わくわく乗馬クラブ見学
キュリオ学園の馬小屋にて。
立ち並ぶ馬を見て、アナスタシオスは目を輝かせていた。
「かっこいい……」
アナスタシオスは馬に近寄り、「こんにちは」と笑顔で挨拶をした。
──変わらず好きなんだなあ。おれに気を遣って、乗馬しなくなってたのか……。
「……おや?」
アナスタシオスに気付いた長髪の男子生徒が近付いてくる。
「嬢ちゃん。馬が好きかね?」
「大好き! ……ですわ!」
「そうか、そうか。それは良いことじゃ。嬢ちゃんに好かれて、この子も嬉しそうじゃのう」
彼が馬の鼻を撫でると、プルル、といなないた。
──こののじゃ口調……まさか! 聖国の王子、ラヴィスマン!?
攻略対象の一人、聖国の王子ラヴィスマン・ホーリー・アガペー。
桜色の長髪。
蒲公英のように黄色く、細い瞳。
老人のような和やかな口調と、優しい微笑みが特徴的な優男だ。
彼の出身は、博愛の神を信じる博愛教を信仰している国、聖国。
主人公はその博愛教の聖女である。
──ラヴィスマンは聖国の王子だということを隠していた。序盤の方に、ラヴィスマンの正体を見抜く個別イベントがあったような気がする。……ならば!
「にっ……お姉様! この人、ラヴィスマン王子だよ! 聖国の王子の! 挨拶しなきゃ!」
クロードはアナスタシオスにこそこそとそう耳打ちする。
アナスタシオスはハッとし、姿勢を正して、挨拶をした。
「ご機嫌よう、ラヴィスマン王子」
「え。王子?」
シルフィトはぴんときてないようだった。
「……え? 聖国のラヴィスマン王子ではないの?」
「どういうことだ、クロード?」とアナスタシオスが目で訴える。
──良いから。話を合わせておいてくれ。
クロードはそう目で言い返した。
「ほう……我のことを知っとるのかね。身分は隠しておったんじゃが」
「え!? そうなんですの!?」
「王族となると、対等に話をしてくれる者がおらんでな。それが寂しゅうて仕方のうて……。じゃから、このことはくれぐれも内密に……」
しー、とラヴィスマンは口に指を当てた。
「わ、わかりましたわ」
アナスタシオスはこくりと頷いた。
「それにしても、嬢ちゃん、なかなかに見る目があるのう。我が聖国の王子であると見抜くとは」
ラヴィスマンは手を前で組んで、そう言った。
「申し訳ありませんわ。隠していたのに」
「良い、良い。その代わり、一つ頼みを聞いてくれんか?」
「何でしょう?」
ラヴィスマンは手を差し出し、握手を求めた。
「我と友になってくれんかの」
「友……それだけで良いのですか?」
「そうじゃ。美国の坊主と婚約を結んだ嬢ちゃんならば、聖国の坊主と友になることなんぞ、朝飯前じゃろう?」
アナスタシオスはそれを聞いて、不敵に笑う。
「……あら。わたくしのこと、知ってらして?」
「有名人じゃからの。噂のアナスタシア姫が馬好きとは。驚いたぞい」
「変かしら?」
「いや、何。意外じゃと思うてな」
ラヴィスマンは馬を優しく撫でた。
「馬は臭うじゃろう。普通の女子はその臭いが嫌いで、馬小屋に近づきもせん」
「生き物は臭うものですわ。人間だって、香水の臭いが強い人がいるでしょう? わたくし、あの臭いの方が苦手ですわ」
「ほほほ。我もじゃ」
「それに、わたくしは田舎貴族の娘。臭いのには慣れっこですもの」
「……美国の坊主は良い娘と婚約したものじゃ」
ラヴィスマンは徐にアナスタシオスの手を取り、キスを落とす。
クロードとシルフィトはぎょっとした。
「どうじゃ? 坊主と別れて、我と婚約するというのは」
アナスタシオスはラヴィスマンの手を振り払った。
「婚約者のいる相手を口説くのは止めるべきですわ、ラヴィスマン王子」
「ラヴィと呼んどくれ。我らは友じゃろう? ナーシャ姫」
「……ええ。ラヴィ様」
アナスタシオスは微笑んだ。
「そちらの坊や達もよろしくのう」
いきなり話を振られ、クロードはこくこくと頷いた。
「は、はい。ラヴィ先輩」
「『先輩』か。良い響きじゃの」
ラヴィスマンは満足そうにうんうん、と頷いた。
「そなたら、乗馬クラブに入り来たのじゃろう? 入会の手続きするかのう?」
「いえ、今日は見学だけですわ」
「え!?」
クロードは自分でも驚くくらい、大きい声が出た。
「入らないのか!? 馬、こんなに好きなのに!?」
「少し悩もうと思うの。クロードはどのクラブに入るか決めたのかしら?」
「えと。おれは校内バイトするつもりだから」
「バイト? 何か欲しいものでも?」
「まあ、そんな感じ」
「何が欲しいの? 必要なものなら、わたくしが殿下にお願いするわよ」
「いや、良いよ! とっても高価なものだし……」
──欲しいのは、守銭奴ゼニファーの心だからな。金がいくらあっても足りない。
クロードはため息をついた。
「でもやっぱり、お姉様は乗馬クラブに入った方が良いよ。友達のラヴィ先輩もいることだしさ」
他のクラブで、アナスタシオスは煙たがられている。
アデヤ王子を誑かした悪どい田舎者として。
ラヴィスマンは乙女ゲームの攻略対象であり、聖国という、清らかなイメージの国の王子。
アナスタシオスを傷つけることはしないだろう。
──彼がいる乗馬クラブに入るのが一番安心出来る。
「わたくしは──」
アナスタシオスは下を向いた。
「……乗馬クラブに入って良いのかしら」
「良いに決まってるだろ。なんで悩むんだ」
「クロードに苦しい思いをさせたし」
「おれのことは気にしなくて良いって!」
「それに、女子はあまり乗馬クラブに入らないんでしょう? アデヤ殿下に、その……嫌がられないかしら」
「乗馬してるお姉様は様になるんだから、殿下だって認めてくれるさ!」
アナスタシオスはアデヤに男だとバレることを危惧しているのだろう。
しかし、そんなことからバレたりしないことは、彼自身わかっているはずだ。
──やっぱり、おれに対する罪悪感から、乗馬を拒んでいるんだろうな。
だから、言い訳をして、乗馬から離れようとしている。
「周りのことなんて気にしないで、好きなことをしてくれよ!」
「クロード……」
それはクロードの本心だった。
アナスタシオスは好きでもないのに、女として振る舞いを強制させられている。
──息抜きの趣味ぐらい、好きなことを選んでくれ。
「……そうね」
アナスタシオスはラヴィスマンの方を向いた。
「すみません、ラヴィ様。入会の手続きをしてもよろしいかしら」
ラヴィスマンは笑顔で頷いた。
「ああ、勿論じゃ」
数日後の放課後、クロードが校内バイト中のこと。
アナスタシオスが馬に乗って楽しげにしている姿が目に入って、クロードは「勧めて良かった」と目を細めた。




