認識と準備
「暗いね」
「足元、気をつけろよ」
二人は火山灰がいまだに振り続ける中、傘をさしながら、千葉県有数の大きな駅を目指していた。
「みんな避難してるのかな。静かだね」
「そうだな。少し遅すぎたかな」
二人の周りにはいつものように住宅街が立ち並んでいて、いつもなら子供たちが走っていたり、ママ友さんたちが傍で話し込んでいたりと、賑わいを見せているのだが、この日は一切の物音を感じなかった。というのも住宅のいくつかは地震で半壊していたり、道路の中央で大きな木が横たわっていたりと、身に危険を感じる場所と化していたからであった。
「よし、準備できたか」
いくつもの無人の住宅を過ぎたところでようやく人の声が聞こえた。
「出来ました」
それは三十代前後と思われる夫婦であった。
「できるだけ荷物は少なくしていけ」
「分かってますよ」
二人が玄関に出てきたところで湊たちと目があった。
「あ、こんにちは」
二人は小さく挨拶をして、その後軽くお辞儀をした。
「避難場所に向かうんですか?」
男性の方が話しかけてきた。
「え、ええまあ」
湊が曖昧に答えた。
「飛んだ災難ですよね。都内でこんな大きな地震が起こるなんて」
「そうですね」
「あなた、ちょっと待ってて」
「なんだどうした?」
「ブレーカー落とすのを忘れてたわ」
「ああ、そういえばニュースで言ってたな」
「たしか、通電火災を防ぐとかでね」
奥さんの方が急いで家の中に引き返した。
「お二人はカップルですか?」
夫の方が再度湊たちの方を見た。
「あ、はい」
「そうですか。そんな若い時からこんな災害にあって大変ですよね。あ、すいません。なんか他人行儀みたいになってしまって」
「いえ、日本に住んでいる以上はこういう災害とはいつか向き合わなきゃと思っていましたから」
夫は驚いた表情を見せた。
「いや、これは参った。俺たちよりよっぽど大人びてる」
夫はハハと笑いながら、自分の頭を撫でた。
「行きましょ。あなた」
「ああ。じゃあこれで」
夫婦はお辞儀をしてその場から早歩きで去って行った。
湊たちもお辞儀をして再びゆっくりと歩み始めた。
「はぁ、また見栄張っちゃったな」
「どうしたの?」
「日本に住んでる以上は災害と向き合わなきゃいけないなんてかっこいいこと言っちゃったってことだよ」
「違うの?」
「違うさ。被災者になるなんて本気で考えたこと今までなかったよ。だからなんの準備もしてこなかったし、いつ避難するかも全てニュースとからだし。全部他人任せだ。それで万が一自分に不幸が起こった時はそれにせいにして。他人に責任を押し付けてるんだ。こういう時に一番重要なのは自分自身の判断で行動することだと俺は思うんだ」
「どういうこと?」
「ん? まあいつかわかるんじゃない?」
湊は芽衣の方を見て少し笑みを浮かべた。