Mobius Cross_メビウスクロス53:災厄の皇
何に化けても入ることはできません。蛇の女以外は。
Mobius Cross_メビウスクロス53:災厄の皇
早朝。母の間に入ってきたのは、ヲロチ。
マザーの様子を見に、最近よくこの時間帯に訪れる…
マザーは眠っていることも多く、静かなことに疑問はなかった。
しかしヲロチは、左側から何者かの気配を感じた。
『…素晴らしい……ヤハリおまえは来てくれた。』
「!?…何?誰……?」
『お待ちどうさま…。我はマザーの新たなる子。』
「あら…!おめでと。」
…暗闇でよくは見えないが、うまれたてにしては大きい…オオトカゲのようなシルエットに、鋭い眼が光っている…。
「思ったよりいい男じゃない。…マザーは?」
『我を産んで疲れたようだ。様子を見てあげてくれるか?』
まあそりゃそうか…と、ヲロチは天蓋に近づいて行く。
すす…と開けて中を覗き込むが、………誰も居ない…?
グパヌ
首を傾げるヲロチを、突如背後から襲うアルムゲインの第二の尾!
投網のように広がるそれに頭から捕らえられ…
呆気なく
余りにも呆気なくヲロチは呑み込まれてしまった。
『フハハ…これが“臍ノ尾”か…素晴らしい…。
我は、産みなおすことになど使わんがな。』
臍ノ尾を引っ込め、胸に手を当てるアルムゲイン…
『悪いな…騙すような真似をして…。
予知…があったんだ。“おまえだけは手に入れねば”と……。共に世界を変えよう。
大丈夫…
贄の名も、炊爨も、餐らう順番すらも
生まれる前から知っている…
…貴様はどうだ…?
ランスよ_!』
______
ドクン
______
その時、邪悪な気とその体が一気に膨れあがる…!
母の間を護る魔法陣の扉が、その力に耐えかねビシリと亀裂を作った。
絶望的強者の気配を、身の毛で感じた者がいる…
一人はエリー。もう一人は…
______
…
…ガバッ!
と目覚めるランス。青ざめた顔。
「ランス!どうした!?」
即座に寝室へ入ってくるガリアとスクード。
「…ヤバイ奴が生まれた……場所は…蛇術館…。」
「!?」
「!?」
三救主はすぐに教会を出て蛇術館に向かう。
砂漠から吹いてきた風が雲になり、空を暗く覆う朝だった。
…夢であってくれ……ただの悪夢であってくれ………何かの間違いであってくれ…………
せめて…また蛇術館のバカどもがバカやらかした…くらいであってくれ…
そう願いながら、ランス達は足早に、準備に賑わう帝都の朝市を行く。
…往来する人の中、ふと声をかけてくる人物がいた。
「…ランス様…?
師匠!ガリア様!スクード様!!」
「ん…?
…ルナ!?…それに、ベル!!戻ったか!」
「はいッ!!ルナ、ベルさん!イウヌポリス救援の任を終え、ただいま戻りました!!」
…やりやがった…!
ルナのこのキラキラした目…、ルナベレッタの少し明るくなった顔…。
不安と焦燥に駆られていた自分の心に、小さく懐かしい火が灯るのをランスは感じた。
「お出かけですか?お供します!」
ルナの言葉にランスは一瞬笑みをこぼすも、すぐに口を固くつむってフンッと鼻を鳴らしこう言い放った。
「お前めちゃくちゃ汗臭くなってんじゃねえか。
まずとっとと帰れ。シャハネさんに顔見せてやれ。
あとその腕…」
…言おうとした時、
上空から気配!
「!上だッ!!」
ランスが叫んだ!
空から落ちてくる巨大な何か…
それめがけてガリアが跳ぶ!襲い来るそいつの脚に拳でぶつかり、弾き飛ばす!
ソレは地面に落下し、激しく土埃を舞い上げる。どよめく民衆。
「アイツだ…!野郎…こんな人混みに突っ込んできやがった…!!」
ランスが言うと、スクードが大盾を構え、素早く前衛に出る!
ガリアも即座に前に出て拳を突き出し、土埃を吹き飛ばす!
露わになるその巨体…
鰐に例えるべきゴツゴツとした肌…その鰐でさえ比較にならない極度に発達した大顎、無数に並んだ牙…
盾のような鶏冠に、鋭い角が幾本も並ぶ…
蜥蜴のようでいて且つ象以上に太い四足に猛禽型の爪…
太い胴体から伸びる大蛇の尾の先には、重々しい骨のハンマー…
順に形容したが、全体を言い表せる言葉もある。
ソレは、“恐るべき竜”の姿をしていた。
『…まさか我が身体を弾くとは…貴様が救世主ガリア…素晴らしい…。』
…人語!?
それだけじゃない。コイツ…救世主の事を知ってる…
「…そうか…お前が…災厄の皇…!!」
ランスは断じた。
___いきなり………
巨悪というものは、周到に闇に潜み、障壁を構え、世界を蝕み、正義を苦しめ、幾つもの因縁憎悪を募らせて、あらゆる運命を越えた先でようやっと対峙する…そういう存在ではないのか…
そんな甘いものではない。
災厄は違う。ある日突然、降って湧いたみたいに、絶望が力を持って現れる。そんな例外的悪の例に漏れず、コイツも突然現れた_
そんな甘いものではないのだ。
コイツはさらに例外…
感じる…これほどの力…これほどの災厄の気配に…意味不明の邪悪を有して現れた_
救世主の天啓に誓う…何を取っても間違いない…
概算。
あくまで予知を元にした概算だが、
今までの災厄が野放しで人類を滅ぼすのにかかる期間が十年だとする。
コイツは 今日世界を滅ぼす
『フハハ…HappyBirthday(初めまして)、アルムゲインだ!
貴様がランス…。逢いたかったぞ…!』
「!俺もだが…礼儀がなってねえな…時と場所を考えろよ災厄皇…!」
『フハハハ!生まれたばかりで礼など知るか。
何より!!羊が多いほうがやる気が出るだろ…!さあ、民衆を救ってみせろ!』
性悪説の権化のような台詞を吐いたあと、アルムゲインは咆哮し、額から前方に伸びる双角を構えて突進してきた!
避けても甚大な被害が出ることは必至。
しかしその先に立ちはだかるのは、救世主スクード!!ジェミンアイギスによる反射を狙う…!
ザガッッ!!
アルムゲインがその大角が突き立てたのは、なんと地面。
その巨体がスクードだけを空かして素早く回転!さらに遠心力で尾槌を振り下ろしてきた!
「 「ナメるなッ!!」 」
スクードは咄嗟に盾で凪払う!アルムゲインの角を打ち、尾槌の一撃にはガリアが渾身の拳を合わせる…!
カッ
爆雷 ! 爆風 !
神の拳と竜の尾のぶつかり合いに嵐が巻き起こり、辺りの商店は屋根や品物が舞い飛んでいく大惨事…
ガリアは地面に着弾しクレーターを作っているが本人は無事!
アルムゲインは飛ばされ向こうの壁に激突するが、驚くべきことにその尾は損傷していない。ガリアの攻撃力を考えると恐るべき耐久度…!
するとスクードが破れんばかりの大声で叫ぶ!
「今だ皆逃げろーッ!!!死にたくなきゃあなッ!!」
それを聞き、固まってしまっていた民衆もどんどん逃げ出す。
ランスが啖呵を切る。
「ナメんな災厄皇ッ!!
俺達を相手に他所見してる暇があると思うなよ!!!」
ルナとルナベレッタも身構える…!
するとガリアが囁くように言った。
「…スクード。…イシを使う…。」
それを聞き、血相を変えるスクード!
「!!ッ旦那ァッ!!!」
「!チッ…マジかよ…!」
ランスはいきなりルナベレッタとルナを両脇に抱え、スクードめがけて走り出す!
スクードは盾を斜めに構える!
ダンッ!
盾を蹴って跳ぶランス。
次の瞬間ルナ達は、帝都の遥か上空に居た…
?!?!わッ!落ちるッ!?
…ひゅんと肝が冷める…
徐々に自由落下に移行する…
と
バサッッ
ランスの背に翼が…! 風を切り、滑るように飛ぶ。
…本当になんでもできるなこの人は…と、ルナはすんなり受け入れた。
…
ランス達の離脱を背中で確認し、ガリアは言った。
「恩に着るスクード…。奴の尾を砕くつもりで放ったのだがな。」
「いやぁこっちこそ。ありゃ確かに、ルナ達は逃がすのが正解だ…。
まさか…
あんたの拳が砕かれるなんてな」
アルムゲインと打ち合ったガリアの握り拳は、指があらぬ方向に曲がっていた。
「ああ。こいつは恐らく俺よりも強い」
…蛇術館との喧嘩で負った傷を差し引いても…。
…力というものはアテにならないと、全くもってつくづく思う。俺が存在しているのだから、俺を超えうる奴も存在する。蛇術館の魔物達も見方によってはそうだった。
どんな力を持とうと、神だろうと、救世主だろうと、俺は一人の…ただの男に過ぎない。
…だとするなら…
「尻尾と顎…あの盾のような鶏冠も厄介そうだ」
…だからこそ…
「ヤツの動きを止めたら腹と首に全力で打ち込むぞ…!」
俺の仕事は唯一つ。
アルムゲインは、先程とは打って変わってゆっくりと歩み寄って来ていた。
『…ランスは逃がしたか…。まあいい。まずは貴様らをいただくとしよう…。』
「ハッやめときな!腹壊してトイレに駆け込むことになるぜ??」
スクードは軽口を1つ飛ばした。
それに対しアルムゲインは…
『フッハッハッハ!案ずるな…。
此の胃袋は混沌。魔物…神…全てを歓迎しよう。』
「大食い自慢もいいんだが、先に聞きたいことがあるんだ…
蛇術館の皆をどうした…?」
『フフ…どう思う?
呼んでみたらどうだ?返事が返ってくるかもしれんぞ…?』
アルムゲインはそう言って自身の腹に手を置いた…。
ガリアが割って入る。
「スクード…やめておけ。言葉を交わしても逆撫でされるだけだ。」
「はああ〜…。虚しいよな俺達。
どんな力を持っていようと、海の彼方で今苦しんでる美少女や…ご近所の大事な人すら…救うことができない。
救世主が聞いて呆れるな…?」
「スクード…!!」
「ん大丈夫さ?
…あんたと違って、俺みたいなのが本気になるにゃあ着火剤が要るだけ。
自分は神だとか救世主だとかそんな大それた存在じゃない…ただの一人の男として、自分にできることをする。失っちまった大事なもののために…かわいこちゃん達がこれ以上大事なものを奪われないために…!
そう考えるとさ…ヤル気出るじゃねぇの…!!」
「! その通りだ。だから戦い続けるのだ。世界を平和にする、その時まで。」
to be continued
闘いはこれからです!
阿暦史の次回作にご期待下さい!




