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リバーシ長者にはなれなかったけど

作者: 二筒

転生といえばリバーシとマヨネーズという伝統に則って、転生した主人公がリバーシを作る話です。

 転生したらリバーシを作れば儲かる。きっと今までに転生した皆も同じことを考えてたんだろうなあ。


 僕は今年で7歳になったばかりの転生者なんだけど、前世のことなんてもうほとんど覚えてない。だって全く違う世界で生まれて覚えることがとっても多かったんだ。だから3歳ぐらいになったときにはもう前世のことは半分も覚えてなかったと思う。僕の予想だけど実は皆生まれたばっかりのときは前世のことを覚えているんじゃないかな、そして昨夜見た夢を昼頃には忘れてしまうように、前世も忘れちゃうんじゃないかと思うんだ。


 4歳ぐらいの時に前世のことをだいぶ忘れちゃったことに気がついて、なにかお金儲けのネタになるもの!って必死に記憶を辿ってリバーシとマヨネーズのことだけは覚えておこうと思ったんだけど、結局マヨネーズのことは忘れちゃった。白くて酸っぱかったと思うんだけど、でも黄色かった気もするんだよなあ。


 僕がお金が必要って思ったのは兄さんのためだったんだ。3歳上の兄さんはまだ小さかった僕の面倒を毎日見てくれて、僕は兄さんが大好きだった。何もない辺境の開拓村だけど兄さんは僕にたくさんのことを教えてくれた。木の名前、花の名前、鳥の名前、魚の捕まえ方、文字や計算まで。教会に本があるからって、ほぼ独学でそれを読んだり文字を書けるようになったり、計算までできるようになった兄さんは神童ってやつだと思う。本当に尊敬していたんだ。


 僕が6歳ぐらいになった時、つまり去年のことなんだけど、ここが辺境だとかそういうことがようやく分かった時に思ったんだ。兄さんはこんな田舎で埋もれていい人じゃないって、都会に行って学校に行って広い世界を知るべき人なんだって。でも、当然だけどうちにそんなお金はないし、沢山のお金を稼ぐ方法なんて開拓村にあるわけはない。じゃあ今こそリバーシを世に広めて大儲けするときでは?前世の知識が火を吹く時が来たのでは?って思ったんだ。


 リバーシを作るのはそこまでは難しくなかった。板切れに溝を引いて、コマは薪の中でなるべく丸い棒みたいになってるやつを切って。そこまでは順調だったんだけど、塗料がなくてさ。しょうがないから炭を使うことにしたんだ。板の溝に炭を擦り込んで、コマの片面にも炭を塗って、なんとか遊べる程度のものになったそれを兄さんに見せようと思った。きっと驚いて、喜んでくれる、これが売れれば兄さんも学校に行けるかも知れない。はしゃいで兄さんを探して家中を走り回ったけど兄さんはどこにもいなかった。


 父さんの畑を手伝ってるのかな?って思って、一人で遠くに行っちゃ駄目って言われてるんだけど、畑ぐらいなら大丈夫だろうって思って、家を出て少し歩くと兄さんはそこにいた。近所のご隠居の家の前で、ご隠居とリバーシをしていたんだ。目の前が真っ暗になった。もうリバーシがあるんだ。そっか、きっと他にも転生者が居るんだ。自分だけじゃなかったんだって嬉しい気持ちもちょっとだけあったと思う。でもそんなことよりも、兄さんたちが遊んでいるちゃんとしたリバーシと、自分の手作りのみすぼらしいリバーシを比べて、悲しくなった。これじゃあとても売り物にならない。これじゃあ兄さんを学校に行かせてあげられないって。


 家に帰って、腕に抱えていたリバーシが無性に憎たらしくなって、かまどに放り込もうかと思ったけどそれもできなくて。とりあえず、おもちゃ箱に放り込んだ。おもちゃ箱って言ってもほとんど空っぽなんだから炭で汚れたっていいやってふてくされて。大事にしていた騎士の人形が炭で汚れたのを見て更に凹んだ僕はきっと馬鹿だと思うけど、そのときはただただ全てが悲しくてベットに潜り込んで眠ってしまうことにしたんだ。


 それからしばらくして、ベッドの近くで父さんと兄さんが話しているので目が覚めた。といってもまだ眠くて頭はぼんやりしていて何を話しているのかさっぱり分からなかったけど、二人は僕の手作りのリバーシで遊びながら何かを話し合ってたみたいだった。結局僕はそのまままた眠ってしまったんだけど、その日の夕食の時に父さんに言われたんだ。「もうすぐ行商人が来る時期だ。お前はあのリバーシをたくさん作りなさい。」って。一眠りして冷静になっていたから良かったけど、きっと寝る前だった泣きながら父さんに当たり散らしていたと思う。「あんなみすぼらしいのが売れるわけない!」って。


 僕の頭の中は?マークでいっぱいだったんだけど、隣で兄さんもうんうんってうなずいているから、よくわからないまま次の日からリバーシを量産し始めた。とは言っても6歳の子供が手作りするんだからそんなにたくさん作れるわけでもなくて、結局行商人さんが来るまでに10セットしか作れなかった。コマを入れる箱は難しくて僕には作れなかったけど、父さんが作ってくれた。


 父さんは今年仕込んだ漬物を、兄さんと僕は手作りのリバーシを抱えて、村の広場にいる行商人さんのところに行ったんだ。行商人さんの馬車にはお酒とか干し肉とか魚の干物とかの日持ちのするものや、布とか針と糸とか簡単な大工道具とか、すごくたくさんの商品があった。村の皆はそれぞれ自慢のドライフルーツとか粉にする前の小麦とか近くの崖からたまに見つかる岩塩とか鉄鉱石とか、やっぱりこっちも日持ちのするものを持って広場に集まっていた。この辺じゃあお金なんて使えないから物々交換が基本なんだって。


 僕は行商人さんに合うのは初めてだったから大興奮だった。隣りにいる兄さんに、あれはなに?あれは食べ物なの?って何度も何度も質問して、兄さんはそんな僕に1つ1つ優しく教えてくれた。やっぱり兄さんはすごい!改めてそう思っていると、大体の商品が売れてしまったみたいで広場にはもうあまり人が残っていなかった。父さんは行商人さんのじゃまにならないように人が少なくなるのを待っていたみたい。


 父さんに手招きされて兄さんと僕は行商人さんの近くに駆け寄った。行商人さんは僕の作ったリバーシを見てくれて、坊やよく頑張ったねって頭を撫でて飴を2つくれた。僕は、ああそうだよなって思ったけど、もう覚悟はできていたから悲しくはなかった。ありがとうってにっこり笑って飴を1つ口に入れて、もう1つを兄さんに差し出したんだけど、父さんと兄さんはニヤリって感じで笑っていた。


 それを見た行商人さんは父さんに向かって「おいおいジェイク、分かるだろ?頑張ったのは分かるがこっちも商売なんだよ。」って言ったんだ。僕も行商人さんの言うことが最もだと思ったんだけど「何を言っているんだマイケル。しばらく合わないうちに目が曇ったのか?そいつは新型リバーシのファーストロットだぜ?」って父さんが言ったんだ。


 兄さんも「一見地味に見えますが、初代のクラシックリバーシの正統な発展ですよ。名前はブラインドリバーシといいます。」なんて言い出して、父さんと兄さんの二人がかりで、草花の汁ではなく炭で色を付けているのは意図的だ、遊べば遊ぶほどコマの白と黒の判別が難しくなる、戦略だけでなく記憶力も試される、愛用の品かどうかひと目でわかる、俺の息子の可愛らしさを見ろ!って力説した。


 行商人さん――マイケルさんは「うーん……」ってうなりながら僕の方を見た。「この坊やがねえ……」なんて言うんだけど、正直なところ僕はどう反応していいのか分からなくて固まっていただけだった。


 しばらく悩んだマイケルさんは「分かったよ。申請してみようじゃないか。だがジェイク、正直かなり微妙だと思うぜ。ワンチャンスあるかもって感じではあるんだがなあ。」って言ってくれた。


 申請って何?って顔をしていた僕にマイケルさんが教えてくれたんだけど、リバーシ協会ってのがあるらしい。そこにはリバーシ専門の特許みたいなものがあって、新しいリバーシを考案した場合はそこに申請して開発者であることが認められると、誰かがそのリバーシを作ったり売ったりするたびに売上の一部がもらえるんだって。


 そして、マイケルさんは商品のリバーシをいくつか見せてくれた。コマが白黒・白緑・黒緑の3種類があるやつや、コマに数字が書いてあるやつ、3人用リバーシ、4人用リバーシ、ゲーム盤が四角形じゃないやつ、都会に行くともっともっと沢山の種類があるらしい。僕は、どんだけ転生者がいたんだよ、とか、皆リバーシかよ、って思ってとても微妙な気持ちになった。でもよく考えたら僕もその一人なんだから人のことは言えないんだよね。


 そして半年後、村にマイケルさんが来てくれた。申請が通って多少だけど売上も出ているってわざわざ家までお金を持ってきてくれたんだ。「坊やはこのお金を何に使うんだい?」ってマイケルさんがイタズラな表情で僕に聞いた。お金っていう概念を知らないだろうから教えてあげようって感じだった。でも僕はそれどころじゃなくて「このお金があれば兄さんが学校にいけますか?」って聞いたんだ。


 みんなでゆっくりお茶を飲んでいたのだけど、空気が凍ってしまったみたいだった。そんな中で母さんは僕を抱きしめると、涙声で「ごめんね。ありがとうね。」って言った。後で聞いたんだけど母さんもなんとかして兄さんにもっと良い教育をって思ってたんだって。だから兄さんには畑の手伝いを少なめにして教会で勉強できる時間を作ってたんだけど、そこで勉強できることももう限界だと思ってたって。


 マイケルさんは、今のこの金額だけでは難しいこと、入学だけならできるけど毎月の授業料や下宿のことも考えるととても足りないこと、を丁寧に教えてくれた。しょぼんとしてしまった僕を見て、マイケルさんはあわてて「だがまだブラインドリバーシは売り出したばかりだ。今後の売上次第でいつまで学校に通えるかわからんが、最悪学費が払えなくて中退することになってもいいなら下宿先にうちの店を提供しよう。帳簿付けとかは少し手伝ってもらうと思うがどうだろうか?」と言ってくれた。


 父さんも母さんも目を真っ赤にして何度もマイケルさんにお礼を言って、兄さんは学校に通えることになった。そこからは大変だった。もう1ヶ月もしたら入学の時期になるらしくて、村からマイケルさんのお店までだいたい2週間ぐらいかかるから、すぐにでも出発したほうがいいってことで、皆で大慌てで準備した。父さんは兄さんを連れて村長さんやご近所のご隠居さんや村中の人に挨拶して回って、皆から頑張ってこいよって激励されたんだって。


その間に母さんと僕は兄さんのために荷造りをした。母さんは楽しそうに袋に兄さんの着替えや身の回りのものを詰め込んだ。僕は、せっかくだからと思って、初めて作ったブラインドリバーシも詰め込んでおいた。


 そして、マイケルさんと兄さんは慌ただしく村を出ていった。母さんはがんばるのよ!って言ってたけど、父さんは辛くなったら帰ってきていいんだぞって言ってた。結構大きめの学校らしくて、爵位の低い貴族も入学することがあるらしく、辺境出身ということでいじめられるかもって心配したんだって。僕は「ブラインドリバーシの売上が余ってたらお小遣いとして使ってね。」って伝えて、マイケルさんの馬車が見えなくなるまでずーっと手を振ってた。兄さんが学校に行けるのが嬉しくて、兄さんはきっとたくさん勉強して立派な人になるって思って。


 それから何度か兄さんから手紙が届いた。そこには近況や学校で学んだこと、都会で食べたものなんかが書いてあり、父さんにはお酒、母さんには都会で流行りのスカーフ、僕にはお菓子と裕福な先輩が捨てようとしていた教科書なんかを送ってくれた。


 そして、また今日兄さんから手紙と本と小包が届いた。兄さんの手紙によれば、ブラインドリバーシはそこそこ売れているらしくて、卒業までの学費分はもう足りていること、マイケルさんの帳簿付けを手伝っていたらお小遣いをもらえるぐらいには上達して生活費を自分で賄えるようになったことなんかが書かれていたんだけど、最後に1764位って謎の言葉が書いてあった。


 まあ、謎はすぐに解けたんだけどね。兄さんが送ってくれた本はリバーシ名鑑という本で、今まで発売されたリバーシの殆どがランキング形式で上位2000位まで紹介されている本だった。その1764位でブラインドリバーシが紹介されていて、実に50年ぶりの初代のクラシックリバーシの正統な発展であるって書いてあった。使い込むほどに愛着が出る、とか、記憶力を試すのに最適、とか書いてあって照れくさくなったけど嬉しかった。


 手紙を届けてくれたマイケルさんの話では、僕が荷物に入れたブラインドリバーシがきっかけで、ブラインドリバーシのファーストロット保有者として学校で沢山の友達が出来たらしい。ちなみに小包の中身は最近流行りの6面体リバーシだった。


 手紙には、夏休みには村に帰ります、友達も連れて行っていいですか?とも書いてあって、母さんが大喜びで準備を始めようとして父さんに止められてた。いくらなんでも気が早すぎるって。


 結局、リバーシで大儲けはできなかったけど、父さんと母さんが幸せそうで、兄さんが学校に入れて楽しそうにしてるから、僕はとても満足だった。ふと久しぶりに前世の言葉を思い出した。『禍福はあざなえる縄の如し』って、この国では『幸運と悪運はリバーシのコマ』って言うんだ。本当にどんだけリバーシが流行ってるんだか。


 若干7歳にして人生に満足しそうになっていた僕だけど、この時はまだ気がついてなかった。いずれ僕も学校に通えるようになること、そしてそうなったらブラインドリバーシの開発者として扱われることに。


お読みいただきありがとうございました。

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[良い点] ええ話やん。
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