表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クズ女ばかりの女系家族で育ってきた俺が、学園の聖女様と友達になったら

作者: 墨江夢

 この街随一の名家・毒島(ぶすじま)家は女系家族だ。

 何代にも渡り女当主が実権を握っており、特に現当主である俺の祖母は史上最強の権力者と謳われている。一族の男で祖母に頭が上がる人間は一人もいないとか。


 女系家族という特徴は、本家にこそよく表れている。本家の家族構成は祖母、母、二人の姉と一人の妹、そして俺。

 俺・毒島(しげる)以外全員女という、まさに女社会なのだ。


 ……え? 父親はどうしたのかって?

 婿入りという形で母さんと結婚した父さんは、女主体の生活に耐え切れなくなり、数年前に逃げ出した。

 今どこで何をしているのかは、まったくわからない。


 祖父は既に亡くなっており、父さんも行方をくらませたお陰で、俺は毎日肩身の狭い生活を強いられているわけで。特に我が家の女たちは、揃ってクズ女ばかりだ。


 祖母は当主という地位を利用してやりたい放題で、家族の意見なんて無視して物事を決めてしまう。

 逆らえばただじゃ済まないから、周りは何も言えなくなってしまっている。


 母は夫に逃げられて以来、毎日のように男遊びに興じている。

 家に帰ると日替わりで知らない若い男がいるなんて、若干恐怖心さえ覚えてくる。


 長女は謂わゆるわがまま娘だ。「あれ買って来い」だったり「これやっとけ」と言って、事あるごとに俺をパシってくる。


 次女は毒島家きっての浪費家。身に付けるものは全てブランド物で、宝石類も腐るほど持っている。

 次女にたかられて破産した男は、少なくない。


 三女は一番害がないのだが、引きこもりのニートだ。そういえばもう1年近く会話していないな。

 部屋から出ないで済むように、自室の中にトイレやお風呂まで完備させている。引きこもりもここまで極めれば尊敬に値するだろう。


「美人な女性ばかりなんて、最高の暮らしじゃないか」。何も知らない男友達はそう言うけれど、正直寝言は寝て言えと返してやりたい。

 この生活はハーレムなんかとは程遠い、まさに奴隷生活だ。出来ることなら、代わって欲しい。


 今日も今日とて、俺の窮屈な暮らしは続く。

 祖母には「◯◯大学に進学しろ」と命じられ、気分転換にシャワーを浴びようとすると母が知らない男と入浴していて、ゲームをしようとすれば長女に部屋の掃除(俺のではなく、長女の部屋のだ)を押し付けられ、次女の通販の代引きを代わりに支払わされる。そして三女は姿すら見せない。


 そんな中、俺は通っている高校で出逢ってしまったのだ。見返りを求めず俺に優しくしてくれる、可愛らしい聖女様に。





 聖女の名前は、湯浅凛花(ゆあさりんか)

 母子家庭かつ5人きょうだいの長女ということもあり、家事の大半を担っているという苦労人だ。

 末の弟は今年保育園に入園したばかりで、余計に手がかかるようになったらしい。それでも文句一つ言わず弟の面倒を見ているのだから、本当に出来た姉である。どこかのクズ姉妹にも見習って貰いたい。


 町内屈指の金持ち一家に生まれた俺と、言い方はアレだけど貧乏な家に生まれた湯浅。一見対極的な俺たちが出逢ったのは、駅のデパートだった。


 その日長女から「口紅を買って来い」と頼まれた俺は(嫌だと言っても無駄なので、素直に従うことにしている)、学校帰りにデパートの化粧品売り場に来ていた。

 

 口紅なんてしたことがないから、何を買えば良いのかわからない。メーカーとか色とか沢山種類があるみたいだけど、正直俺には全部同じに見える。

 そして「これかな?」と思ってショーケースに近づくと、すかさず店員が「彼女さんへのプレゼントですか?」と声をかけてくるのだ。

 いいえ。わがままな姉への上納品です。


 下手なものを買って行って怒られるのも嫌だし、かなり散財するけど手当たり次第買って行くとするかな。

 そんな愚かな思考に至った俺が、秘密兵器・クレジットカードを財布から取り出そうとしたところで、湯浅に声を掛けられた。


「あれ、毒島くん?」

「おぉ、湯浅か。買い物か?」

「ちょっと地下の食品売り場まで。そういう毒島くんも?」

「まぁな。俺の場合食品じゃなくて、口紅を見に来たんだけど」

「口紅、ですか……」


 言いながら、湯浅は俺の唇に視線を向ける。……もしかしなくても、誤解してるパターンじゃないですかね。


「あー、一応言っておくが、俺が使うんじゃないぞ? 姉に頼まれたんだ」

「お姉さんに? そうだったんですか。……趣味嗜好は人それぞれですし、別に毒島くんが使っていても良いと思いますけど」


 やっぱり、勘違いしていたんじゃねーか。


「買って来いと頼まれたのは良いが、一体どれを買えば良いのかわからず困っているところだ。ひと口に口紅と言っても、色々あるんだな」

「まぁ化粧品メーカーも、あの手この手で他社製品と差別化を図っていますからね。……よろしかったら、お手伝いしましょうか?」

「……良いのか?」


 女性のことは、女性に聞くのが一番だ。湯浅の提案は、願ってもないものだった。

「だけど急いでいるんじゃないのか?」

「5時の弟のお迎えに間に合えば、大丈夫です。それに困っているクラスメイトを放っておけませんし」


 そう言って微笑む彼女は、確かに聖女という肩書きに相応しいといえた。


「取り敢えず、お姉さんからはどんな口紅をお願いされたんですか? わかっている情報だけで良いので、教えて下さい」

「えーと、確かだな……」


 俺は長女から聞かされていた商品の特徴を、湯浅に伝える。特に値段は恐ろしいくらい高かったので、しっかり覚えていた。

 商品の特徴を聞いた湯浅は、「成る程」と一つ頷く。


「それでしたら、多分わかります。ついてきて下さい」


 湯浅に案内されて、俺は某有名化粧品メーカーのブースに向かう。

 購入する前に一度その商品を写真で撮り、確認がてら長女に送信すると、


『それよ、それ! あんたもやれば出来るじゃない』


 人をパシっておいて、何上から目線で言ってんだよ。

 若干の苛立ちを覚えたものの、折角褒められた(?)のだからこちらから文句を言うことはしない。


「湯浅、本当に助かったよ! ありがとう!」

「いえいえ。大したことはしていませんよ」

「いいや、大したことしてくれたって! 湯浅のお陰で、俺は姉に怒られずに済んだ。……お礼をしたいと思うんだけど、何が良い?」

「お礼だなんて! 本当、気にしなくて構いませんから!」


 湯浅は全力でお礼を拒むも、それではこちらの気が済まない。

 是非ともお礼をしたい旨を伝えると、湯浅は少しの間考えてから、


「それでは、一緒に地下の食品コーナーに来て下さい。荷物持ちをしてくれると、助かります」


 お礼に荷物持ちを要求するなんて、なんて謙虚な子なんだろうか? 次女だったら、確実にブランドバッグを所望していたぞ。


 荷物持ちを頼まれたものの、結局湯浅が買ったのは卵と牛乳だけ。全然重たくない。

 その上「寄り道させるのは悪いから」と言って、交差点で別れることになった。


 湯浅凛花……なんて素敵な人だろうか?

 彼女との出逢いは、俺の中の女性という概念を大きく変えたのだった。





 部活や委員会に所属していない俺は、基本「さようなら」と同時に下校している。

 理由は単純なもので、放課後の学校にいてもやることがないからだ。

 家ではやることが沢山あるぞ? 長女の部屋の掃除とか、次女のお財布係とか。


 しかしこの日の俺はすぐに下校せず、図書室で本を読みながら時間を潰していた。

 

 俺は図書室をあまり利用しない。なぜなら読みたい本は、借りずに買ってしまうから。

 だから図書室に読んでみたい本なんて一冊もなくて。なんとも贅沢な悩みだろうか。


 読みたい本はない。だけどそれ以上に、家に帰りたくない。

 取り敢えず俺は、然程興味のない偉人の伝記に目を通していた。


 二、三十ページ読んだところで、「あれ?」と聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

 声のした方向を見ると、やはり湯浅だった。


「毒島くんが学校に残っているなんて、珍しいですね。それも図書室にいるなんて」

「今日は家に帰りたくないんだよ」

「お姉さんと喧嘩でもしたんですか?」

「いいや。……母さんの誕生日なんだ」


 母親の誕生日に家に帰りたくないなんて、親不孝な息子だと思うだろう。

 だけど、考えてみて欲しい。俺の母親は、普通ではない。

 

 普通じゃない母親の誕生日が普通であるはずもなく、毎年この日は母さんの愛人たちが大勢我が家にやって来るのだ。

 そして深夜まで続く品のないパーティーが始まる。帰りたくなくなるのも、頷けるだろう。


 日頃俺から家族の愚痴を聞いている湯浅は、全てを聞かずとも大体の事情を察してくれた。


「でしたら毒島くん、私の家に来ますか?」

「えっ!?」


 予想だにしない、湯浅からのお誘い。驚きのあまり、つい変な声を出してしまった。


 すると湯浅も自身の発言が大胆であったことに気付いたようで、慌てて言葉を付け加えた。


「変な意味じゃないですよ! なんていうか、その……荷物持ち! 帰りにスーパーに寄るんで、また荷物持ちをして貰いたいなぁって!」

「荷物持ち。あぁ、そういうこと……」


 他意はないと言われて、安心するどころかどこかがっかりしてしまう自分がいた。


 しかし、湯浅の家か。

 彼女と友達になってもう数ヶ月が経つけれど、そういえば一度も行ったことがなかったな。

 

 プライベート空間たる自宅に誘われるということは、それくらいには俺に友好的だということだろう。

 そう思うと、なんだか嬉しくなった。


「良かったら、夕食も一緒にどうですか?」

「良いのか?」

「その代わり料理を作っている最中、弟たちのお世話をして貰うことになりますけど。それでも良かったら」


 そんなの、一向に構わない。

 母や姉と接するより、ずっと楽な筈だ。





 湯浅の自宅は、築30年のアパートだった。

 間取りは2LDK。6人で生活するには、手狭だ。

 それでも彼女の弟妹たちは、楽しそうに生活していた。


「ねぇねぇ、姉ちゃん! 今日の夜ご飯は何?」

「今夜はカレーですよ」

「ていうか姉ちゃん、いつの間に彼氏出来たの? もうチューした?」

「なっ! キスなんてするわけないでしょう!? というか、彼氏でもありません!」


 確かに彼氏じゃないけれど、そんなに全力で否定しなくても良いのに。

 湯浅の返答に若干の不満を抱いていると、彼女の妹が俺の服の裾を引っ張ってきた。


「お兄さんは、凛花お姉ちゃんとどういう関係なの?」

「それは……ただの友達だよ」


「ただの」なんて、わざわざ付ける必要なかったのにな。

 自分で言って、俺は後悔した。


 湯浅がカレーを作っている間、俺は彼女の弟妹の相手をしていた。

 近頃の子供は、特撮ヒーローや魔法少女に憧れるものなんだな。「変身!」って真似までしているし。

 俺の子供の頃は……祖母から言われて英会話やテーブルマナーを習っていた思い出しかないや。


 湯浅は料理も上手なようで、夕食のカレーは絶品だった。

 夕食後はみんなで仲良くテレビを見て、9時を回る頃には疲れたのか子供たちは眠ってしまっていた。


 俺は湯浅と協力して、彼女の弟妹たちを寝室に移動させる。一室で雑魚寝している子供たちを見ながら、俺はふと呟いた。


「なんていうか、こういうのって良いよな。家族って感じがする」

「そうですか?」

「あぁ。俺なんか姉からは道具か財布としか見られていないし、妹からはそもそも認知されているのかどうかさえわからない。家族らしいことなんて、一度だってしたことないからさ」


 そして今までそのことを悲しいとは思わなかった。だってそれが、普通の家族の在り方なのだと思っていたから。


「俺もいつか、こういう家族が欲しいよ」

「それって、どういう……?」

「そのままの意味なんだが?」


 別段意味深なセリフじゃないと思うんだけど……そう考えるのも、普通じゃないのだろうか?


 湯浅家の居心地が良すぎた為、この日の帰宅は11時を回ってしまっていた。

 この時間なら、寝ている人間がいてもおかしくない。俺はなるべく音を立てないように、そーっと自室へ向かった。


 階段を登ろうとしたところで、突然明かりがつく。


「茂さん、こんな遅くまでどこへ行っていたんですか?」


 帰宅した俺を待っていたのは、祖母からの追及だった。





「どこって……友達の家ですよ。一緒に勉強していたら、こんな時間になっちゃいました」


 湯浅の弟妹たちが寝た後、少しだけだが勉強していた。だからあながち嘘というわけじゃない。

 勉強していたと言えば、祖母も大目に見てくれるだろう。しかし祖母の着眼点は、俺の帰宅が遅いことではなかった。


「例の女子生徒の家に行っていたのですか?」

「! どうして、湯浅のことを?」

「あなたが最近仲良くしている女子生徒ですよ? 調べさせて貰いました。……彼女はおおよそ、毒島家の人間が関わるべき相手ではありません」

「……でも、良い奴ですよ?」

「大切なのは友好関係を結ぶメリットがあるかどうか。あの女子生徒に付き合って、毒島家に得があるでしょうか?」

「でも!」

「口答えは許しません」


 ピシャリと、祖母は言い放つ。

 ……いつもこうだ。祖母はその一言で、俺から何もかもを奪い去っていく。


 メリットがないって? 当たり前だろう? 俺はそんなものの為に、湯浅と友達でいるわけじゃない。

 彼女と友達以上の関係を望んでいるわけじゃない。


「良いですか。金輪際、あの女子生徒と関わることを禁じます。これはあなたの為に言っているのです」


 俺の為……心にもない祖母のセリフに、俺の堪忍袋の緒はとうとうブチ切れた。そして、


「……お断りします」


 生まれて初めて、俺は祖母に逆らったのだった。

 祖母の眉が、ピクリと上下に動く。


「何ですって?」

「断ると言ったんです。たとえあなたに命令されても、湯浅と二度と会わないなんて無理です。俺にとって湯浅は大事な友達なんです。大切な……人なんです」


 気付くと俺は、家を飛び出していた。

 向かう先は決まっている。湯浅の家だ。


 こんな夜遅くに尋ねるなんて、迷惑に決まっている。そんなこと、重々承知だ。

 だけど俺は今、彼女に会いたいんだ。

 相手の迷惑も考えず自分のわがままを通すなんて、初めての経験かもしれない。


 湯浅の家に着いた俺は、扉をノックする。

 湯浅は眠そうな目を擦りながら、家の中から出てきた。


「はーい。……って、毒島くん? 忘れ物でもしましたか?」

「忘れものといえば、忘れものかな。どうしても今日中に伝えたいことがあって」


 俺は息を大きく吸い込む。そして名前がついたばかりのその感情を、声に出すのだった。


「湯浅、好きだ。俺にとってお前は、この世で一番大切な人間なんだ」

「……っ」


 俺の突然の告白に、湯浅は目を見開いて驚く。


「毒島くんが、私のことを好き? どうしてあなたみたいな人が、私なんかを……」

「私なんかじゃない。俺の周りの女は家族を含めて、クズばかりだった。でも、お前だけは違う。お前だけは、見返りをなしで俺に仲良くしてくれた。そんな人間、生まれて初めてだった」


 他の誰が何と言おうと、俺にとっては彼女こそが聖女なのだ。

 俺の言葉を聞いた湯浅は、小さく首を横に振った。


「私は、聖女なんかじゃありません。無償の奉仕をする程、出来た人間じゃありません」

「じゃあ、目的があって俺に近づいたと?」


 もしかして……目的は金だったのか? いずれは次女のように、俺をたかるつもりだったのか?

 しかし湯浅の求める見返りは、そんなものじゃなくて。


「目的というより……下心がありました」


 顔を真っ赤にしながら、湯浅は言った。


「私も、毒島くんのことが好きです。だから、私をあなたの彼女にして下さい」


 俺の周りの女性は、揃ってクズ女ばかりだ。でもたった一人、最高の女性が恋人でいてくれる。それだけで人生、十分なんじゃないだろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ