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5.マルシアの後悔

マルシア視点です

 どうして……ねぇ、どうして!



「マリー、お前とは離婚する!」


 お父様―――ダイカン侯爵はお母様にそう告げた。


「フェリアに危害を加えるような女と共に暮らすことなどできん!」


「そ、そうです。わたし、マリー様に何かされてしまうのではないかと不安で……」


 お父様の腕に絡みつく青いドレスの女。お父様の愛妾のフェリアだ。

 お母様がフェリアに危害など加えるはずがない。寧ろ、屋敷の者を使ってわたくしたちに冷遇するように仕向けたのはフェリアなのに。でもわたくしが口を開いたところで状況が悪くなるだけだとわかりきっている。


「旦那様、何か証拠でもあるのですか?」


「証拠など必要ない。貴族としての務めも果たせぬお前の言うことより男児を産んだフェリアの発言のほうが信用に値する」


 貴族の女性の成すべきこと、それは健康な跡継ぎを生むことだ。しかしお母様はわたくしとシエスティーナ、つまり女児を出産して男児を産むことはなかった。だからお父様はお母様のこと、そして跡継ぎになり得ないわたくしたちのことを疎んでいるのだ。貴族にはこのような考えを持つ者も珍しくはない。


「結婚は家と家の結びつき。……それがダイカン侯爵家の決定ですのね?」


「フッ、お前の家など所詮腕っぷしが少しばかり強いばかりの田舎者ではないか。強い男児を産むと思って結婚したのになぁ!」


 ダイカン侯爵はわたくしたちに見せつけるかのようにフェリアを抱き寄せた。


「左様ですか、それではごきげんよう……マルシア、シエスティーナ。行くわよ」


 わたくしたちはお母様に連れられて、ダイカン侯爵家をあとにする。馬車の窓越しに遠ざかるあの家を見ても、少しも悲しい気など起きなかった。あの家に良い思い出なんてなかったから。でも、ほんの少しだけ。ほんの少しだけでもいいから()()()に愛されたかった……。


 わたくしたちはお母様の実家でしばらく暮らすことになった。

 ここではお祖父様やお祖母様がとても歓迎してくれた。だだっ広いだけの領地には何もなかったけれど、とても居心地が良かった。そのせいで、わたくしは少し周りを見る余裕が出てきてしまいました。見ないフリ、気づかないフリをしていたこと。


―――お母様はわたくしよりシエスティーナのことばかり構っている。


 その事実に、気づいてしまった。侯爵家の屋敷での生活で唯一支えにしていたお母様はわたくしよりシエスティーナのほうが大事なのかもしれない。一度考えるとずっと頭から離れない。わたくしを狂わせてしまうにはそれで十分だった。


 シエスティーナが憎い。わたくしを見てくれない人たちが憎い。だからといって、行動を起こしてはいけない。それではあのフェリアと何も変わらない。そう思って、この気持ちを押し殺してきた。


 シエスティーナを針で刺してしまいたい。あの子を殺してしまえばお母様はわたくしを見てくれるかしら。その日もそんなことを考えながら裁縫の練習時間を終えた。そのすぐ後だった。お母様が再婚すると聞いたのは。


 驚かずにはいられなかった。しかも顔合わせは明日だという。


 その晩は、不安で寝付くことが出来なかった。新しい家でわたくしは愛されるの? 新しいお義父様はわたくしを愛してくれるの?

 その時、窓をトントンと叩く音がしたのだ。


 そこには、青いマントを羽織った老婆の姿があった。


「空を……飛んでる」


「ふふふ、アタシは母なる神(ゴッドマザー)。お嬢さんが望むなら、どんな願いだって叶えられるよ」


 どんな願いでも……? そんなうまい話あるはずがない。でも、わたくしはその甘い言葉に逆らえなかった。


「じゃあ―――」


「そうかい。『すべてがアタシの物語。”ビビディ・バビディ・ブ”』!」


 わたくしの体の周りを青い光が覆う。


「ァァァああああ!!」





 目が覚めるともう朝。あの老婆は夢? お母様が、早く支度をなさい、と急かす。こうやって言われたのもいつぶりだっただろうか。なんて清々しい朝だろう。今まで押さえつけてきたものが解放された、そんな気がした。



 新しい家にいる前妻の一人娘。嫌な人だったらどうしましょう。いや、それなら追い出せばいい。わたくしたちがフィリアにされたように……そう思っていた。


「エラと申します。えっと、花が好きです。それと……っ!」


 実際に現れた娘はまだわたくしよりも幼い少女だった。しかも次の瞬間。


「マルシア様にシエスティーナ様、とても可愛らしいですね。マルシア様は赤い薔薇のような華やかさ、シエスティーナ様は凛と佇むスズランのよう……! その輝くような髪はマリー様譲りですね。マリー様はとても気品に溢れていて素敵です。そんな方と家族になれるだなんて光栄です。これからよろしくお願いいたします……!」


 拍子抜けだった。幼くして母を亡くした少女が、新しい母や連れ子を慕う。その姿にわたくしはすっかり毒気を抜かれてしまった。そのせいか、そのとき彼女にどんな話をしたか覚えていない。



 エラはすごく変な子だ。わたくしを見ていつも後ろをついてきてニヤニヤしているのだ。こんな風にされたのは初めてで、照れくさいような、でも嫌ではない。最近ではシエスティーナとも少し話すようになった。お母様はエラと仲良くやっているようで、侯爵家に居たときよりもずっと生き生きしている。エラと出会ってから光が差したみたいにわたくしの世界は明るくなった。このままずっと……


『それでいいのかい? お母様をエラに取られてしまうよ。ほれ、今だって』


 突然誰かの声が聞こえた。声は頭に直接語りかけてくる。

 いいえ、あれはただ話しているだけ。取られる、だなんて……そんな、こ、と


 それからのわたくしは、わたくしでないかのようで。エラに意地悪をして。バケツの水まで……。我に返ったときにはすでにすべて終わっていた。


「お母様、どうしましょう……エラに、エラに酷いことをしてしまいましたわ……!」


「エラに水を浴びせたのはマルシアね」


 黙って頷いた。もうわたくしはお母様から愛されることはない。どんな罵声を浴びせられても仕方がないと覚悟した。だが、帰ってきた答えは正反対だった。


「わたくしが貴女をもっと愛しているときちんと伝えていれば。貴女はなんでもすぐ出来るようになるから、それに甘えて長い間我慢をさせてしまったわ……」


「どう、してそれを」


「廊下中にエラの声が丸聞こえだったわ。エラのことは心配しないでいいわ。使用人にすぐ湯汲みをさせるように言付けているから。エラの湯汲みが済んだら、ちゃんと謝りなさい。」


 つまりずっと聞いていた、ということだ。


「でも、わたくし……」


「エラは母親譲りのお人好しだから、貴女が心を込めて謝ればきっと許してくれるわ。わたくしも昔は……」


―――バンッ!


「失礼します、エラお嬢様が倒れました! しかも、身体が発光していてッ! 今、旦那様がお嬢様の元についておいでです」

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