自分の話を全くしませんから……」
ゼニファーは三つ編みを指で弄る。
「本当に彼で良いのですか?」
「ミステールとても良い働きをしてくれると思いまして」
とても良い働きとは、アナスタシア断罪回避に関してのものだ。
「……まあ、アナスタシア嬢がそう言うのなら……」
ミステールの話をしつつ、校舎へと向かっていると、突然、クロード達の前に女子生徒が立ちはだかった。
【博愛の聖女】レンコだ。
「あら、貴女は──」
「アナスタシア様、申し訳ありません!」
レンコはそう言って、頭を下げた。
ここは朝の通学路。
なんだなんだ、と周囲の目が集まる。
突然のことで、アナスタシオスは困惑する。
隣にいたクロードとゼニファーもだ。
「……ええと。いきなりどうされましたの?」
「ああ! 謝ることさえ許されないのね! 私、貴女に何か悪いことをしましたか!? 悪いところがあるのなら教えて下さい! 直しますから!」
レンコはおいおいと泣き喚いた。
──いや、だから、質問に答えろや。
アナスタシオスは更にイライラしてしまう。
隣にいるゼニファーにはその苛立ちが伝わってしまったらしい。
アナスタシオスの顔色をうかがっている。
ゼニファーは直感が鋭く、人の感情が読み取れる。
だから、彼といるときは、極力を怒らないようにしてきた。
しかし、レンコを前にしたら、どうしても我慢出来なかった。
「落ち着いて下さいまし。何がありましたの?」
「とぼけないで下さい! 私の教科書を破ったり、悪口を言ったり、無視したり! たくさん嫌がらせしてきたじゃないですか!」
過剰な程の大袈裟な演技。
こんな演技臭い演技に騙される人がいるのだろうか。
しかし、人の目を引くには十分だった。
「嫌がらせ?」
「アナスタシア様が?」
「本当に?」
二人の様子を伺っていた周囲の人間がひそひそと話す。
ここで否定するのも、肯定するのも、黙っているのも逆効果だろう。
考えた末、アナスタシオスが取った行動は──。
「まあ! なんて酷い!」
ブチ切れることだった。
──兄さん、逆ギレは逆効果じゃ……!
クロードはそう思って、アナスタシオスを止める方法はないかと頭を回す。
アナスタシオスの口から次いで出た言葉の方が早かった。
「嫌がらせするなんて許せないわ! わたくしが犯人を探し出して、とっ捕まえてやりますわ!」
「……へ?」
話を聞いていた人達は皆、ぽかんと口を開けた。
「いや、だから、犯人はあんた──」
「レンコちゃん! レンコちゃんと呼ばせて頂きますわね!? 慣れない学園生活の中、嫌がらせされるなんてさぞ辛かったでしょう。でも、大丈夫。次からはわたくしが傍にいますからね!」
アナスタシオスはレンコの手をぎゅっと握る。
「は、は?」
レンコは何が起こったのかわかっていないようだった。
アナスタシオスは心の中でほくそ笑んだ。
──駄目だぜ? レンコちゃん。演技するときは、相手のペースに乗っちゃいけねえ。特に、人を騙すときにはなあ?
「いつ、何処で、どんな嫌がらせをされたの!? ……ああ、いえ! 辛くなるなら、無理に思い出さなくても良いわ! まずは、レンコちゃんの心の傷を癒さなければ! レンコちゃん、クッキーはお好き? わたくし、いつも持ち歩いてるのよ! 食べると気分が落ち着くの! 差し上げるわね!?」
アナスタシオスの必死な姿に周囲の人間は「こいつ、犯人じゃないんじゃ……?」と思い始めた。
アナスタシオスの計画通りに。
アナスタシオスは昔から心の機微に聡い子供だった。
加えて、人を手のひらで転がすことに愉悦を感じる性格でもあった。
そんな彼が六年間で築き上げてきた〝淑女アナスタシア〟というキャラクターは、彼にとって非常に都合の良いものである。
〝淑女アナスタシア〟は美しく優しい。
同級生が嫌がらせを受けていたら、怒りに震え、犯人を探す程に。
それだけでなく、非常に抜けている。
令嬢でありながら、スカートで木登りをする程に。
完璧ではないからこそ、都合の悪い部分は聞こえないふりが出来る。
人間は、耳から聞いた内容を明確に覚えている訳ではない。
そう言ってたかもしれない。そんな風に捉えられたかもしれない。そう思わせたなら、こっちの勝ちだ。
「……アナスタシア嬢、レンコ嬢は貴女が犯人ではないかと疑っているのだそうですよ。ふふ……」
アナスタシオスの天然さに笑いを堪えながら、ゼニファーは言った。
「……え!? わたくしが!?」
アナスタシオスは十分に間を空けて言う。
頭になく、言っている意味を理解するのに時間がかかった、とでも言うように。
ゼニファーは眼鏡を押し上げた。
「まあ、その様子だと、アナスタシア嬢は関与してなさそうですね」
直感の鋭い商国のゼニファー王子のお墨付きを頂いた。
「アナスタシア嬢は容姿で誤解されやすいですが、嫌がらせをするような冷たい方ではありません」
「まあ! 冷たいと思ってらっしゃったの?」
「目つきが少々……」
悪役令嬢だから仕方あるまい。
「しかし、性格はむしろ熱いです。このように」
ゼニファーはついさっきのアナスタシオスを思い出して笑ってしまう。
「レンコ嬢、私の方でも嫌がらせをした人物について、調査をしましょう。我が友人たるアナスタシア嬢の潔白を証明しなくてはなりませんから」
「ゼニファー王子……! 心強いですわ!」
アナスタシオスは目を輝かせる。
「レンコちゃん、もう心配はいらないわ! 貴女が快適な学園生活を送れるよう、頑張るからね!」
レンコはアナスタシオスの勢いに気圧されて、何も言えなくなっていた。




