持ち物
「そうだな、荷物をまとめよう」
「もう、まとめたよ」
そう言って、芽衣は奥の部屋からスーツケースを持ってきた。
「いや、まとめてないだろ」
「え? ちゃんとスーツケースに全部閉まったよ」
「はぁ、避難するんだ、そんなに持っていけない。俺のリュック貸してやるから」
「えぇ〜せっかく詰めたのに」
芽衣はぶつくさ言いながら湊の後をついて行った。
「とりあえずはこんなもんか。よし避難するぞ」
「ちょっと待ってよ〜。どうしよう、どれ置いていこうかな」
芽衣はあたふたとして湊からもらったリュックに物を詰めていた。
芽衣には被災者としての自覚がまだない、そう湊は思った。そしてそれは自分にも言える。
しかしそれがいいことなのか、悪いことなのか。それは判断がつかなかった。
「そういえば、お前は別に避難しなくてもいいんじゃん。おい芽衣、家に帰れ」
「いやよ。湊と一緒にいるって約束したもん」
「こんな状況で約束もクソもあるか」
「湊の口が悪くなった…」
芽衣は少ししょんぼりした。
湊は大きく深呼吸して、芽衣の方に向き直った。
「こんな事態だ。お前は家に戻れ」
「じゃあ、湊も一緒に行こうよ。どうせ避難場所がどこか知らないんでしょ」
「これから、調べるんだ」
湊はそういうとポケットから携帯を取り出した。
「ねぇ、行こうよ。うちは近くに川もないから地震で氾濫なんて起こらないよ」
芽衣が携帯で何かを調べながら去ろうとする湊を引き止めた。
「俺が行ったって邪魔なだけだろう。大人にとっちゃ面倒見なきゃいけないやつが二人になるんだから」
「大丈夫だよ、事情を話せば…」
「事情って、俺たちが付き合ってることをお前の親は知らないんだろ」
「ううん。もう伝えてある」
湊はその言葉を聞いて思わず、足も手求めて振り返った。
「え? い、いつ」
湊はいつになく戸惑った表情を見せた。
「ずっと前から」
「話したのか」
「うん。湊とは長く付き合えそうと思ったから」
芽衣は小さくうなずいた。
「そ、そうか」
その後数分間、湊と芽衣は互いの顔を静かに見つめた。
「と、とにかく外に出よう。準備できたか」
沈黙に耐え切れなくなり、湊は顔を背けた。
「うん。でもどこ行くの」
芽衣は自分のリュックを背負って、湊の後ろにいた。スーツケースは置いていくようだった。
「とりあえず駅」
「駅? なんで」
「情報が欲しいんだ。あそこ確か近くにおっきなスクリーン、情報案内板があったよな」
「うん」
二人は静かに部屋を出た。その時湊は無意識に芽衣の手を握っていた。