閑話1 ガルム
俺は、ガルム。
限りなくCに近いと言われているDランクハンターだ。俺たちDランクパーティー”破滅の牙”も、こないだ偶然手に入ったローズチェスター魔導ライフルのお陰で安定してホーンラビットを狩れるようになった。
これでまた金をためてもう一丁ライフルを手に入れたらいよいよファングボアに挑戦することになるだろう。そうすりゃ俺たちもいよいよCランクハンターに格上げってもんよ。
まあ、ここまで来るのに十年かかっちまっているがここいらの奴らは皆そんな感じだ。
大体ハンター何かを生業にしているのはOSの起動に失敗してまともに動かないか RTOSとかいうのを使っている奴らばかりだ。
俺の魔装体はもちろんRTOSを使った頑丈な体なので戦闘力はあるがCYBORG OSの奴らとは繋がらないので貴族様の軍隊にはスカウトされなかった。なんか使っているプロト?何とかが違うらしい。
しかしRTOSを使っているのは応答速度に特化した魔装体なので体を使った動作に向いている。仕方がないのでOSの起動しなかった奴らに気が向いたら魔装体の使いかたの稽古をつけてやったりしている。俺って親切だな。当然有料だけど。
しかし、こないだの若いやつ、新人のくせに魔導銃なんかもっていやがって危うく返り討ちに合うところだったぜ。元々いいところのお坊ちゃんだったのがお人形さんに落ちしてきたんだろう。お陰でそこそこの金と銃が一丁手に入った。ここまで十年かかっているがいよいよ俺たちの時代が来たって感じだな。
ところが最近の噂によると生身を引きずって歩く新人があの安いくせに七面倒くさいジャンク屋の依頼でぼろもうけをしたらしい。新人とはいえ齢はそんなに若くなく20になるかならないかくらいらしくおそらく最近落ちてきた市民崩れだろうと言われている。生身を引きずっているらしいから奴もOSが起動しなかったんだろう。
ならばこんなところに落ちてきちまったのも何かの縁だから色々と親切にしてやらなくちゃと思い暇つぶしがてらこうしてパーティーメンバーと一緒にギルドで網を張っているのだが中々引っかからない。
「おやじ、ビールだ」
「こっちもビールお替り」
こうしてこないだ手に入れた小遣いを酒代に無駄に消費していたのだがその苦労がようやく実ろうとしている。見かけねーツラの野郎が片足を引きずるように歩きながらギルドの中に入ってきてカウンターで受付嬢と何か話している。
周りに聞かれない様にしているのか受付嬢に近づいてぼそぼそと喋っている。くそ、カレンちゃんに近すぎだろ。もっと離れろ。
しかし俺様の高性能な魔装体にかかれば聞き耳を立てて盗み聞きをするなんざ朝飯前だ。どれどれ。
「5番出口が魔物がそこそこいる割に強い魔物は出ないので初心者には人気がありお勧めです。」
「えぇー、周りに人がいない所ですか?3番出口でしょうか?昔は隣町に繋がっていたのでそれなりに人の往来があったのですが、その町が魔物に蹂躙され崩壊した後は何もないので誰も通りもしない寂れた出口となってます。」
なんだ出口の説明なんか聞きやがって。あいつ、とうとう外に出るつもりか。こりゃチャンスだな。
しっかしなんだ奴の格好は。なんか箱を背負って手には棒を持っている。銃も持たずに一人で街の外にノコノコ出ていくなんざ自殺行為だな。こりゃ、親切な先輩が街の外が危険だってことを身をもって教えてやらんといかんな。
引きずり野郎がギルドから出て行ったタイミングでパーティーメンバーに目配せして追いかけるために立ち上がったのだが、ケインズとボブがすでに出来上がっていやがる。
千鳥足の二人を追い立てながらギリギリ奴が乗った乗合バスに乗り込んだ。ギリギリに駆け込んだせいで少し目立っちまったじゃねえか。
乗っていた何人かがこっちを見ているがガンつけ返しやったらどいつもこいつも目をそらせやがった。最初から大人しくしてりゃあいいのに。
そんな中で 引きずり野郎は鈍いのか大物なのか我関せずで窓から外を眺めていやがる。危機管理って奴が少々足りてねーんじゃないかな。こりゃ、やっぱり先輩が世の中ってものをきっちり教え込んでやらないといけねえな。
「次は5番出口、5番出口」
ギルドの受付で3番出口の話を聞いていたので てっきり3番で降りるのかと思ったのだが、結局5番出口まで来ちまった所でようやく奴が降りたのでそれに合わせて俺たちもいかにもここが目的地ですよ的な感じで降りた。
「ちっ、ガルムの野郎」
「けっ、何しにきやがった」
「アイツ、また新人狩りかよ。そういやこないだのボンボン見かけねーけど奴にやられたのか?」
ここ5番出口は新人向けの狩場だからベテランの俺たちは仕方がないとはいえ少々目立つ。まあ、周りのほとんどがボコってカツアゲした奴らばかりだから余計に騒がしいが、どうせこっちに手出しはしてこれねーだろうし、ここはいったん知らん顔だな。
ざわざわと急に騒がしくなった周囲を気にすることも無く奴の背後にある隣の受付に並ぶ。
ここの受付の職員は、レベッカか。女のくせしてギルド職員とか良いケツしているのに生意気なんだよな。しょうがねえから俺様がCランクになったあかつきにはヒイヒイ言わせてやるか。
「貴方、Dランクのガルムさんね。チョーッと事情を聴きたいから事務所の中まで来てほしいんだけど。」
何の根拠もないオカシナな妄想でニヤニヤしながら並んでいたガルムだが、ギルド職員のレベッカにそう告げられて急に現実に戻ってくる。
「はあ、俺様がなにしたっていうんだよ。」
冗談じゃない。こんなところで手間取っていたらせっかくのカモを見失っちまう。
慌ててやつを見るとなぜか受付を離れて街中に戻っていきその場に止まっていたギルド行きのバスに乗り込んだ。
「ちょっとガルムさん、聞いてます?ねえ、ガルムさん?おいガルム、聞いてんのかコラ、おいコラガルム、待ちやがれ」
後ろでレベッカがなんかごちゃごちゃ言っているが無視だ。無視。
慌てて追いかけたが追いつけず 出発したバスを見送ることになっちまった。ちくしょう。
「ガルムさん、野郎行っちまいやがったがどうしやす?」
パーティーメンバーのケインズがどうするか聞いてきたが、今考えてんだよ。
「ちょっと待て、今考えてんだよ。よし、あれだ」
そう言って打開策を探してキョロキョロしていた俺の目に留まったのは一台のタクシーだ。
所在無げに客待ちしていた運転手をぶんなぐってバスを追いかけるように無理やり発車させる。
だが、ようやくギルド前で追いついたバスには奴は乗っていなくて結局見失っちまった。
しかもタクシーの運転手がタクシー代を請求してきやがった。もう一回ぶんなぐってやろうと思ったら奴の後ろにギルド職員が立っていやがった。ギルド前で騒ぎを起こすわけにもいかず、仕方がないのでタクシー代を払わさせられた。ちくしょう。
「野郎、今度会ったら有無を言わさず訓練場行きだな。」
「訓練代のほかにやつには交通費も払ってもらわないとだな。ひっひっひ」
「そりゃいいや。」
結局、ギルドの酒場でまた酒を飲んている。決してさぼってるわけではなくこうしてバレない様に奴を張っているんだ。
そうしていい感じに気持ちよくなってきたところにノコノコと奴が戻ってきやがった。
「おうおう、チョロチョロ隠れまわっていれば良かったのにノコノコ出てきやがって。タクシー代払いやがれこ.ぞ.う.」
そう勢いづいて立ち上がって行ったが、よく見るとあの棒の前後にホーンラビットをぶら下げて担いでいやがるじゃねえか。
まさか、俺たちがパーティーで苦労して倒しているホーンラビットを銃も使わずに倒したっていうのか?
「えーと、少年そのぶら下げているホーンラビットはどうしたので?」
そう考えると一気に酔いがさめてなぜか敬語で訪ねていた。
「こう、ぴよーって出てきたからグーで殴った。」
「グーで殴った?銃でなく?」
なんか、頭が悪い説明をしているなこいつ。なんかヤバそうだと俺の中の何かが訴えてくる。
そうして腰が引けていると顔を近づけ声を落として奴がささやく。
「そう、ぐーで。何なら今から訓練場で試してみる?その体で。」
心臓(無いけど)を握られているような感覚で動けないでいる俺から、スッと離れると同時に圧が緩んで少し楽になる。
「ギルドで買い取ってほしいんだけど どうすればいい?」
「あ、あぁ買い取りか。買い取りは向こう側のカウンターだな。」
うん。俺親切。新人にちゃんとギルドのことを教えてあげる先輩ハンター。俺親切。ここ大事。
「ありがとう。」
そう礼を言って奴が離れたとたんに膝から崩れ落ちそうになったが何とかこらえて席に戻って残っていた酒をあおる。
あれはヤバい。なんかヤバい。関わったら破滅だ。そう俺の本能が叫んでいる。
これは一度引くべきだな。そう、戦略的撤退だ。俺は策士だからな。そういった戦法も取れるわけだ。
そう思って立ち上がろうとしたところをギルド職員に囲まれた。
「Dランクパーティの”破滅の牙”だな。ちょっと一緒に来てもらおうか。ギルドマスターがお待ちだ。」
なんでこうなった。
そうして、銃も取り上げられEランクへの格下げとなった俺たちが、一週間の謹慎が開けてギルドに来てみるとそこには以前に稽古をつけてやったやつらが待ち構えていた。
「やあガルムさん、今日も稽古をつけてもらおうと思って待っていたんだよ。」
そうして有無を言わさずギルドの訓練場に連れていかれた俺は、OSが起動しないせいでろくに動けなかった奴らにボコボコにされた。
どいつもこいつも動きが俺以上に良くなっていやがった。一体何があったんだ。
後で聞いた話だが、OSの起動に失敗した奴らでも再起動して成功させる方法が見つかったらしい。そうして上下関係が逆転した俺たちはその後もたびたび稽古に連れて行かれる羽目になった。ちくしょう。
ただ、その後に奴らから払われる稽古費用だけで以前より収入が良くなっていた。解せぬ。
お読みいただきありがとうございました。