小野の友人から見た小野とその家族。【その1】
――ある日の日常――
「あいのり~、お友達が来たわよ!」
「だあああああーーーー!!」
だだだだだだだだがたんどどどどどどどんっっ!
小野が叫びながら、すごい勢いで階段から落ちてきた。そう、降りてきたではなく、落ちてきた。
「っっこの小説の作者オレを殺す気か? あいつコメディでレギュラーのオレを、登場して早々、たったの数話で葬ろうとしてるな……悪魔め!」
小野が謎の独り言を言っている。
「おい、大丈夫か?」
小野は「ちっ」と誰もいないはずの空間を睨んで、悔しそうに舌打ちした。もしかして頭でも打ったんじゃ? とオレは心配する。
「もう、慌てて降りるからよ~」とのんびりモードで言う小野のかあちゃん。息子が階段から派手に落ちたのに、ある意味すげーメンタルだな小野母っ……
「母さんが名前で呼ぶからだろ」と小野が切れる。
「だってあんたは“あいのり”じゃない?」
「わあああああ~~!!」と小野が母親の声に自分の声を被せてくる。
「友達がいるとこで、その呼び方やめろって言っただろ!」
「じゃあ、“あいあい”でいい?」
「なんでそうなんだよ!?」
「あいのりだから……」
「わあああああ~~!!」
叫ぶ小野。相当その呼び方が嫌らしい。よかったオレ、ふつうの名前で。
「むずかしい子ね。反抗期かしら?」
「ちげーわ!」と悪態を吐く小野。
「もう汚い言葉使って~、おしりにこれ刺すわよ?」と料理中だったのか持っていた木べらを見せる小野母。どうやって……? じゃなくてだめだろそれは!? じゃなくてそこは「おしりぺんぺんするわよ~」とかだろ。この人こわい……
「そんなもの入るかっ!?」と切れる小野。正しい。
すると小野母はしていたエプロンのポケットを探った。
「まちがえた。おしりにこれ刺すわよ」
言って彼女がシャキーン! と取り出したのは
「This is a pen...」
ボールペンだった。ツイスト式の使い捨てじゃないやつ。
小野母は回答したオレに向かって「御名答」と言ってにっこりした。
初めて使ったこの英語。どこで使うんだよと思っていたが……
「おしりにペン“ぶっ刺す”わよ?」と陽気に宣言する小野母。新しい!
「おしりぺんぺんじゃなくて、“おしりにペン”!?」
「そうそう、おもしろくな~い?」
「おもしろいです!」
「お前らバカかっ!?」と小野が切れる。
「あーーっ、また汚い言葉使ったぁ」
「おしりにペンペンしちゃうぞ~」
「なんだよ“ペンペン”て……てか、お前まで言うな!」
「ごめんなちゃ~い」
オレがおどけてチロっと舌を出すと「ちっ!」と小野が舌打ちした。
「ごめんね~、あの子口が悪くて」
「いえいえ」
「ちょっときむずかしいとこあるけど、根はまだ腐ってないと思うから仲良くしてあげてね」
「あはは、はい……」
そこは「根はいい子だから」というべきだろ? と思うがオレは苦笑でスルーした。
「“あいちゃん”もお友達と仲良くするのよ?」
「その呼び方もやめろ!?」と小野が切れる。小野母はオレと顔を見合わせてやれやれというように嘆息すると
「じゃあなんて呼んでほしいか、第三希望まで考えといて」
そう言ってリビングに消えた。
「あんまり気にすんなって、オレはお前の名前そんなに悪いと思ってないぞ」
小野の部屋で二人きりになるとオレはそう慰めた。
「「愛」に「祈り」で「愛祈」って良い名前じゃないか?」
「どこがだよ。くそ恥ずかしいだろ」
「うん、そうだね」
「てめぇ……」と小野が額に青筋を立てる。
「うそうそ、かわいいかわいい」
「……」
小野がぷいっとそっぽを向いた。ん? また顔が赤くなってる。かわいいって言ったから? チョロすぎる小野好きっ!
「小野ってかわいいよな」
「はっ? 何言ってんだよ気持ち悪ぃな!」
「ふふ、すぐ赤くなるし、ふふ」
「お前がかわいいとか変なこと言うからだろ!」
「やっぱ「かわいい」って言ったから照れてたんだ?」
かわいいがすぎるぞ小野~!
オレはその勢いでニヤニヤしながら小野の頭をなでなでした。
「よしよしよし~」
「もう! や、めろ……」
小野が呻くように漏らす。そう言われると余計やりたくなるのが人間の性質というものさ♪
「やめなーい」
オレはネコをかわいがる飼い主のような気分で、小野をかわいがった。
「よしよしよしよし~♪」
「髪ぐちゃぐちゃになんだろ?」と嘆息混じりに言う小野。なんかエロい言葉に聴こえてきた。ああ、このまま
押し倒してぇエエエエエエーーーーーーーーっっ!!
「兄さま!」
とそこへノックの音がするのとほぼ同時にドアが開けられた。
「……」
ベッドの上でじゃれあっているうちに小野を押し倒してしまったオレと小野の妹の目が合う。頼むから返事してからドア開けてよと言いたい。もう遅いが。
「何してるんですか?」
と彼女の目が言っている。イチかバチかオレは賭けにでた。
「“輝葉”ちゃん、こんにちは。今日もかわいいね」と言ってみる。
「……」
輝葉ちゃんこと小野の妹はフリーズした。なぜなら彼女は小野と同じく自分の名前が死ぬほど嫌いなのだから。彼女の思考はこれでそのことに占拠・上書きされたはずだ。アップデート完了なるか?
「?」
あれ、なんか赤くなってないか? どこかで見たような反応……
「~~!」
しばしオレを見詰めると、彼女は走って部屋から出て行ってしまった。どうした、小野の妹っ!?
すぐに戻ってきた彼女は
「これどうぞ」とお皿をテーブルに乗せた。クッキー? 首を伸ばして覗いてみると搾り出しクッキーが皿の上にいっぱい乗っていた。
「ありがとう。これ、輝葉ちゃんが作ったの?」
「はい。マヨンちゃんのレシピ見て作りました」
「すご~い!」
「いえ……」
「輝葉ちゃんてお菓子作るの上手だね? あ、おいしい」
一枚食べてオレが言うと輝葉ちゃん(小野の妹)は、ほっとしたのか
「……よかった」と小さな声で言った。
「小野も食いな」とオレが小野の口に持っていく。それをパクっと食う小野は
「……」
無言。
「なんか言ってやれよ」と苦笑するオレだった。
小野の妹はまた部屋を出ると、今度は別のお菓子を持ってきた。
「これも作ったんでどうぞ」とそれをテーブルに乗せる。こげ茶色のケーキが二枚のココット皿に分けて入っていた。
「フォンダンショコラマフィンです」
「なんかすごい凝ってるね。これもマヨンちゃんのレシピ見て作ったの?」
「はい」と気恥ずかしそうに答える小野の妹。褒めたらエンドレスで出てきそうだな。おいしいからいいけど。
「友さん」
「え?」
そう呼ばれたことがなかったので、オレはちょっとびっくりした。
「はい」とびっくり眼で答える。言っておきながら照れる小野の妹がかわいらしい。小野(兄貴)みたい。彼女は
「友さんはこっち食べてください」と皿の一つをオレのほうに寄せた。
「ありがと」
だがそれは……
「なんか友のほうがでかくないか?」
「え、そう?」
「……」
小野が異議を申し立てるような視線を送ると、小野の妹はとぼけるように目を逸らした。あ、わざとだ! とすぐにオレは悟った。日頃のうっぷんを……とか?
「いっただっきまーす♪」
歌うように言ってオレはそのマフィンをパクっと一口ほおばった。
「うまっ!」と感嘆する。
「めっちゃうまいじゃんこれ!? 輝葉ちゃん天才、パティシエになれば?」
「天才は言いすぎ」と冷めた声で小野が言う。素直じゃないツンキャラな小野好き!
「……」
小野の妹は照れくさいのかもじもじしていた。お前もかわいいかよっ!
オレと小野がすぐにペロリとそれを平らげると、小野の妹がその皿を片付け、オレに向かってこう言った。
「友さんて、“たらし”ですね」
「……」
え、たらし?
たらしなのかオレ???
ただただ困惑するオレだった。
え、おかしな日本語は?
ええっと、まあそのうちに・・・
とりあえずお菓子作るのが上手な妹は出してみましたwwハハハ