ミリータ「不満そうな顔を見せた時は命の危険すら感じましたわ」
採用通知を受けた後のフワはそれはもういまにも踊り出しそうなほどに舞い上がっておった。
たった2ヶ月の勉強と半月の金策だけではあるが、妾はその過程を見ておったのでな。その喜びに水を差すようなことはせずに頷きながら見ておった。
そして、採用通知が来てから数日後、フワはそれまで寝泊まりしておった宿を引き払い学園の職員寮に引っ越すことになった。
と言っても、フワはこの世界にきて間もない。荷物と言えるようなものを持つような余裕なんてものはなかった故、持っておるのは1つの手提げ鞄くらいのものだった。
入っておるのは大体衣類だ。
妾が目覚めたときにきておった服は特別性故、汚れなどはつかんと言ったのだが、フワは気分的に嫌だったみたいだ。
それに、オシャレを楽しむとか言っておったから妾は服を買って金を無駄にするフワを見ても何も言わんかった。そもそも、あれはこやつが稼いだ金だからの。
「明日は待ちに待ったはじめてのお仕事!!」
『して、何をするのわかっておるのだろうな?』
「具体的な職務の説明が明日にあるんだから知ってるわけないでしょ!」
いつものように無計画を指摘してみたら、もっともな答えが返ってきた。
妾としてはこやつのもらっておった書類には大した興味はなかったので読んでおらんかったが、日程的には明日、具体的にどのように働けば良いとかの説明があるのだ。
フワは軽い荷物を持ったまま職員用の寮についた。
入り口では使用人の服をきた女が出迎えてくれた。
「サイカ フワ様ですね。報せは届いておりますので、こちらにお越しください」
まるで貴族の家の人間になったかのように錯覚させるくらいには使用人の態度が丁寧なものであった。
気の小さいフワのことだ。きっとこれでも慌てふためくであろう。妾はそう予想しておったのだが
「はい、よろしくお願いします」
これには大した反応を見せなかった。思えば、こやつが大衆食堂や酒場で日銭を稼いでおったときの仕草と似通う部分があるの。
だからこれが普通だと思っておるのだろうな。
だがフワよ。普通ならこのような使用人を雇うことすら難しいことを覚えておくと良いぞ。
特に、この使用人はそれなりに教育が行き届いておるみたいだしの。
フワを案内しておる使用人は、その立ち振る舞いから気品を感じられる。
フワはぼけ〜っと廊下の装飾を見ながらついていくだけであった。
妾の体だというのに、ここまで気品を感じさせんのもこやつの持つ稀有な才能の1つよの。
「ここが、フワ様のお部屋になります。職員である限りはこの部屋を自由に使って良いと学園長が仰せです。では、お荷物はどこにおきましょうか?」
使用人は入り口で流れるように受け取ったフワの荷物を持ったまま開かれた扉の横に立ち待機した。
フワが荷物をどうするかと聞かれたので、そこらへんにおいておいてと言うと部屋の隅に設置して退出していった。
そしてフワは1人になる。
「すっごい豪華だね。寮というよりホテルだよこれ」
『400人の屍の上にお主は立っておるのだ。その報酬だとでも思えばよかろう?』
「それもそうだね。あ、部屋にお風呂がある!!」
フワは風呂好きだ。宿の選定基準も基本そこであった。
明日が初出勤ということを意識しておるのか、フワは今日は早めにベッドに入った。
まぁ、ベッドに入ったとて眠れたわけではなさそうであるがな。
お主は遠征が楽しみで眠れない新人冒険者かと心の中だけで突っ込んでおいた。
そして、朝起きたフワは寝ぼけ眼をこすりながらも指定された時間にきっちりと集合することができた。
場所は幾多もある講義室の1つだ。
ここには、フワと同じように集められた者が後2人いた。
1人は獣人、もう1人は人間であった。妾にとってはどちらも取るに足らない存在でしかない。
フワたちが集合して少しすると面接官をやっておったハイエルフの女が部屋に入ってきた。
何故かは知らぬが顔がこわばっておる。ま、おおよそ仕事に追われて疲れておるのだろうな。
そうでなければ魔力が見える目を持っておって妾の体が化け物に見えておるかどっちかだな。
まぁ、そんな特異な目を持った人間、もといエルフなど指で数えるほどしか存在せん。そもそもあれは王族にのみ受け継がれる者だったはずだから、その可能性はないに等しいがな。
はっはっは
そのハイエルフは入ってきてフワたちを見渡すと一度ため息をついてから言葉を発した。
「面接の時に一度会っているけど一応自己紹介をしておくわ。知っていると思うけど私はこの学園の学園長をしているミリータ・F・L・ララントスよ。まずは祝辞ね。あなたたちは数多の志願者の中で最も優れていた3人よ。そのことを誇りに思いながら、落ちていった人たちに胸を張れるような働きぶりを期待しているわ」
ハイエルフ改めミリータは簡潔にそう伝えると何もないところから書類の束を取り出した。
あれは俗に言う空間術式であるな。魔法では絶対に到達できない空間への干渉をする術式だ。よく物入れとか倉庫とか呼ばれる便利術式の1つだ。
「い、今のは……」
「あれが空間属性……」
術式が使えるものの中では利便性が高くそれゆえ人気もある術式故に魔力運用に対する理解が深まってきたなら誰もが一度は試すから驚くべき所のない術式だ。
その証拠に、フワもなんでもないような目で見ておる。
今気づいたが、こやつは人間の常識を測るのに便利よの。こやつが驚けばそれは常識外、そうでなければ常識の範囲内、今はまだ別の世界の常識が収まっておるから当てにはならんが、この世界に馴染めばそう言うを測る装置として使えそうだ。
取り出される書類をポケ〜っと見ておるフワをミリータは渋い顔で見ておった。
なんだ? こんなアホヅラをする奴を採用したことを今更になって後悔したとかかの?
もう遅いから諦めよ。
「それじゃあ、説明するわね。ラグズさんにはこれで、えっとベルナータさんにはこっち、それで………フワさんにはこれね」
妾たちは別々の書類を渡された。
「それにはあなたたちにやってもらう仕事内容が事細かに書いてるわ。少し時間をあげるから確認してください」
そう言われてフワは自分の書類に目を通す。
十数枚に渡る書類であったが、枚数に対して内容はさほど多くなかった。
ざっくり言えば、フワには魔法理論と魔法実習、そして算術の講義を担当してほしいと書いてあった。
ちらっと隣を確認したら、ラグズは剣術実習や野営演習、ベルナータは保険医らしく医務室でやることがまとめてあった。
フワはこれからやるべきことを具体的に見せられていつものように興奮するーーーーーようなことはなく、何故か逆に気落ちしておった。
ふむ、何故だろうか?フワだったら何も思わないか喜ぶと思っておったのだが?
フワの落胆具合に気づいたのかミリータが慌てたように声をかける。
「あ、あのフワさん? 何かご不満でもございましたでしょうか?」
学園長、つまりこの空間では一番偉いはずのミリータはやけに腰が低い。
面接の時には気づかんかったが、そういう性格なのであろうな。
「い、いえ不満なんてとんでもない。私、ちゃんと頑張りますよ!」
「そそそ、そうですか? でもこちらとしても不満を持ったまま仕事を続けられるとどこで悪影響が出るかわかりませんからね。言えることなら言ってもらったほうがいいのですよ……」
「そ、それなら……えっと、この学園にはクラスというのはないのですか?」
「クラス……?あぁ!クラスですね。はい、ありますけれどもそれがどうかしましたか!?」
「いえ、気になっただけです。お気になさらないで……」
「まぁまぁ、そう言わずにどうか言ってみてください」
どちらも腰が低い。なんというか、どちらが下手に出れるかの勝負のようになっておった。
どちらも譲らない醜い争い、妾もみているのに飽きたので少しフワに声をかけてみることにした。
『お主、向こうが良いと言っておるのだから望みを言ってみただろうだ? お主も妥協した夢で満足はできんだろう?』
「うん、それもそうだね」
「何か仰いましたか?」
「いいえ、ところでなんですけど、クラスを受け持つにはどうしたらいいんでしょうか?」
「えっ!?」
「あ、あぁ、今すぐどこかの担任をやりたいとか図々しいことを言うつもりはなくてですね、ただほら、将来的にやってみたいと思っただけでして」
「わかりました。やりたいのでしたら1つ、あなたに割り当てますわ。それで満足していただけるのでしょうか?」
「えっ!!? いいんですか!!?」
先程まで、どこか不貞腐れた様子のフワであったがクラスを持たせてくれると言われるといつもの調子に戻りおった。
それにしてもこのミリータとか言う女、必死すぎるな。毎年採用試験を執り行っておると聞いたし、もしかしてこの学園は人材不足、いや、教員の出が激しいということはよほど過酷な仕事をさせられるのではなかろうな?
妾は別にどうでもいいのだが、もしそうだった場合フワはどう思うのだろうな?
こうしてフワはクラスを1つ手に入れた。実質、配下を手に入れた野と同じだな。
妾にはよくわからんが、担任というのはクラスをまとめる教師………つまりクラスという国を治める王になるということだろう?
要約するとフワは自分の好きにできるおもちゃを手に入れたというわけだな。
『そういうことであるな! 妾にもわかったぞ!』
「なんのこと?」
とぼけられたが、妾にはわかっておるので無駄であった。
それから、ラグズとベルナータの2人とは別れ、新人の中でフワだけクラス担任になるということで居残って説明をもらっておった。
そしてその日は一度解散、解散後は自分の講義に使うものを申請したりとそれなりに忙しく働いておった。
また、昨日はほとんど寝ておらんかったからの。
フワは帰ってからは風呂に入ってすぐに眠ってしまった。
そしてそれから準備を続けて半月後、ついに今年の新入生の入学式が執り行われ、それに伴いフワの教師生活がスタートしたのであった。
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