ある日常
「おはよ、湊」
賽目湊は千葉県立の高校に通う、二年生である。
「おはようさん」
湊の首ほどの背丈の華奢な体をした女の子が振り向いた湊に抱きついた。
「ねえねえ、今日も私のうち来る? 今日お母さんもお父さんも遅くなるって」
女の子はひときわ目立つ大きな瞳を湊に向けていた。髪はこれまでずっと背中ぐらいまで伸びていたのだが、夏休みが明けてからバッサリと切った。今では湊の方が彼女より長い気がする。
「悪いけどそんな気分じゃないな」
湊の返答に女の子の体が小さくなった。
「はあ、また気分か。どういうつもりよ。まさか他に…」
女の子がじっと湊を睨んだ。
「安心しろ。それはない。ただ俺も勉強しなきゃなと思って」
「二年生も大変なんだね」
女の子のしょんぼりとした顔を見て、湊はため息をついた。
「あ〜あ〜わかったよ。気分が乗ったら一緒にいてやるから」
「そう言って、いつも来てくれるじゃん。このツンデレが」
「フン」
湊はそっぽを向いた。
季節は秋口。二学期が始まってしばらく経ったはずなのにというのにまだ暑かった。通常なら衣替え、制服を半袖から長袖に変える時期のはずだが真夏日とまではいかないが夏日を感じさせる暑さだった。
ふと女の子の方を見ると、首筋が汗ばんでいた。額にもほんのり汗が浮かんでいた。長い髪を切って正解だったなと港は思った。
これが地球温暖化、いや最近は温室効果というやつかと湊は心の中で思った。
「そんなことやってもダメだよ。湊も楽しみだってことは知ってるんだから」
「あ、そ。そんなことより早く行かなくていいのか、今日芽衣、日直だって言ってただろ」
「あ、やっば。そうだった。じゃあまたね、湊」
芽衣は手を振りながら、小走りで学校に向かった。
湊も手を振り返した。
走り去り際に芽衣の短いスカートが少しめくれ、清潔さを思わせる白い太ももが湊の目に止まった。
校則でスカートは長さ膝上二センチ以下と決まっていたのだが、明らかに芽衣のスカートの丈はそれより上にある。
「はぁ。もっと自分に素直になれないもんかね」