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2)アランとヒューバートの式

 ティタイトとの国境地帯がレオン・アーライル率いる騎士団が平定し、治安が大幅に改善した。イサカの町とその周辺もライティーザ王国の統治に恭順を誓った。


国境沿いの大河に浮かぶ船で一生のほとんどを過ごす川の民も、ライティーザへの恭順を示した。船で暮らし、国境間の輸送で生計を立てている民と、大地の上で暮らすライティーザの民は根本的な考え方が違う。マーティンを代表とした法律家達と川の民の間で、話し合いが進められていた。


 常に不安定で戦争の火種となっていた地域を平定したレオン・アーライルの功績が認められ、アーライル家はかつての領地の大半を取り戻し侯爵家となった。


 アーライルの一族だけでなく、騎士を多く輩出している貴族達、アルフレッドとアレキサンダーも喜んだ。騎士の最高峰であるライティーザ王国騎士団総騎士団長が、子爵では何かと問題があった。侯爵に返り咲いたことで、ようやく文官勢力と武官勢力の均衡がとれるようになった。


 返還されたのは、アーライル侯爵家から没収され、王太子領に組み込まれていた土地だった。


 王太子領の大半の管理を任されていたロバートも喜んだ。ロバートから引き継いだレオンの顔は書類の量にひきつった。広大な領地の引継ぎがそう簡単に終わるわけがない。結果、今、定期的にレオンは王太子宮に通ってきていた。


 そんなある日のことだった。レオンが、兄アランと恋人のヒューバートを伴いやってきた。

「ようやく一族の説得も終わりまして、結婚することにいたしました」

「それは、めでたいことだ。で、式はいつだ」

アランの報告にアレキサンダーは何気なく聞いただけだった。


「明日です。家族だけで挙げようと思います」

アーライル侯爵家の家督を継がないとはいえ、長男の結婚式としては異例だった。同性で結婚すると言うことは、血統を残すという貴族の責務を放棄することだ。二人の結婚は、認められても歓迎されてはいないのだろう。アーライル家が血統よりも実力を重視するとはいえ、複雑な事情はあるのだろう。


「そうか」

事情を察したアレキサンダーは、それ以上は何も言わなかった。結婚の報告にしては少し沈鬱な空気が流れた時だった。


「お祝いに行ってもいいですか」

ローズがアランに尋ねたのだ。一瞬、アランが虚を突かれたような顔をした。

「ご家族でお祝いなら、いったら駄目ですか」

アランの返事がないことを、断られたと思ったのだろう。酷くがっかりした様子でローズが言った。そのまま、すっかり気落ちした様子のローズにロバートは声をかけた。


「どうしました」

「お祝い、行きたいの。楽しみにしてたのに」

ローズが自分から何かをねだることは珍しい。どこかに行きたいなどということも、ほとんどない。ロバートは、腕にローズが抱き着いて来たことに驚いたが、その目に浮かぶ涙に自分の目を疑った。


「ローズ、あなたそんなに楽しみにしていたのですか」

頷いたローズは、ロバートが渡したハンカチで涙を拭いた。

「だって、孤児院にいたときは、いつもみんなで一緒にお祝いしたのよ」

教会での結婚式では、参列者も、偶然通りがかった者達も、祝福を送るのが習わしだ。愛とは神からの贈り物だ。愛への賛美は、神への賛美でもある。孤児院で育ったローズは、聖アリア教の教えの影響を強くうけている。貴族の血統への拘りの強さを知らないローズは、純粋に二人の結婚を楽しみにしていたのだろう。

「とっても楽しみにしてたの」

ロバートの大きなハンカチを握りしめ、訴えるローズは可愛らしかった。


 ローズを慰めるのはロバートに任せ、アレキサンダーはアランを見た。

「司祭はどうする」

「それが、聖アリア大聖堂に依頼したところ、大司祭様自らが、いらしていただくことになりました。イサカの町の件で、アーライル家とは縁があるとのことで、ありがたいことだと思っております」


 今の大司祭は、稀に見る行動力のある大司祭だった。就任直後から、大聖堂に籠ることをせず、積極的に各地を訪れる。聖アリアは、生涯を旅に行き、神の恩恵を各地にもたらし客死した。大司祭は聖アリアのように、神の愛を届けるのが聖職者の使命だと説いている。説くだけではなく、自ら実践するような人物だった。

 その象徴が、彼のイサカの町への訪問だろう。老人といっても差し支えない大司祭が、イサカの町に自らが赴いたのは、未だ疫病が終息していない頃だった。多くの聖職者が反対したが、大司祭は、聖アリアのように客死するならば聖職者として本望だと言った。彼の行動力を、教会の権威を堕とすという者もいるが、大司祭は各地で大人気だった。


「あの大司祭らしいな」

「はい」

「せっかくだから、ローズも参加させてやってくれないか」

アレキサンダーの言葉に、ローズが顔を輝かせた。


「急なことで、ご参加をお願いするのは」

「あの大司祭は、ローズを聖女の再来だと言って、毎度最敬礼をする。そのローズが参加し、大司祭が証人となる式だ。アーライル侯爵家の式にふさわしい」

アレキサンダーの意図を察したアランとヒューバートが顔を見合わせた。


「聖アリアは、神の愛、人の愛の大切さを説いた。すべての愛は、神からの贈り物だ。誰が何をどう愛するかは、人それぞれだ。神からの授かりものを、人の都合で異なるもののように扱うのは、私には神の御意思に沿うものとは思えない」


 アレキサンダーの母は、アルフレッドの婚約者だった。アルフレッドの二人の兄が立て続けになくならなければ、アルフレッドと二人、王国の片隅で静かに愛を育んだだろう。だが、王位を継ぐアルフレッドのため、身を引き、側室となった。産褥熱で亡くなった母のことをアレキサンダーは知らない。折に触れて父が語ってくれる思い出がアレキサンダーの知る母のすべてだ。


 父アルフレッドは、幼い頃からの婚約者であり側室となったアレキサンダーの母も、三人の子を喪い心身を病んで亡くなった心優しい正妃のことも、愛している。二人の妻の誕生日を、夫と息子、あるいは夫と義理の息子として、今も一緒に王太子宮で祝っている。もうすぐ母の年齢を、いずれ正妃の年齢を追い越すと思うと不思議な感慨があった。


 聖アリア教は、本来は一夫一婦制だ。だが、強制はない。二人以上の配偶者を持つならば、全員を等しく愛し遇するようにというだけだ。正妃の子でないアレキサンダーが世にいるのは、聖アリア教の寛容さのおかげだ。


 少数派を否定する多数派の、多数であるが故の傲慢に、アレキサンダーは嫌悪感を抱いていた。


「祝福したいというローズを、参加させてやってはくれないか。私も参加したいが、急なことで難しい。代わりにローズを連れて行ってやってくれ。イサカの町の縁で大司祭がくるというなら、ロバートも参加させてやってほしい」

アレキサンダーの言葉に、ヒューバートは息をのんだ。

「ありがとうございます」

アランが礼を言った。

「私、行ってもいいのですか」

「はい。ぜひ、お越しください」

アランの言葉に、ヒューバートも頷いた。

「明日お迎えに上がります」

「ありがとうございます」

レオンの言葉に、ローズは嬉しそうに礼を言うと、ロバートに抱き着いた。


 結婚式と言っても、家族だけの式という言葉通り、華やかさはなかった。アーライル子爵家は参加していたが、ヒューバートの家族は誰一人としていなかった。


「私の我儘で、アーライル家に申し訳ないと、父と母とは縁を切ることになりました」

騎士の礼服に身を包んだヒューバートは、静かに言った。

「いつかご両親にご理解していただけるとよいですね」

ロバートは月並みな言葉しか口にできなかった。ロバート自身、父とは断絶状態だ。縁を取り戻したいなどと微塵も思ったことはない。家族との断絶を悲しむことができるヒューバートを少し羨ましいと思った。


 ローズはグレースによって、着飾らされていた。急なことで十分な用意ができないとグレースは言ったが、祝いの席に参列する喜びにあふれているローズは、本当に可愛らしかった。大司祭は、相変わらずローズに最敬礼しただけでなく、可愛らしいと褒めた。褒められて、ローズははにかんでいた。


 ローズは、無理やりついて来たエドガーと、警護を兼ねた付添のロバートに挟まれて座った。ローズの視線の先には、アーライル家の礼拝堂で、騎士の礼服に身を包み、永遠の愛を神に宣言する二人がいた。静かな祝福の気持ちに満ちた式だった。

「誓いの口づけを」

大司祭の言葉に続いて、二人は口づけた。


 その時だった、ヒューバートが涙を流した。

「どうした」

「このような日が、くるとは、思って、おりません、でした」

アランの肩に顔をうずめ、静かに涙を流すヒューバートを、アランは静かに抱きしめた。

「これからだ」

「はい」

アランのその一言に、こめられた想いは、ロバートには計り知れないものだった。

「神に祝福された二人に、幸有らんことを」

大司祭の声が朗々と響いた。


第一章38)、第一章幕間「背くらべ」にアラン・アーライルとヒューバートが登場しています。


幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。

この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです

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