小野の友人から見た小野。【その1】
インフルの影響で午前中授業だった。明日以降は様子を見て決めるらしい。部活も休みになったので、小野と一緒に帰ることにした。部活が違うので普段オレは部活仲間と帰っている。なので一緒に帰るのはちょっと久しぶりだった。テスト期間中以来?
日中の空の下を校舎を背に小野と二人、肩を並べて校庭を横断する。ぽかぽか陽気が気持ちいい。オレは天に向かって両手を広げ、大きく伸びをした。
「なあ小野」
小野のほうを向いて尋ねる。そういえば朝なんか様子が変だったなあと、そのことが気になっていた。
「お前、具合悪いの?」
「え?」
心配して顔を覗き込むと、小野はビクッとした。
「別に」とそっぽを向く。
「……」
なんかオレ避けられてる? そっぽを向かれたオレはちょっと傷付いた。気まずいので話題を変える。
「妹今日学校あった?」
「なんで?」
「インフル流行ってるから休校になったのかなって……」
少し沈黙してから小野は言った。
「お前さあ、もしかしてなんだけど」
「なんだよ?」
「やっぱいいわ……」
「言いかけてやめるなよ、気持ちわりぃな」
「忘れて」
「気になるから言え!」とオレは小野の肩を掴んで揺さぶった。
「言え言え」
「やだよ!」
「んっんーー!!」
背後から誰かのでかい咳払いが聴こえて、オレと小野は振り向いた。
「曽我?」
生活指導のいかついおっさん。曽我という教師だった。生徒たちの間では代々「曽我氏」というあだ名で呼ばれている(先輩談)。“曽我氏”が開口した。
「お前らマスクしてないんだからイチャイチャしちゃ駄目だぞ」
よく通るその声がオレたちに向かって飛んでくる。
「マスクしたらイチャイチャしていいんですか?」とオレがふざけると曽我氏は言った。
「もうちょっと我慢しなさい」
「もうちょっとっていつまでですかぁ?」
「インフルエンザの流行が終わるまで」
「え~~!」
「え~~じゃない! 明日からちゃんとマスクしてくるんだぞ?」
「は~い」
なんだこれ。オレは元気よく返事したが、小野はムスーっとしていた。
「ボスッ!」
「いでっ!」
なぜか小野のネコパンチが飛んできて、オレは殴られた腕を押さえた。
「なんで殴んだよ?」とオレは涙ぐむ演技をする。結構重たいパンチだった。狂暴なネコめっ! と軽く睨んでやると、小野にくりっとした大きな目で睨み返された。くっ……か、かわいい! とあっさり敗北するオレ。駄目だ、このかわいさの前にオレは無力だ。かわいいしか感想が出てこない。
「これぐらい運動部で鍛えてるから平気だろ」
悪びれない様子で小野が言った。
「平気じゃねえわ! ふつうに痛いし、それにオレ陸上部なんですけどっ!」
「でもオレよりは鍛えてんだろ」
「そう、だけど……」
小野が腕を触ってきたので、オレはドキドキした。筋肉を確かめるようににぎにぎしてくる。ああ、もう二人きりになりてえ~! ほんとに小野とイチャイチャしたいしたいしたいしたいしたい~~~~! ウオオオオオ、オレの理性よ、持ちこたえてくれエエエエ!!
小野がまた「ボスボス!」小突いてきた。地味に痛い。
「こらこら、オレをサンドバッグにするでない!」
「じゃあもう触んない」
「小~野~!?」
英語の「Oh no!」みたいに言ってオレは小野にしがみついた。冗談かと思ったが、小野はその手を払いのけた。え?
「ベタベタするな。先生の話聞いてたか?」
冷ややかな小野の視線がオレに突き刺さる。語気に鋭さを感じた。なにこの温度差。オレいつもこんな感じじゃん? なんで今日は冗談通じないんだ……
「やっぱ機嫌悪くないか、小野?」
オレなんかしたか? 原因オレ?
「お前なあ……」
小野がオレの顔をチラリと見ると、わなわなしながら溜めて言った。
「そうやって子犬みたいな目ぇするのやめろ」
「子犬?」
オレはチロッと舌を出し、顔の前で両手を丸めて子犬の真似をした。
「子犬みたいってこんな感じ?」とおどけてみる。
「……」
小野は複雑な顔をして視線を逸らす。ぽっと顔が赤くなった。耳まで赤くなっている。
「あれ、もしかして照れてる?」とオレがからかうと
「!」
小野はぷいっとそっぽを向いた。
「どうしたの、なんで赤くなってんの?」とオレが顔を覗き込むと
「……やめろ」と呻くように言って小野は俯いた。
「マジやめて」
その声が震えていたので、オレはからかうのをやめた。
小野?
やっぱ今日の小野はなんか変だ。オレに顔を見られるのをやたらと嫌がる。そこから歩き出し、しばらく無言が続く。駅が近付き、前方から通過して行く電車の音が聴こえてきた。静かになってからオレが切り出す。
「お前、なんかオレに拒絶反応起こしてね?」
小野は顔を上げ、だがオレのほうは向かずに言った。
「アナフィラキシーショックかも」
「そこは否定しろよ!?」
「ごめん、だけど今日はほんと無理」
「どういうこと? なんで今日は無理なの?」
「無理なんだよ、とにかく」
きっぱりと言われ、オレはとりあえず諦めるしかなかった。がすぐにオレは口角を上げた。「じゃあさ」と言って前方に出ると、小野と対面した。
「明日ぜったいマスクしてこいよ」
「?」
満面に笑顔を浮かべるオレを見て、疑問符を浮かべる小野。
はい、わかってな~い。オレはこう続けた。
「イチャイチャしようぜ?」
「ボスッ!」
「いでっ!?」
再び小野のネコパンチが炸裂して、だが今度はそれを掌でガードしたが、地味に痛い。とオレは呻いた。このネコを飼い慣らすのは大変そうだ。