似ているのに程多い
「アナスタシア嬢、弟君。ご相談があります」
とある日。
学園の廊下で、ゼニファーに声をかけられた。
中庭に行くと、紅茶とお菓子がセッティングをされたテーブルがあった。
ゼニファーに促されるまま、そのテーブルにつく。
「お二方、先日の贈り物、有り難く頂戴致しました。マカロン……というものを、初めて口にしました。とても甘くて、美味しかったです」
「お口に合ったようで何よりですわ。あれは弟のクロードが選んだのですよ」
「流石美国の民……良いセンスをしてらっしゃる」
ゼニファーは褒めたが、アナスタシオスは面白くなさそうだった。
──『美国民だから、じゃなくて、クロードだからだろうが』……という顔だな。これは。
「それで、ゼニファー王子。相談というのは?」
「実は……」
ゼニファーは間をたっぷりと開け、意を決したように話し始める。
「私には双子の兄弟がいます。名はミステール」
「あらまあ、ゼニファー王子にもご兄弟がいらっしゃったのですね」
「はい。アナスタシア嬢と同じクラスなのですが……」
「申し訳ありません。存じ上げませんわ」
アナスタシオスは手を頬に当てて、申し訳なさそうに言った。
「いえ、知らなくて当然です。ミステールはあまり学校に顔を出しませんから」
ゼニファーは首を横に振り、「話を戻します」と言った。
「私は彼と仲良くしたいのですが、上手くいきません。貴女方兄弟は大変仲がよろしいようで。何がご教授頂ければと」
「ご教授……と言われましても。普通にしているだけですわ。ねえ、クロード」
アナスタシオスはクロードに問いかける。
──まあ、普通って言えるようなもんじゃないけど。
そう思いつつも、クロードは頷いた。
「その普通がわからないのです」
ゼニファーは下を向き、眼鏡を押し上げる。
「私とミステールは王位を争う身。仲良しこよしが出来ないのは、同時に生まれたときから決まっていることでした」
──やっぱり、王族って王位を争うもんなんだな……。
クロードは何処か上の空だった。
王位を争うなんて、クロードにとっては画面の向こうの世界の話のようであったから。
「では、何故今、仲良しこよしをしようと?」
「……今、我々は危機に瀕しています。詳しいことは私の口から言えませんが」
──経済難、か……。
クロードは一人納得する。
商国は現在、経済難に陥っている。
ゼニファーが倹約家なのは国に金がないからだ。
ゼニファールートの中盤で、その話が聞かされる。
「ミステールと手を取り合いたい。そう思っているのです」
「……お話は大体わかりました」
アナスタシオスは頷いた。
「そうですわね……。まず、ゼニファー王子はそのミステール王子のことを良く思っていないのでは?」
「……おわかりになりますか。流石ですね」
ゼニファーは目は驚いたように開き、口元には笑みを浮かべていた。
「アナスタシア嬢は商国の国民性をご存知でしょうか」
「確か、直感が鋭いとか」
「はい。私は特に人の感情を読むのが得意なのです」
「感情が?」
「アナスタシア嬢は怒りっぽくある」
「えっ……!」
クロードはドキリ、とした。
アナスタシオスの心の内に燻る怒りを、ゼニファーは知っていたらしい。
アナスタシオスはばつが悪そうな顔をする。
「バレていましたのね……」
「だからこそ、私は貴女が苦手でした。怒りを抱えている人間がそばにいると、気疲れしてしまうものでして」
クロードは少しわかる気がした。
短気な人がいると、周りの人はその人を怒らせないよう、必要以上に気を遣うものだ。
ゼニファーは首を横に振る。
「しかし……それは間違いでした」
「間違い……ではないと思いますけれど。わたくしは確かに短気ですから」
「いえ、怒るのは当然なのです。いきなり、貴族社会に放り込まれたと思ったら、謂れのない陰口を言われて。理不尽極まりない」
アナスタシオスとクロードは目を見開いた。
まさか、怒りの理由をゼニファーに理解して貰えるなんて、思いもしなかった。
「しかし、貴女は怒りを隠し続けた。笑顔を見せ、誰も不快にならないように振る舞った。……素晴らしい人だ」
──兄さんが怒る度にクッキーを渡して、怒りを沈めてたからな!
クロードの努力が報われて良かったと思った。
「アナスタシアが弟を見るとき、楽しさや嬉しさが浮かんでいました。そのとき、思ったのです」
──慣れない環境で、陰口を言われた続けたらそりゃあ怒るよな……。
「……と」
「……まあ、確かに、そうですわね」
「貴女が憤怒の怪物ではないと知りました。本当は、心穏やかな人なのでしょう」
──全然穏やかじゃないけど。
そう思ったが、クロードは口に出さなかった。
「双子の兄弟・ミステールは商国民の中で群を抜いて直感が鋭く、様々な問題を解決に導いてきました」
──そりゃ、上位存在を認識してるキャラだからな……。
先の未来や人の過去・感情……全てシナリオから把握している。
周りから見れば、ミステールは全能者に見えるだろう。
クロードもそう思っているからこそ、関わり合いたくないのだ。
「あの人は優秀な人物です。次期王に相応しいと誰もが思い、そして……誰もが不気味がっていました」
「それはどうしてですの?」
「彼の心が読めないからです」
ゼニファーはティーカップの中身に目をやる。
「商国民は、私のように、人が何を思っているのか直観的にわかるものが多い。しかし、ミステールの心は誰にも読めない」
「一体、何故……」
「鮮やかな色をした、四角い〝何か〟が私の感覚を遮るのです。……彼が私達を拒んでいるようで」
「四角……?」
シュラルドルフが暴走していたときも、「黒いモヤが見える」と言っていた。
直感に優れたゼニファーにとって、心の読めないときは、変なものが見えるのだろうか。
「『イレギュラー』だと、誰かが言いました。そして、私も例に漏れず、ミステールを怖がっているのです」
「不気味であるのに、歩み寄りたいと?」
「先程も言いましたが、我が国は今、危機に瀕している。一刻も早く、あの方と信頼関係を構築しなければなりません」
アナスタシオスは目を瞑って、顎を引いた。
「……どうして、わたくし達に相談を?」
「……アナスタシア嬢と弟君は、あまりにも似ていない」
「またその話ですの?」
「全く違うのに、とても仲が良い。私とミステールは双子であり、顔もよく似ているのに、あまりにも遠い……」
「わたくしには、ゼニファー様が自分から距離を置いているように感じますわ」
アナスタシオスは目を開け、ゼニファーをじっと見つめた。
左右の色の違う双眸が、彼が動くことを禁じているようだった。
「『優秀だから』『不気味だから』『イレギュラーだから』……そんな言葉で、兄弟を孤独にしていませんか」
「孤独だなんて……あの人が思う訳ない」
「彼は優秀でも、不気味でも、イレギュラーでもありません。貴方の双子の兄弟です。そのことを念頭において、ミステール王子と対話してみては?」
「……そう、ですね」
ゼニファーは席を立つ。
「……助言、感謝致します。お礼は後日」
「お礼など要りませんわ。兄弟仲が良くなることを願っております」
ゼニファーは一礼して、慌ただしくその場を離れた。




