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3.ある日の貴婦人修行

 一週間ほど前から、一目惚れした推し(おねえ)さまと一緒に暮らすことになりました。


「三人とも、午前中はお裁縫よ」


 お義母様がパンパンと手を叩く。合図を待っていた使用人が、布と裁縫道具を人数分持ってくる。


 おねえさまたちと生活するようになって、私の日常は大きく変わった。まず、お義母様が良き貴婦人となれるよう、手解きをしてくれるようになった。


「エラ、そこの縫い目は目立たないように内側に縫いなさい! やり直しよ」


 こんな感じで毎日お叱りを受けながら。


 この世界の貴族の女の子は、七歳あたりからこうして社交の場でやっていけるよう、裁縫やお作法などを母親に教えてもらうという習わしだそうだ。私はかあさまが早くに亡くなってしまったので、そのような話は聞いたことがなかった。


 また、一階は大人、二階は子供の部屋といったように”子供”と”大人”の住み分けがなされた。お義母様や使用人以外の大人とはここ一週間後会っていない。元々私の身の回りの大人は他にはとうさまくらいしか居ないけれど。


 今作っているのは小物入れだ。どうにもサロンの定番だそうで、基礎中の基礎とのこと。

 並み縫いオンリーでティッシュケースくらいしか作ったことのない私には、まつり縫いやら本返し縫いを用いる(らしい)小物入れは未知の領域。


 幸い、道具の形状は多少違えど、大まかな使い方は同じだったのだけれども、お裁縫は現世では初体験。前世でも高校の家庭科の授業くらいでしかやって来なかった私にはハードルが高すぎる。


 私はちらりと義姉たちの方を見る。

 まだ九歳、十一歳の義姉たちは何も難しいことはないかのように淡々とこなしていた。

 数年続ければ、私もあれくらい上達するのだろうか。そんな未来、見えない。


 あぁ、マルシアおねえさまもシエスティーナおねえさまも手先が器用だなぁ。こんな小さな手で作ってる……なんて可愛らしいの!


「って痛っ!」


「エラ! 貴女はまだ基礎ができていないのだから、よそ見しない!」


 いけない! おねえさまの魅力に気を取られて危うく自分の指を縫い合わせてしまうところだった。


「出来ましたわ、お母様」


 マルシアおねえさま、私がお義母様に怒られている間にもう作り終えたの!?

 私が驚いていると、もう一人声をあげる。


「わたくしもです、お母様」


 シエスティーナおねえさままで!? マルシアおねえさまの作品も綺麗だったけれど、シエスティーナおねえさまのものは売り物レベル。次元が違う。


「お義母様、出来ました!」


 ようやく私も完成し、お義母様に見せる。

 覚えたてのまつり縫いで縫い目が目立たないようにしてみました! おねえさまたちには及ばないけれど、これでどうだ!


「最後のところ返し縫いがされていない! これではすぐ解れてしまう、やり直し!」


 結局、この後も五・六回ほどやり直しを食らった。


 今日の午後はお庭でお茶会、とは言っても練習のようなものだ。一ヶ月後には親交のある貴族の令嬢主催の小規模のお茶会があるそうで、それに向けて作法を教わっている。


「エラ、ティーフーズはサンドイッチ、スコーン、ケーキの順で戴くのよ。紅茶を戴くときはカップのみを持ち上げて───」


 お義母様が説明する。スプーンの位置なんかにもマナーがあって正直面倒だ。好きなときに好きな物を食べさせろよ、と思いつつも仕方ないと割り切る。


「エラ様はどのようなお花がお好きですの? 興味がありますわ」


 マルシアおねえさま、いやマルシア様だ。一ヶ月後は初対面の令嬢とのお茶会になるので、この練習では”様”付けで呼ぶことになっている。


 花や薬草に関することはお茶会ではよく話題になるらしい。前世で例えるなら『犬派? 猫派?』だとか『たけのこ派? きのこ派?』レベルで定番だ。


「私はタンポポが好きですわ」


 私の一言に、お義母様、いや今は主催者マリー様はその話題に食いついた。


「まぁ、野に咲く健気な花、お似合いですわぁ……」


 マリー様の発言の直後、しんと静まり返る。


 前までの私なら言葉のまま受け取っていた。だがこれは違う。三日ほど前に少し教えてもらった、裏の意味、というやつだ。

 ここでは恐らく『貴女は地味で飾り気ない、野蛮な花がお似合いね』といった意味だろう。

 それにおねえさまたちも気づいたからこのような空気になっているのだろう。


 きらびやかな貴族のご令嬢方が、おぞましい心理戦が繰り広げているなんて信じがたいが、お義母様曰く『この程度の駆け引きなど日常茶飯事』だそう。貴族怖すぎでしょ!


 いや待て、考えてみればリア充女がSNSでマウント取り合うみたいなものだ。ならば……!


「誉め言葉として受け取っておきますわ。一つ。マリー様は健気、とおっしゃいましたけれど、タンポポはどんな道にでも咲く、とてもたくましい花なのですわよ?」


 私は負けませんから、といったような意味で返したつもりだ。上手く出来たかわからないけれど。


「お茶会はこれにてお開きと致しましょう……」


 お義母様が練習の終わりを告げた。


 子供部屋に戻ったあと、シエスティーナおねえさまがふわりと笑みを浮かべた。


「わたくし、お母様の威圧感に負けて何もお話出来ませんでしたのに、エラはすごいですね。笑みすら浮かべて……」


 おぉ、シエスティーナおねえさまに誉められた!


「ありがとうございます!」


 タンポポが好きだと話をしましたけれど、決して、決して! 小さな女の子が「お姉ちゃん見て見てっ!」って言いながら綿毛も吹き飛ばすのってタンポポの可愛さ×幼女の可愛さの相乗効果で映えるじゃない? なんて下心はありませんよ。



 あたらしいかぞくができたつぎの日から、エラのせいかつは大きくかわりました。きふじんになるためのきびしいしれんのひび。エラはひっしにまなびました。……。


            つづく

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