決別
ゼニファーとのお茶会から一週間後のことだった。
その日は雨が強く、クロードは寮にある自分の部屋で、ベッドに寝そべりのんびりとしていた。
──兄さんが遊びに来ないかなあ。そろそろ顔が見たいけど……。
そのときタイミングよく、コンコン、と扉がノックされた。
兄の来訪だと思ったクロードは飛び起き、扉に向かっていく。
鍵を開け、扉を開いた。
「……え?」
扉を叩いたのはアナスタシオスではなかった。
ゼニファーと同じ顔だが、眼鏡をかけていない。
ミステールだった。
彼が全身から水を滴らせながら、そこに佇んでいる。
「み、ミステール……王子! どうしたんです!? そんなずぶ濡れの格好で!」
「入れてくれ……」
ミステールは弱々しくそう言った。
クロードは扉を大きく開き、彼を中に招き入れる。
「一体何が……いや! とりあえず、お風呂に入りましょう! このままでは風邪を引いちまう! ……ばあや! メイばあや、来てくれ!」
「どうしました、坊ちゃま?」
ひょっこりと奥の部屋からメイばあやが現れる。
「お風呂の用意を頼めるか!?」
メイばあやはずぶ濡れのミステールを見て、目を見開く。
彼女は直ぐに状況を察したようだった。
「お任せを」
「着替えはおれのお古で良いか……。あ、あと、温かい飲み物も用意して。ベッドの準備も!」
クロードとメイばあやは慌ただしくミステールを出迎えた。
□
入浴して、クロードの古着に着替えたミステールを、クロードのベッドに案内した。
クロードがマグカップに入れたホットミルクを差し出すと、ミステールは震える手でそれを受け取った。
一口飲むと、「ホッ」と安心したように息をつく。
「ミステール王子、体調はどうです?」
「大分温まったよ。ありがとう」
ミステールは力無く笑う。
「一体何があったんですか」
「それは……」
ちらり、とミステールは後ろで控えてるメイばあやに目を向けた。
クロードはその視線の意図を察した。
「ごめん、ばあや。二人きりで話がしたいんだ」
「承知致しました。何かありましたらお申し付け下さい」
メイばあやは一礼すると、寝室を出た。
「これで良いか?」
クロードがそう聞くと、ミステールは頷きとも項垂れとも取れるように、下を向く。
「……毒を盛られた」
「毒!? 医者を呼ばないと……!」
「未遂で終わったから問題ないよ」
──商国の王子に毒を盛るなんて、未遂でも重罪じゃ……?
そう思ったが、まずはミステールの話を聞くことにした。
「問題ないなら、なんで俺のところに来たんだ?」
「君にしか話せないことがあった」
「……ゲームの話、か」
ミステールは頷いた。
「……この世界はゲームだ。どれだけ足掻いてもシナリオ通りに進む。僕は〝ミステール・ルダス〟になる運命だ」
ミステール・ルダス。
ゲーム本編開始前、変わる名前。
「僕は王位争いのため、双子の兄弟に毒を盛られる運命にある」
「双子の兄弟って……ゼニファー!? ゼニファーに毒を盛られたのか!? 何かの間違いじゃないのか!?」
「ゼニファーは僕の紅茶に毒を盛り、僕がそれを指摘したら白状した。事実だよ」
「そ、そんな……」
ゼニファーはミステールと協力したいと語っていた。
──それが、何故。毒を盛ったんだ……?
「僕が愚かだった。アナスタシアの死を回避するべく起こした君の行動が、運命を変えつつあると知って。僕も運命を変えられると思ってしまった」
「シナリオ通りだったのか、毒を盛られるのは」
「そうさ。そして、僕は王位継承権を放棄。度々学園に訪れる神出鬼没の商人ミステール・ルダスとなる」
「そんな……」
ミステールは目頭を指で押さえた。
「わかっていたのに、やはり辛いものだね。兄弟に命を狙われるのは……」
初対面のときの不気味さはなく、ただ世界に絶望する、一人の少年がそこにいた。
ああ、そうか、とクロードは納得する。
──ミステールもまた、運命に抗いたかったんだな。
気持ちは痛いほどわかる。
血を分けた兄弟から命を狙われるなんて、想像を絶する苦しみだろう。
兄弟が死ぬこと以上に……。
──おれが、ミステールにしてやれることはないか?
「ミステール、ウチの執事にならないか」
「……へ?」
ミステールがぽかんと口を開けて、間抜けな声を出す。
「ほら、ここなら衣食住整ってるし。王族の婚約者の家ってことで、待遇も悪くないし。代わりに、兄さんの運命を変えるのに協力してくれたら……なんて」
「なんだ。結局それが目的なんだ?」
「下心はある……けど! お前を助けたいのは本当だぞ!?」
クロードは真剣な表情を作る。
「お前の運命を変えたいんだよ。商人ミステール・ルダスになる運命を」
「……そうだね」
ミステールはフッと笑うと、窓の方を見た。
「執事も、悪くないかもな」
朝から続いていた雨は止み、雲間から太陽が顔を覗かせる。
□
「クロードくん! 匿ってくれよ!」
ミステールがクロードの部屋に飛び込んできて早々に、そう叫ばれた。
突然のことで唖然とするクロードを放っておき、ミステールは机の下に身を隠した。
「おい、ミステール。匿うって誰から……」
「──こら! ミステールさん!」
メイばあやの怒号が聞こえて、クロードも思わず机の下に隠れた。
メイばあやは暫く部屋の中を探し回ったあと、「必ず見つけますからね!」と言って部屋を出て行った。
「お前、何したんだよ! ばあや、滅茶苦茶怒ってんじゃん!」
「ちょっとサボっただけさ」
「見習いがサボってんじゃねえ!」
ミステールが王位継承権を放棄し、ずぶ濡れになりながらクロードの元に訪れたその後。
ミステールはフィラウティア家の執事見習いとなった。
そして、古株のメイド、メイばあやの元で仕事をしている。
「メイさんの説教は長いからさ。本当に困っちゃうよね。クロードくんも大変だったんじゃないの?」
と言いつつ、ミステールは何だか嬉しそうだ。
「え。おれ、ばあやに説教されたことないけど……」
「え? もしかして、僕だけ……?」
「──見つけましたよ、ミステールさん?」
机の下を覗き込むメイばあやと目が合い、クロードは思わず「ひっ」と悲鳴をあげてしまう。
「ゲッ! メイさん!」
「ばあやを出し抜こうなんて、十年早いですよ?」
メイばあやはミステールの耳を掴み、引っ張った。
「痛い! 痛いよ、メイさん!」
メイばあやはクロードに頭を下げる。
「……クロード坊ちゃま、お騒がせ致しました」
「いや、大丈夫。ミステールのこと、みっちり叱ってやってくれ」
「クロードくん!?」
ミステールは信じられない、というような目で、クロードを見つめた。
「クロード《《坊ちゃま》》でしょう! 全く。親しいのは良いことですが、礼儀はちゃんとしないといけませんよ! ミステールさんはいつも……」
ぐちぐちと、メイばあやはミステールに説教を始めた。
──……なんか、メイばあや、生き生きしてるな。
早く部屋から出て行って欲しい、とクロードは思いつつ、何だか楽しそうな二人を眺めた。




