1)レオンとエディ兄ちゃん
レオンは、国境地帯の治安改善のため王都を離れて過ごすことが多い。不定期に戻ってきては、王太子宮に顔を出す。イサカを含めた国境地帯の治安改善が、レオンの功績という認識が広がったころ、アランとアランの部下達も国境地帯に向かった。
「ようやく暴れられますよ」
心配するローズに、アランは豪快に笑って旅立っていった。
しばらく後、レオンとアランがイサカの町から王都に戻ったという報告のため、王太子宮を訪れた。兄弟そろっての訪問は初めてだった。
「広いお部屋でないと、お部屋が狭くなりませんか」
アーライル家の兄弟も、その従者たちも大柄だ。ローズの提案で、二階の応接室での報告となった。盗賊を排除し、街道周辺の村や町にライティーザ王国騎士団ありきと知らしめるのが目的だ。今回は山狩りをしたと言う話に、ローズは惹かれたらしく身を乗り出して聞いていた。
各自がくつろいで話に興じていたときに、扉が叩かれた
「誰だ」
「エドガーです」
普段、エドガーは客人の相手はしない。特に客人が貴族であればなおさらだ。エドガー本人が、礼儀作法が面倒だと嫌がるのもある。ロバートとしても、エドガーの行動で、万一の問題があってはいけないと、常に他の仕事をさせてきた。
「入れ」
いぶかしがる面々をよそに、扉を開けて入ってきたのは、本当にエドガーだった。エドガーは、真っ直ぐにアランのところに向かうと一礼した。
「お久しぶりです」
「見たことがある顔だなと思ったが」
「はい。エドガーです。騎士としての最初の訓練はアーライル家でうけました。残念ながら家長の命で、アーライル子爵様の元を去らせていただきました。お父上から当時、教えていただいたことは、今も忘れてはおりません」
エドガーの言葉に、アランが手を打った。
「エドガー、あのエドガーか。そうか、いや、背が伸びたな。まぁ、当たり前か。今はどうして、あぁ、ここにいるということは王太子宮務めか」
アランは明らかに、懐かしい知り合いとの再会を喜んでいた。
「はい。妻をもらいまして、息子も二人います」
「お前ならいい父親になっているだろう。レオン、懐かしいな。覚えてないか」
突然話をふられたレオンは戸惑った。
「え、私ですか。兄上とお知り合いだったと言うのも、今、知ったばかりですが」
レオンの言葉に、アランが大袈裟なくらいのため息をついた。
「お前、覚えてないのか。エディ兄ちゃん、エディ兄ちゃんって、毎日くっついて回ってたのに」
「いやぁ、無理でしょう。だって、随分と昔です。丁度、俺の息子達と同じくらいの時ですから。まぁ、全然覚えてもらえてなかったのは、少々がっかりしましたけど。小さい時分のことですから、そんなものでしょう」
親し気に話をするアランとエドガーを、レオンが凝視していた。
「薄情な奴だな。訓練でへとへとで、他の奴が誰もお前のことを構ってくれないときでも、エドガーだけは、お前の相手をしてくれてたのに」
「まぁ、ある意味、お父上とご子息に鍛えていただいたようなものですよ」
楽しそうに昔話をする二人に、レオンは思い出したらしい。
「エディ兄ちゃんって、えぇ、あの急にいなくなった、エディ兄ちゃん。だって、他の人が、もういないっていうから、死んじゃったと思ってたのに」
レオンの手が、エドガーの腕をつかんだ。
「あぁ、そうそう、お前大泣きしてたな。俺がいくら違う、生きてるっていっても、だったら会わせろ、連れてこいというから困ったぞ」
アランに過去を暴露されたが、レオンには気にする余裕がないようだった。
「そうだったのか。ごめんなぁ坊主。家長の突然の命令だったから、お前に言っていく暇なかったんだ。伝言頼んだけど、そうか。紛らわしいことを言ったのは、誰だ。いつかあったら、殴っとくから、名前教えろ」
エドガーが好戦的な笑みを浮かべた。
「いいです。僕が自分で片を付けます」
そういったレオンも同じような表情だった。
「おう。その時は俺も加勢するぞ。二人でやろうぜ、坊主」
「いいですね」
エドガーとレオンが肩をくんで、笑い出した。
客人の対応を嫌うエドガーが応接室に入ってきたこと自体にロバートは驚いた。何より、アーライル家の兄弟二人ともにエドガーが面識があるとは思っていなかった。エドガーはエリックの紹介で、妻とともに王太子宮にやってきた。エリックはエドガーを庶子の甥だといい、身元に関しては全責任を負うとまで言った。
ティズエリー伯爵家に確認した際、伯爵本人が、エドガーを貴族籍に登録した。伯爵の夭折した弟の息子という不自然な立場を与えられたエドガーは、エリックの従兄弟となった。先代の伯爵の女性関係があまり褒められたものでなかったことは、貴族社会では有名だ。当代が自らの庶子の存在を伏せようとしたのもわからないではなかった。
ロバートは他人の女性関係などという面倒なことに関わりたくなかった。エリックの言葉を信じ、エドガーの経歴の詳細を確認しなかったことを、思い出した。アーライル家で騎士見習いとして数年過ごした後、王太子宮にくるまでの間、何をしていたか確認せねばならない。
「お知合いでしたか」
平静を装ったロバートの言葉に、アランは頷いた。
「えぇ。騎士見習いとしての数年を、アーライル家で預かりました。その頃に、訓練場に遊び相手を探してやってくるレオンの面倒を、よく見てくれていました。レオンが、エディ兄ちゃんと呼んで、随分と懐いていました。レオンが勉学に励むようになったのは、彼の影響のはずですよ」
「エドガーの影響ですか」
ロバートの知る限り、エドガーは不真面目ではない。だが、他人に影響を与えるほど、勉学に熱心でもなかった。
「そうだろう、レオン」
「えぇ、勉強ができる弟分の方の自慢話をよく聞かされましたから。私もがんばろうと思いました」
アランの言葉にレオンが答えた。
「へぇ。じゃぁ、紹介するよ。これが、俺の自慢してた、勉強ができる弟分だ」
エドガーが、素知らぬ顔で立っていたエリックの襟首をつかみ、引き寄せた。
「エドガー、何をするのですか」
「いや、だから、昔可愛がってた坊主に、俺の自慢の勉強ができる弟分の紹介をしてやろうと」
エドガーは上機嫌だったが、エリックは冷静だった。
「騎士見習いとしてアーライル家におられた間、あなたは何をしていたのですか」
「ちゃんと真面目にやってたぞ。騎士になりたいって言ったのは俺だからな。ただ、丁度、会ったばかりの頃のお前と同じくらいの、小さいのが遊びに来ててさ。なんか、小さい頃のエリックみたいで親近感湧いて、一緒に遊んでただけだ。屋敷はあんまり好きじゃなかったけど、離れると、懐かしくてさ」
エドガーは、左右それぞれの腕で、エリックとレオンと肩を組んだ。
「いろいろあったけど、なんか、俺、幸せ」
飾り気のない言葉でそう言ったエドガーは屈託のない笑みを浮かべていた。
ロバートの腕に軽く重みがかかった。隣にいたローズが身を持たせかけてきていた。何も言わずに、和気藹藹とした様子の三人と巻き込まれた一人をローズはじっと見ていた。
ローズには家族はいない。家族のように暮らした孤児院の仲間たちと会う機会も少ない。
ロバートはそっとローズの頭を撫でてやった。
ロバートも兄弟はいない。母も亡くした。母の敵でありながら、のうのうと生き延びているバーナードを父と思ったことは一度もない。そんなロバートでも、ローズの胸中を察してやれているのか、自信はなかった。
見上げてくるローズと目が合った。
「男の人って、大きくなっても、子供みたいね」
ローズの言葉に、ロバートは苦笑しつつも安堵した。
本編第一章39)ー47)は
エドガーと、レオン・アーライルの再会でもあります。
エドガーは、遊んでほしくて、自分の後ろをついてまわってきた、「可愛い坊主」のことを、しっかり覚えていました。