2.はじまり
白い天蓋の掛かったベッドの上で目が覚める。私は誰なんだろう? 確か、死んだはず。
私が思考を巡らせていると、見知らぬ男の口からその答えは出た。
「エラ、エラ……! 目覚めたのか。ラフィだけでなく君まで失ってしまうかと思ったら私は……」
エラ、その名前を聞いて懐かしいような気持ちになる。その瞬間、すべてを理解した。
私は『エラ』という少女に転生したのだということを。
私は『エラ』として生きた約七年間の記憶と、前世で『日本の女子大生』だった記憶を持ち合わせていた。私が倒れたあのとき、前世の記憶が蘇ったのだ。
「エラ、まだ今日はゆっくり休んでくれ。明日、紹介したい人がいるんだ」
男───とうさまは、私の頭を優しくなでてから、部屋を出た。
一人になったところで改めて前世の自分について整理する。
前世の私は、園芸サークルに所属する大学生。料理や掃除、なんでもあれ! お裁縫も得意で家庭的な、理想の女性。いつか素敵な王子様が私に迎えに来てくれると夢見る……。
───やめだ、やめ。前世の私は、所謂ヲタクだった。掃除なんて大嫌い。進学と同時に始めた一人暮らし。住み始めたワンルームはたった1ヶ月でゴミ屋敷と化した。床にはヲタグッズが散乱し、飲みかけのペットボトルが投げ捨てられているのはデフォルト。お裁縫でもしようかと思っていた頃もあったけれど、道具だけ揃えて一度も使うことなく収納の奥深くに封印。
素敵な王子様? 一度会ったくらいでやれ”運命”だ、”奇跡”だと抜かすような男は詐欺師かクズ男くらいだ。素敵な王子様なんて所詮、現実を見られない女の哀れな妄想に過ぎない。それに本当に素敵な王子様がいたとしても、私に振り向くはずがないのだから……。
そんな残念な私は今、男爵家の一人娘エラ・ダグラスとして新しく生を受けたのだ。前世の私が何故死んだのかは覚えていない。まぁ、そんなどうでもいいことより今のことよ。
まずは……寝ようか。
私は睡魔に襲われ、思考を停止した。
私が再び目を覚ましたのは、昼過ぎだった。
そして、かあさまを失ってから続いていた心の曇りが、すっと消えていた。勿論、今でも悲しいのだが、仕方ないこととして割り切れたのだ。
かあさまの墓の前で決意したからなのか、はたまた前世の記憶が蘇り、精神年齢が一気に約二十年分ほど老けたからなのか(恐らく後者の方が大きい)久々にすっきりと目覚めることが出来た。
廊下を歩く音がして、私の部屋の前でその音は止む。ドアを開けたのは、とうさまだった。私が起きていることに気づくと、おはよう、と柔らかく微笑んだ。
「目が覚めてすぐで悪いが、今日はエラに会わせたい人がいるんだ。すぐに着替えて下に降りてきなさい」
私はすぐに外出用のドレスに着替えると、階段を降りた。来客用の部屋の前で足を止めると何気なく、失礼します、と発しドアノブに手を掛ける。
つい、前世の癖で言ってしまったけれど、こっちでもそういった習慣はあるのだろうか。過去の私を思い返してもそんな記憶はなかった。
扉の向こうでは、とうさまと知らない人たち───かあさまと同じくらいの年の女性と、私より年上に見える二人の少女───が腰かけていた。
とうさまが、ここに座って、と隣の椅子をトントンとする。私は浅めにお辞儀をしてそこに腰かけた。
「あら、礼儀正しい子ね」
女性が口元を扇で隠し、うふふと笑う。彼女の佇まいには気品があり、扇を動かす仕草にさえ計算されたような美しさを感じた。
彼女の隣にいる二人の少女に目を移す。恐らく彼女の連れだ。
一人は二つ結びの金髪に赤いリボンを付け、リボンと同じ色のドレスを身に纏い、もう一人は金髪を縦ロールにして、紫色のドレスを着ている。
胸がドクドクと激しく鼓動するのが分かる。
───あぁ、推し。
そして私は思い出した。前世の私がロリコンであったということを。
金髪幼女とか私得ですか! 可愛すぎるでしょ。今すぐにでも頬擦りしたい。
こんな尊い幼女様にお目にかかることが出来るなんて、とうさま並びに幼女様をお連れになった目の前の女性に……。
「ありがとうございます……!」
今にもニヤけそうになるのを必死に押さえこむ。他の人から見ると、きっと今の私はそうとうぎこちない顔になっているのではないだろうか。
「彼女はマリー。新しくエラのおかあさんになる人だ」
とうさまが私に告げる。後から知ったことだが、とうさまは私がかあさまを亡くして悲しむ姿を見て、早く再婚しようとしたのだとか。
マリーさんは、小さく礼をした。
マリーさんが義母、ならば隣の幼女様方は……!
「こちらがマリーの連れ子のマルシアとシエスティーナ、エラのお姉さんだよ」
よっしゃあ! 来ましたよ来ました、私の新しい人生。幼女様と姉妹になって、一つ屋根の下。お風呂で洗いっこしたり、おままごとでもして遊んだり。私が妹なんだから、お姉さま、なんて呼ぶのもアリだ。嗚呼。なんてことなの! オーマイガー!
心の中で限界ヲタク化している私に幼女様もとい未来の姉たちは軽く自己紹介をする。
「マルシアですわ。よろしくお願いするわ」
赤いリボンの幼女様はマルシアというらしい。私のロリコンセンサーが、言葉の発し方からワガママお嬢様属性を察知し、今すぐ歓喜の叫びをあげたくなるのをぐっと堪える。
次は縦ロールの幼女様。
「ごきげんよう、シエスティーナです」
シエスティーナ様からは清楚さの中に冷徹さと腹黒属性を孕んでいる、と例のセンサーがビンビン反応している。
そして、二人ともお嬢様口調。これは完全にドストライク。マルシア様のワガママに振り回され、シエスティーナ様からはゴミ虫でも見るような目線を向けられる……そんなシチュエーションもアリだと、興奮のあまり体がゾクゾクする。一生推します、貢ぎます……!
「エラ、自己紹介しなさい」
とうさまの声で妄想の世界から引き戻される。今のは我ながら気持ち悪かったと思う。出来れば自重したいところ。出来れば。
そうだ、私も推しに自分を知ってもらわなくては!
「エラと申します。えっと、花が好きです。それと……っ!」
私はテーブルをバンッとして立ち上がる。
「マルシア様にシエスティーナ様、とても可愛らしいですね。マルシア様は赤い薔薇のような華やかさ、シエスティーナ様は凛と佇むスズランのよう……! その輝くような髪はマリー様譲りですね。マリー様はとても気品に溢れていて素敵です。そんな方と家族になれるだなんて光栄です。これからよろしくお願いいたします……!」
自分を伝えようとしていたはずなのに、気がついたら推し語りしてた……。さっき自重するだなんだ思いながら早速これか。私の悪い癖だ。初対面の人間がこんなこと言うなんて絶対、気持ち悪いって思われた。推しに構ってもらえるならゴミ扱いでも良いけれど、出来れば仲良くなりたい。だがもう手遅れだ。穴があったら入りたい、とはこのような気持ちのことを言うのだろうか。
「初対面でわたくしへの好意をここまでストレートに伝えて下さる人は殿方を含めても初めて……。妹になるのに相応しいわ。マルシア様だなんて堅くなくていい、お姉さまでいいわ。シエスティーナも良いわよね?」
赤いリボンが揺れて笑う。引かれたと思っていたのに、マルシア様が私を認めて下さった。シエスティーナ様とマリーさんも微笑む。
喜びが目から滲み、溢れ出てくるのを感じた。私は一度息を吸って。
「これからよろしくお願いいたします!」
ははをなくしたかわいそうなエラ。ある日をさかいにエラは、まるで人がかわったかのようにれいぎ正しく、しかしげひんなほどにおしゃべりになりました。エラはすてきなままははとぎりのあねができたとなみだをながしてよろこびましたとさ。
つづく。