パッケージの君
王子に婚約破棄された令嬢アナスタシア・フィラウティア──の弟、クロードは転生者である。
前世は日本に住む、ごくごく普通の高校生であった。
彼が運命的な出会いをしたのは、ゲームソフト売り場だった。
パッケージに大きく描かれた美女アナスタシア・フィラウティアに一目惚れした。
ウェーブのかかった美しい銀糸の髪に、アメジストとサファイアのオッドアイ。
美麗なキャラクターデザインに興味を惹かれて、思わず手に取った。
美女の極悪そうで妖艶な笑みが、高校生の彼の心を大いに揺さぶった。
彼は即購入し、帰ってすぐゲームを起動した。
ゲームのタイトル画面を見て、彼は首を傾げる。
「あれ? パッケージの美女は?」
パッケージにいたあの美女が見当たらない。
その代わりに、六人のイケメン達が画面を占領している。
そして、気づいた。
「これ、乙女ゲームじゃないか!」
乙女ゲーム【キュリオシティラブ】は、インディーズの恋愛シミュレーションゲームだ。
主人公は平民の女の子だったが、ある日、【博愛の聖女】だということが発覚する。
【博愛の聖女】は愛の力で世界を救うと言い伝えられており、その力は愛する人がいることで発揮されるらしい。
彼女は愛する人を見つけるべく、キュリオシティにあるキュリオ学園に入学する。
そこで、六人の王子と出会い、親交を深めることになる。
「世界が一人の女の子に恋愛強要とか、凄い世界観だな……」
などと思いながら、シナリオを読み進めていく。
入学当日、校門のど真ん中でモノローグに耽る主人公に、どん、と誰かがぶつかってきた。
『道のど真ん中でボーッと突っ立って、一体何を考えてらっしゃるの?』
お目当ての美女・アナスタシアの登場である。
尻餅をついている主人公を、彼女は冷たい目で見下ろしていた。
正直ドキドキした。
『まあ、貴女があの有名な【博愛の聖女】? こんなに凡愚な人が聖女と呼ばれて良いのかしら。わたくしの方が余程相応しい……貴女もそう思いませんこと?』
「性格悪っ……」
思わずそう声に出ていた。
どうやら、アナスタシアはヒロインのライバル的存在──俗に言う悪役令嬢であるようだった。
『わたくしは美国の第一王子の婚約者でしてよ!』
王族の婚約者であることを利用して我儘放題。
『不愉快だわ! さっさと目の前から消えなさい!』
直ぐに癇癪を起こして、人やものに当たる。
そして、その尊大な性格故に、本編で【博愛の聖女】と呼ばれる特別な人間──主人公に嫉妬し、悪質な嫌がらせを繰り返すようになる。
ものを壊す。
陰口を言いふらす。
無視する。
仲間外れにする。
主人公はアナスタシアの婚約者アデヤと協力して、それらの嫌がらせの証拠を押さえることに成功する。
そして、たくさんの目がある学園主導のパーティーで、アナスタシアの罪を追及した。
『貴女のせいで、わたくしが恥をかいたじゃない!』
公衆の面前で罪を暴かれたことにアナスタシアは大激怒。
主人公を階段から突き落とし、殺害を図る。
幸いにも、彼女に怪我はなかった。
それすら気に食わなかったのか、アナスタシアは誰彼構わず恨み言を叫び散らす。
そんなアナスタシアの姿を見て、彼女の婚約者であるアデヤは顔を顰めた。
『なんて醜い……』
そして、アデヤはアナスタシアに冷たく言い放つ。
『アナスタシア・フィラウティア、君との婚約を破棄させて貰う』
アナスタシアは婚約者のアデヤに婚約破棄された。
更に、【博愛の聖女】を殺害しようとした罪で国外へ追放。
そして、その道中に命を落とした。
「アナスタシアが、死んだ……?」
モノローグでアナスタシアの顛末を知らされた彼は……。
「……納得出来るかあ!」
そう叫び、ゲーム本体をベッドに叩き落とした。
「モノローグ……モノローグって何だよ! 主人公の恋敵だぞ!? ゲームの重要キャラだぞ!? サラッと『死にました』って言われて『はい、そうですか』ってお行儀良く出来るかあ! リセットだ、リセットぉ!」
哀れな男は『はじめから」を選んだ。
今度は別の攻略対象を落としにかかる。
が、運命は変わらず。
アデヤの友人を攻略すれば、友人思いのそいつがアデヤを悪女アナスタシアから救い出すべく奔走。
主人公と共に嫌がらせの証拠を集め、アナスタシアの婚約破棄と国外追放の手立てをする。
無関係な奴を攻略すれば、やはり主人公の味方となり、犯罪紛いのいじめの証拠を集めて告発。
アデヤが目を覚まして、婚約破棄と国外追放を言い渡す。
そして、最後は必ず、アナスタシアは死亡する。
二進も三進も行かなくなった男は攻略サイトに頼ることにした。
しかし、どの攻略サイトを巡っても『アナスタシアは必ず死亡する』としか書かれていない。
そんなサイトは直ぐに閉じた。
「アナスタシアが何をしたって言うんだ……。性格が悪いだけで顔は良いじゃないか……性格が最悪なだけで」
男は暫く泣き暮らした。
失意のどん底の中、彼は交通事故に巻き込まれて死んだ。
何でもない彼の死など、モノローグで十分だった。