恐怖の邂逅
「ミステール・ルダス……!」
「やあ。初めまして、クロード・フィラウティア。ご機嫌麗しゅう」
ミステールは恭しく礼をした。
──なんでこいつ、おれの名前を知って……!?
クロードは体が硬直して動けない。
ミステールは頭を下げたまま、目玉だけを動かしてクロードを見た。
「今の僕はミステール・ウィッシュ・プラグマだ。何故、《《未来の僕の名を知ってるんだい》》?」
──し、しまった……! ミステールが王家から追放されるのはまだだった!
クロードは目を泳がせながら、言い訳を探す。
「えーと、それは……そのお……」
ミステールはその反応を見て、くすくすと笑う。
「君はどうやら、この世界の理を知っているようだね」
ミステールは再び顔を近づける。
クロードは反射的に後ろに引いた。
「どうやって知ったんだ? 誰かから聞いた? それとも、自力で気付いた? まあ、そんなこと、どうだって良いか。君は知ってる──」
攻略対象の一人、商業国の第一王子、ミステール・ウィッシュ・プラグマ。
後のミステール・ルダス。
商業国の第二王子、ゼニファー・ホープ・プラグマの双子の兄弟。
一卵性ということもあって、目鼻立ちはゼニファーとほぼ同じだ。
しかし、泣きぼくろや三つ編みの位置が左右逆であったり、眼鏡がなかったりと、細かい違いがある。
そして、一番の違いは──。
「──この世界がゲームであるということ」
メタフィクションキャラであることだ。
彼は主人公の攻略対象の好感度を教えてくれたり、メニュー画面に現れたり、メタ発言を何度も言ったり、モノローグを読み取ったり。
──こいつ異質なキャラクター性に、俺は気味の悪さを感じてた。出来れば、出会いたくなかったが……。
「君はシナリオを変えたがっているようだね。何の目的で?」
「……それは」
「〝アナスタシア〟の婚約破棄? 国外追放? それとも、死?」
「お、お前に言う必要は」
「なーんだ、全てか! それは大変だ。お気の毒」
ミステールはニタニタと笑う。
不思議なことに、嫌悪感は覚えない。
ただ、底知れない恐怖だけが残る。
「シナリオは変わらない。君の《《姉》》はアデヤ王子に婚約破棄され、【博愛の聖女】殺害未遂の罪で国外追放され、死亡する……。どう足掻いても」
「そんなの、わからないじゃないか」
「わかるさ。僕はシナリオを知っているからね。どのルートでも〝アナスタシア〟は断罪されて死に至る。君も知っているだろう?」
クロードはグッと拳に力を込める。
「それでも、諦められないんだよ」
アナスタシオスはクロードの唯一無二の兄。
そんな兄がクロードのせいでアデヤと婚約し、死の運命へと向かっている。
「〝アナスタシア〟は悪役だ。断罪された方が世のためじゃないか?」
「今の〝アナスタシア〟はまだ何も悪いことしてないだろ」
ミステールは「ふむ」と顎に手を当てて、少し思案する素振りを見せる。
「……確かに不思議だ。〝アナスタシア〟は今頃、あたり構わず威張り散らして、怒りまくって、周りから煙たがられていたはず」
クロードはニヤリと笑った。
「おれがサポートしたからな」
あるときはダンス教師達のイビリから救い、あるときはキュリオ学園生徒の悪意から目を逸らさせた。
攻略対象の関係だって、悪化しないように目を光らせている。
ミステールはぱちぱちと拍手をした。
「素晴らしい兄弟愛だ」
「これでわかっただろ。運命は何とでも変えられる。努力次第でな!」
「──だが、そう簡単に行かないのが、物語というものだ」
ミステールは拍手をピタリと止めた。
「たくさんの困難が君達に立ちはだかり、心を折りにくるだろう。それでも、立ち向かう気でいるのかい?」
「ああ。困難を乗り越えた先には、必ずハッピーエンドがあるからな」
「……面白い」
ミステールはフッと笑った。
「この箱庭で何が出来るのか。じっくり観察させて貰うよ、クロードくん」
ミステールが背を向けて歩き出す。
彼の視線が外れて、緊張が解けた。
クロードは話しかける。
「ゼニファーの見舞いにはいかないのか?」
ミステールは足を止める。
「そのために来たんじゃないのか? 兄弟なんだろ?」
「……もう直ぐ、兄弟じゃなくなる」
「え?」
「僕はミステール・ルダスになるからね」
ミステールは眉をしかめて笑った。
ゲーム本編でミステールは、商人として主人公の前に現れる。
商人らしく、攻略対象の好感度の情報を売りつけてくるのだ。
──王家から追放されて、商人になるんだったよな? でも、その理由って何だっけ……。
「なんでお前、名前が変わるんだ?」
「知ってる癖に。僕の攻略ルートを最後まで見たんだろう」
「そこまでプレイしてないんだよな。いつもアナスタシアが死んだらリセットしてたから」
「……ふーん」
「知ってるなら教えてくれ。〝アナスタシア〟を救う手掛かりになるかもしれない」
「いやあ、全部教えちゃったら面白くないからなあ」
ミステールはニヤニヤと笑った。
「僕の気が向いたら教えてあげるよ」
「し、知ってるふりしとけば良かった!」
クロードは頭を抱えた。
「では、今度こそさようなら。アナスタシ《《オス》》を救う大役、頑張ってね」
ミステールはひらひらと手を振って、この場を立ち去った。
「え……オス……」
──だってこいつ、さっきまで兄さんのことを『姉』とか『アナスタシア』とかって呼んで……。〝アナスタシア〟が男だって知ってたのか!?
クロードはミステールの背中を睨みつけた。
──やっぱり、ミステールは油断ならない!




