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【処女作完結】Mobius Cross_メビウスクロス  作者: 阿暦史
【第二章】救世主と紀元の吸血鬼
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『Mobius Cross_メビウスクロス14:ポルフィラ』

人々を脅かす災厄の気配。破滅の使徒の噂。

今回追うのは、後に吸血鬼と呼ばれる少女の軌跡。

☆登場人物

·深窓の少女:貧血と“ある病”によって生活を制限される貴族嬢。苦手なものは運動とワイン。

·魔剣:永き時を歴て魂を宿した血吸いの大剣。紳士。

『Mobius Cross_メビウスクロス14:ポルフィラ』



貴族街の一角。

ひときわの豪邸、2階の一室にその少女は居た。

晴天が裂き入る薄暗い室内。

一抹の陽も浴びてしまわないようにシャッとカーテンを閉める。




…しまった…。

昨夜は満月、月明かりで街の様子でも見れないかと窓を開けてそのままにしちゃってた…。

父、母が知ったら大目玉。だけど立ちくらみもいつも程酷くないし、早起きもできて、私は今日もラッキー。



そしていつものように召使いが部屋を訪れ、朝食を置いていく。


まずカットされた桃、メロンで口を湿す。甘くて柔らかくて、咀嚼に力が要らなくて優しい。

次に、ミルクのお粥。世間では米料理は珍重されているが、パンや焼き菓子だと食べるのに難儀するのだ。

以前1回喉に詰まらせて以来これになった。


あとは…銀のゴブレットに入った貝紫色のワイン。



少女は一人で乾杯する。

ぐびっと一口。

ぐえっ…独特の風味にえづいて二口めにいけない。少女の口角からツゥと垂れる。

でも、貧血に効くからと毎食これが付いてくるのだ。

絵本の山賊達はあんなに美味しそうにこれを飲むのに…。

大人になったら美味しくなるのかな?それとも山賊にならないと美味しくないのかな?

できれば前者であって欲しいと少女は思いながら、今日も部屋の隅の絨毯の下に内緒で捨てる。


朝食が終わった頃、また召使いがやってきて、着替えさせてもらう。髪を結ってもらう。

こうして毎日おめかししても、外に出ることは無い。今日はワルイ天気のようだから尚更だ…。




生まれつき日の光を浴びると肌に灼熱の痛みと腫れが生じる。それが彼女の難病だった。




召使いが食器とナイトドレスを下げると、少女は孤独に読み書きの勉強を始めた。

外で遊べない。貧血で体力もない彼女にとって、これと食べて寝ること以外、生活に選択肢が無いのだ。

今日は体調が良いので、基本字全てを書き写すことができた。最後の方は手が疲れて若干美しさに欠ける字になってしまったが、父も喜んでくれるだろう。


彼女はそんなことより、残った体力でやりたいことで頭がいっぱいだった。



ベッドの真横に置いてもらった本棚から本を取り出し読みふける。

絵本の方が好きだが、最近文字だけの本も楽しめるようになってきた。

ちなみにお気に入りは、退屈な日々を送っていたお姫様が山賊に拐われて冒険する絵本。

この本の食事シーンを思い出すと食欲が湧いてくるのだ。

乾杯はこれの受け売りである。勿論意味は知らない。


本を読み、空想を愉しんでいると、また召使いがやってくる。

もうお昼。

昼食からは血を多く作る為の食材が増えてくるから苦手だ…。

スープ、粥、動物の肝煮、そしてあのワイン。

食べ物の方は頑張って完食するが、ワインはやっぱり不味かったのでいつもの場所に捨てた。

召使いが着せてくれたエプロンで口を拭き、少し汚しておくことが心配させないコツ。

そしてまた夕食までお勉強。そんな慎ましい日常が彼女の人生の全てだった。





少女の部屋の真下は宝物庫。

様々な財宝、貴重な武具が納められているが、窓は無く、滅多に開かれることはない。

往来するのは吸血蝙蝠くらいの不気味な空間。


そこに安置された1本の巨大な宝剣。


およそ実用的ではないサイズ感に、柄やフラーの部分に巨大な宝石が埋め込まれた百年物の逸品。


ところがそれはある危機に瀕していた。


最近部屋のどこからか液体が漏れてきて、刃をつたうのである。

このまま放置されれば錆びてしまうことは明白だ。

しかしそんな宝剣にも救いの手を差し伸べる者たちが居た。

いや、掬いの舌を差し伸べる者たちが!



共に暮らす蝙蝠たちだ!

彼に危機が迫ると、どこからともなく現れてペロペロと舐めとっていってくれる。

その姿の愛らしいこと。



物も百年経つと、感情や思想が芽生えるもの。剣は思った。

…自分は何者だろう。

…何故ここにいるのだろう。

…この可愛い蝙蝠達はどうして自分を助けてくれるのだろう。

剣は閃いた。


もしかすると…自分も吸血蝙蝠なのでは…?


どうして今まで気付かなかったのか…。だから同じ場所に棲んでいるのだ。

ならば同じ物を食さねば。

と剣は今日、自身をつたう液体をそのキバで飲んでみた。

これは美味い!しかも体の中から力が漲り、智と魂と魔力の充実を感じる!

コレがもっと欲しい!

自分が蝙蝠であると認識した彼にとって、宙を舞って移動するなぞ自然なこと。

彼は堅牢な宝物庫の扉を切り裂き部屋の外へと飛び出した。





外はもう日が落ちて、2階の少女はランプに火を灯し、カーテンを開けて月の柔らかな光で部屋を照らしながら独り夕食と向き合っていた。

野菜や豚の血の腸詰めをなんとか完食し、残るはあのワイン。


少しでも美味しく感じますように…。と乾杯し一口。

相変わらずの鉄のような味に眉をしかめた。

その時である。 


コンコン


と、ドアをノックする音がした。

この部屋にノックして入るのは父か母だけだ。

会いに来てくれるのが嬉しくて、少女はがらに無くぴょんと立ち上がってドアを開ける。




「っ…?…っ御機嫌よう…ステキな剣さん?」


{?御機嫌よう。お嬢さん}




少女は久しぶりに声を出したので詰まってしまった。

予想に反して眼前には、刃を紅く染めた巨剣がフワフワ浮いていたというのに、呑気に挨拶したではないか。

剣も当たり前のように挨拶を返したではないか。


{吾輩は剣に似ているが蝙蝠だ。

この部屋から芳醇な血の香りがして訪ねてみたのだが…君のモノではなさそうだ。}


「…っコウモリさんなの?っ私てっきりステキなナイトの剣だと思ってしまったわ。

っ血が無いの?…でも私…あげられる血が無いの…。」

少女には、一般的な教養はあれど一般的な常識は無かった。

現実世界より空想世界に比重を置く彼女にとって、物が浮いて喋るなど常識の範囲内。



{優しいお嬢さん、お名前は?}


「…っパーニャ。あなたは?」


{ヴァンブレラヘルスレイヴ。}


「…っ…♪っ神話に出てきそうなステキなお名前ね!」

パーニャは感嘆の声をあげようとしたが掠れに掠れ飛んで恥ずかしかった。

それを誤魔化すように、自分の席からゴブレットを取りながら

「っそうだわヴァン!血はないけど、お近づきのしるしにワインはいかが?」

と言って飲みかけの赤黒い液体を差し出す。



{おぉー。そうかこれの匂いか。パーニャ、


これは血だよ。


吾輩の大好物だ。君も嗜むのかね?}



「…

っぇーっ…!」

掠れた驚嘆。

「…っお父様はワインって言ってたのに…。っ嗜まないわ。美味しくないもの…。」


{…吾輩が本物の血かどうか飲んで確かめてあげよう。では、}

ヴァンがゴブレットに切っ先をつけようとした時。


「…っ待って待って!」

とパーニャが止めた。つかを傾げるヴァン。


「…っ美味しくなるおまじないをしなくっちゃ!」

そう言ってヴァンの刃の先にゴブレットを軽く当てた。


「乾杯っ」

キィン…と綺麗な音が響く。


今まで空にしか乾杯してこなかったパーニャは、余りに澄んだ音に目を丸くしていた。

すると今度こそヴァンが切っ先をゴブレットに入れる。

血は見る見る水位を低くし、その刃に染み渡っていった。


{…美味い。若く新鮮な良い…ワインだぁ。}


「…っやっぱりワインなの…?」


{名など真実とは無関係だよ。}


「…?

…っそんなことよりヴァン!貴方紳士ねっ!ワインは紳士淑女の嗜みって本で読んだの!

ステキ…あっ…」

言いながらパーニャは膝から崩れ落ちた。


{どうした?!}


「…ンン…

っゴメンなさい…はしゃぎすぎちゃった…」


{あげられる血が無い…そういう訳か。肩を貸そう。}

スッと柄を差し出す。


…そこ肩なんだ…と思いつつ、パーニャは横になったまま返す。

「…っいいの。横になってる方が早く治るから…。」


{…ならば…}

とヴァンは突然、パーニャの隣に横たわった。


「…っどうしたの?…っヴァンも貧血なの?」


{パーニャ。ワインを美味しく飲んでみたくはないか?}


「…?…っ私淑女になれるの?」


{ああ。君の力になれるかもしれない。さぁ吾輩のキバに口づけして。}


「…っ!ケホ…キ、キッス…?」


{そうだとも。上手くいくかはわからない…、

なんせ吾輩も百余年生きてきて初めての試みなのだ。こわいかい?}


「…っぅ、ううんっ!っ私、するわ!

紳士に助けてもらうのも淑女の嗜みよっ…」


{気丈!来たまえ!}


「…っい、いくわ!」




…ふにっ…

小さな唇を鋼に押し当てる。

暫く当てているとヴァンがなんだかそわそわしている。

{…うーーむ…失敬!どうやら唇では駄目らしい。体勢を変えよう。}

そう言ってパーニャの唇を傷つけないようそっと離れ宙に浮いた。


「…っわかったわ。どうすればいい?」


{いや、パーニャは休んでいろ。吾輩が何とかする。

要は君が吾輩のキバに歯を立てられるような角度になればいいのだ。}


「…っなら…こうして」

パーニャは横向きから仰向けになった!

「…っこう!」

首をくいっと傾けた!

「…っ任せて!お姫様がキッスでハッピーエンドな絵本で勉強したの!

さあ来て!」

さらに両手を広げ、ぁいー…と口を開けた!


{おませさんだが、嫌いじゃない。}

ヴァンがそっとパーニャの口元に降り立つ。

カチン…とパーニャはヴァンの刃を甘く噛んだ。



その時、ヴァンの貝紫色の宝石が輝き、刃渡り全体の紅が少しずつパーニャの口元に濃縮されていった。

そして


「…っんっ…!」


じゅわりと口の中に何かが染み出してきた。

舌触りはあのワインそっくりだが、味がまるで違う!

パーニャは喉を鳴らして飲み下した。


ドクン


ぷはっ

と口を刃から離すと感想が漏れた。

「……おい…しぃ…。甘い…。」


うっとりしていると、ヴァンが優しく問いかけた。

{体の調子はどうだい?}


…言われてみるとなんだか体が軽くなったような気がする。

力が込められる。

血が駆け巡っているような気がする。


「とってもいいわ。踊り出せそう♪」

パーニャは弾むように起き上がり、トンッと両足を揃えて深呼吸した。


{ワインに魔力を混ぜて少しプレゼントした。君が自由に動けるように。}


「まぁ♪なんて紳士なの。何かお礼をしなくっちゃ♪」


{ふむ。では、夜の散歩に付き合っていただけるかな?}


「よろこんで!私、元気になったら一度お外を歩いてみたかったの!

あ…でも…」


{何かね?}


「私、おひさまの光を浴びると火傷してしまうの。だから夜の間だけね?」


{ふふ。それなら心配いらない。

吾輩もきっと太陽が苦手なのだ。蝙蝠だからね。}


「ステキ!似たもの同士ね♪」


{ではお手をどうぞ。お嬢さん。}


パーニャはヴァンに掴まり、窓から飛び出した。

月明かりの下、二人の夜だけの冒険はこうして始まった。





「…ところでヴァン。何処に連れて行ってくれるの?」



{ん…?


ワイン狩りさ}



to be continued

今回は吸血鬼を追うお話ののんびりプロローグをお届けしました。退屈させたらすみません。ヴァン&パーニャやメシア教団の活躍は次回からですね。


「二章から」とか、「だけ」でも楽しめると思いますので、続きをお楽しみに★

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