小野の友人から見た夏休み(プール編)
それは甘くて冷たい恋の味!?
「おまたせ♥」
目の前に水着の美女が現れオレは思わずドキッとした。その隣にいるのは小野の妹。どちらもセパレート式の水着を着ているが……。美女のほう――英理沙ちゃんはフリル付きのデザインでお姉さん系。小野の妹はタンキニの下がショートパンツのスポーティ系だった。英理沙ちゃんやばい、大人っぽすぎる……。うぶな男子高生のオレは、目のやり場に困る。
「ぼすっ!」
「あうっ!?」
尻に理不尽な膝蹴りが入った。
「何すんだよ。痛ぇだろ?」
「……」
犯人の小野が不貞腐れた顔でそっぽを向く。
ここは近隣市内にあるプール。小野の妹の友人でクォーターの美少女英理沙ちゃんの「夏休みみんなでプールに行こうよ!」という提案で、オレ、小野、その妹、英理沙ちゃんの四人でそこに遊びに来ていた。
「感無量……」
キラキラ女子と一緒にプールサイドを歩く自分。その味わったことのない体験に天を仰いで歓びを噛み締めるオレ。こんなキラキラした夏休みを過ごすのは初めてだった。四人でワイワイキャッキャと水中バレーを楽しむ。やっぱ女子がいるのといないのとじゃ全然違うなぁ。今日のオレ、超リア充かも?
「キャハハハ!」
「アハハハハ!」
幸せ〜。とうかれていると
「あ、足攣っちゃった」
突然英理沙ちゃんが小さく顔をしかめて悲鳴を上げた。
「大丈夫?」
心配してみんながそばによると
「う〜ん……」と思わしくない反応を示す英理沙ちゃん。次の瞬間
「あっ!」
とよろめいてきた彼女を隣にいたオレが受け止め
「大丈夫?」
「ごめんなさい」
そのまま連れ添って、一緒にプールから出た。
「どう、歩ける?」
「うん、なんとか……」
彼女を支えながらなんとかベンチがある所までやってくる。
「ありがとう、お兄さん」
「とりあえず攣ってるとこ伸ばしてみる?」
「うん」
「どの辺か教えて」
「ここ……」
「じゃあ引っ張るよ?」
とは言ったものの
「お兄さん?」
いざ触れるとなると気が引けてしまった。こういうのって男のオレじゃなくて女子がやるべきだよな?
「あのさ、ちょっと待って。やっぱオレじゃなくて……」
小野の妹を呼んでこようと立ち上がると
「待って!」と手首を掴まれた。
「行かないで」
上目遣いで見詰められ、オレの足はそれ以上動かなくなる。そんな瞳で見詰められたら断れるわけもなく……
「はい、もっかい座って」
「うん」
促されるままに、また同じ場所に腰を下ろすオレ。あ、あれは!? オレは見てはいけないものを見てしまったような気がして気まずくなる。フリルのトップスの間に浮かぶ二つの膨らみ。発展途上とは言い難いそれは、中心に向かって二つのカーブを描いていた。この子本当に小学生なのか!? 高校生って言っても通るかも。
「お願い」
ドックン、ドックン、ドックン、ドックン! ドラムのようにうるさく脈打つオレの心臓。今の小学生ってすごくないか?? いや、この子が特別なのか? クォーターって言ってたし。それにしても英理沙ちゃん発育が良き……
っ!? いかんいかんオレはイケナイことをっ!
足の裏足の裏、他は見るな。足の裏!!
「大丈夫か?」
「?」
ふとその声で我に返り振り向くと、
小野がいた。後から妹もやって来る。
「大丈夫、英理沙。足攣っちゃったんでしょ?」と心配そうにこちら側を覗き込む。
「うん、でも大丈夫。今お兄さんに足の裏伸ばしてもらうから」
「!?」
え。ギロリと睨まれオレはたじろぐ。小野? なんで……
「あ、でもオレより輝葉ちゃんのほうがいいかも。女の子同士だし……ね? お願いしてもいいかな?」
「うん、いいよ。あたしやる」
「ええ〜、なんで? あたしお兄さんにやってほしい〜」
「……」
小野が妹に向かってくいっと顎をしゃくる。頷く妹。
「お兄さんがよかった〜」と駄々を捏ねる友人を完全無視する輝葉ちゃん。
こうして彼女にバトンタッチして事無きを得た。
帰りの電車に乗る時間が近付き、男女別れてロッカールームへ入った。
「あっ!?」
海パンを脱ごうとした瞬間、小野が叫んだ。
「どうした?」とオレが振り向くと
「足、攣ったかも……っっ」
小野が苦痛に顔を歪めていた。
「お前もか!?」
「わりぃ、とも。直すの手伝って」
「しょうがねぇなあ」
やれやれと溜め息を吐きながらも、オレは助けてやることにした。とりあえず足の裏を持って反らしてやる。足が攣った時によくやる方法だが……
「あぁ……っっ」
苦しそうに吐息混じりの声で呻く小野。なんか、エロい声出すなぁ……
こんな声、初めて聞いた。やっべ。やっべ。気付けばオレは痛がる小野の足の裏を余計にねじねじしていた。
「痛っ!」
「あ、ごめん!」
いかんいかん!? 痛がる小野がよがって見えてしまった。
「まだ痛い?」
「ん、んん……」
ああ、ずっとこうしてたい~
オレがすっかり変態モードに入っていると
「ちっ!」おじさん客に舌打ちされてしまった。
「すいません、こいつ足吊っちゃって」と謝り端に寄る。
「大丈夫?」
今度は誰だ? 振り向くとライフセーバー体型のイケメンがいた。こんがり日焼けした肌にキリッとした眼差し。開口すると白い歯がキラン! かっけー!?
「ちょっと見せて?」とそのお兄さんはオレたちの間に入ってくると、オレに代わって小野の足を手に乗せた。それから手探りで筋が張っている箇所を探り当てる。
あっ、オレの仕事をっ!?
「……っっ」
待ってる間、オレはヤキモキするが
お兄さんが筋を伸ばすこと数十秒……
「これでどう?」
ゆっくりと小野の足を下ろすお兄さん。
「……」
小野が床におろした足をおそるおる動かすと
「あ、もう痛くない。ありがとうございました!」と大きく目を見張り、キラキラした笑顔でお兄さんに礼を言った。
あ、そんな笑顔オレの前では見せたことないくせに!?
その後お兄さんはさわやかな笑顔だけ残して姿を消した。
「あのお兄さんすごくね? 足攣ってるのすぐ治っちゃった!」
「よかったな」
シラけた目でオレは返す。さっきのお兄さんは、もはや小野の中でヒーローのようになっていた。
「あの人肩幅すごくなかった? 大胸筋もむっきむきで超逆三角形だったし、ライフセーバーやってる人かな。超カッコよかった~」
なんだよオレにだってできたよあれぐらい。別にあの人がいなくたって、オレだってオレだって……なんかムカつく! オレはどんどん目を細めて行った。
「お前、ああいうのが“タイプ”なのか?」と毒を吐く。
小野はポカンとした。
「え、タイプ? タイプっておかしくね? カッコいいとは思ったけど」
「……」
あ、やっべ! 聞き方間違えた。
「あはは、だよな。“お前は”ふつうに女が好きだもんな」
「……」
「……」
ん? 今オレ、“お前は”って言わなかったか?
それじゃ、オレはそっちだよって言ってるみたいじゃん?
「……」
「……」
どんどん深みに嵌っていくオレ。
くそぉ、時間を戻したい~!
黙々と着替える小野。頼むから、今オレが言ったことを小野が聞いてませんように~!! 今の記憶を小野から消したい!!
オレは自分の耳を塞いで苦悩した。聴いてませんように~
「なにしてんだお前?」
「……聞いてませんように、聞いてませんように〜!(心の声)」
それから何も言葉を交わすことなく、二人とも着替え終えるとロッカールームを後にしたのだった。
駅に向かう途中立ち寄った駅ナカのコンビニでアイスを買った。
「英理沙、お兄さんと同じのがいいっ!」
レジ袋の口を広げ、さっそく買ってきたアイスをみんなで分けることに。オレがチョコモナカを選ぶと英理沙ちゃんも、同じ物をチョイスした。丁度ベンチが空いていたので、そこでアイスを食べながら電車を待つことにする。
「あたしここっ」
誰かのお尻にアタックされたと思ったら英理沙ちゃんだった。彼女がオレの隣を陣取る。ははは、なんか懐かれてるオレ? まぁ、うれしっちゃあうれしいけど、なんか複雑だった。小四だけど、既におんなだな。ピタッと寄っておしりをくっ付けて来る。勝手にカップリングしてるみたいな形になっていた。
小野はというと
「……」
「……」
兄妹揃ってぶっきらぼうな顔で棒アイスの定番、ゴリゴリくんを食べていた。もっとおいしそうに食べろよ! と言いたい。
「あ」
食べ終わった小野がアイスの棒を見て立ち上がった。
「当たり出たからもらってくる」と言ってそこを後にする。
間もなくするとアイスを片手に小野が戻って来た。
「あげる」
そう言ってなぜかオレにそのアイスを差し出した。
「え、なんで、いいの?」
戸惑いながらオレが受け取ると
「うん」と言って小野は頷き、俯きながらぼそっと言った。
「足攣ったときのお礼」
「え、でも直したの、あのお兄さんだけど……」
無言で視線をオレに流す小野。その目、なんか、え、エロいんだが? とオレはタジタジになる。
「じゃあはんぶんこしよ?」
「はんぶんこ?」
「最初はグー!」
小野が叫ぶ。それに反応して、
「じゃんけんぽん!」
とっさにオレはチョキを出していた。
「ともが勝ったから先に半分食べていいよ」
「?」
“はんぶんこ”ってそういうことか……
「……」
しばし恨めしそうにゴリゴリくんを睨み付けるオレ。ゴリゴリくんに罪はないが、逆がよかった。
小野を尻目にゴリゴリくんを噛るオレは、本当はお前が噛ったあとに食べたかったのに、と密かに残念がるのだった。
なんとか間に合ったぜ。。。