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教師になるために


妾はてっきりまた何も考えずに行動しておったフワが失敗を起こして妾に助けを求めてくるものかと予想しておった。

しかし、妾の期待は見事に裏切られた。


なんと、なんと、あの、妾の体に転生してきてから一度も1人での成功を収めてこなかったフワが始めて1人で金を手に入れたのだ。

なるほどの。親という生き物は子供が始めて立った時などは感動で涙を流すと聞いたことがあるが、これはそのような気持ちなのだな。


妾はフワの成功を見てどこか誇らしい気持ちになりつつ、この感情の正体を推測しておった。

ちなみに、フワがどうやって金を手に入れたのかというところに関しては特段変わったことはなかった。

単純に大衆食堂で給仕として雇ってもらっただけである。しかし、今まで1人では何もできんかったこやつが1人で物事を成し遂げただけで大きな進歩であろう。

まだ先は長そうだが、ひとまずは喜ぶべきなのではないだろうか?


『それにしてもお主、給仕の才能があったのだな。ここ3日でえらく人気が出てきておるではないか』

「こちとら現代日本人だからね。おもてなしの心を忘れていない私に死角はないのよ」

『ふむ、おもてなしの心とやらはよく分からんが、よくやっておるとは思っておるぞ』


フワが大衆食堂で働くようになってから早3日が経過していた。

始めは慣れない仕事内容に戸惑っておったフワであったが、一度コツを掴み余裕を持つと意外にも細部に気を配る気遣いを見せおった。

妾としては食器を運ぶだけで同じだけの金が手に入るのだから、そこまでやる必要はないと思ったが、フワが勝手にやっておることなので口を出さずにいた。


そして、それが客には割と好評であったらしい。

フワは早くもこの食堂の看板娘の座に手が届くところまで来ておった。

まぁ、そもそもこの店には女性定員は1人しかおらず、それも中年を超えたおばさんだったからその座はすぐにでも手に入っただろうがの。



それからフワは一心不乱に働き続けた。

給仕の矜持というやつなのかの? あやつは仕事中は常に笑顔を絶やさなかった。

やはり、暗い顔をしておる娘よりは明るい顔をしておる娘の方が見ていて気持ちいいものだからの。

フワの評判はみるみるうちに上がっていった。


そうして半月ほどが経過した頃だった。


給仕業も板について、フワ目当てでくる客も増えてきたところで、フワはこの仕事を辞める事を店主に話した。


「えっ、フワちゃん、何か待遇に不満でもあったのかい?」


店主は頭を丸めたおっさんであった。普段はそのいかつい見た目で客を威圧する、怖いとされるキャラで通っておったのだが、フワが辞めるといった途端みっともなくうろたえてこれだ。

これは笑えてくるの。


「いいえ、そういうわけではありません」

「じゃあ、別の店にスカウトされたとか……」

「そういうわけでもありません」

「じゃあなんで…」

「彼女にも事情があるんだろうさ。聞かないでやりなよ」

「でもよぉ」


ほう、この店主、嫁の尻に敷かれておるのだろうな。みっともなくフワにすがりついてくる店主に対してさぱっと送り出そうとしておる女将、女の方が男らしいのは見ていて少し滑稽に思えた。


「別に事情があるとかじゃなくって、そもそもここには夢を追いかけるために少しお金が必要になったから立ち寄っただけなんです。期待してくれている友達のためにも、私は早く先に進まなければいけないんです」


辛気臭い顔をしておる店主に向かってフワはまっすぐな目でそう言い放った。

それにしても、フワに友達なんておったのか。妾はずっとこやつの中で見守っておったが、全く気づかんかったぞ。


「そうかい。今日まで稼がせてくれてありがとね。あんたならきっとできるから、胸張って行きなよ!」

女将はフワの小さな背中を強めに叩く。人間に叩かれたとて、大して衝撃は来ないのだが、フワはそれによって少し前に押し出された。

フワはそれに逆らう事なく前に向かって歩き始めた。


「ちょっと、今日の分忘れてるよ!!」

そこで女将が後ろから硬貨の入った袋を投げてよこした。

フワは慌てて振り返ってそれを両手でキャッチすると、これまでここで働かせてくれた店主と女将にお辞儀をしてから出ていった。


最後に

「フワちゃん、路頭に迷ったらいつでも戻ってきていいんだからね」

という店主の声が聞こえて、妾はどこまでも女々しいやつだなと呆れた。





こうして金を稼いだフワは次なる地へと旅立つ。

その必要があるのかと?

実はこの街、教育機関が存在せんかったのだ。そこらへんの情報はフワが接客中に客から聞き出しておった。

そこら辺も考えられておったのは素直に感心したぞ。どうして常にそのように知恵を回さぬのかとも思ったがな。


フワが仕入れた情報によると、学校とやらが今から向かう街にあるらしい。そこで試験を受けて採用されれば、晴れて教師となることができるのだそうだ。

しかし、その試験を受けるのにも金がいる。ということで稼いでおったわけだな。


そもそも、生存という観点から見たら妾の体に金を稼がねばならん理由はなかったのだ。妾の体、食事は必要とせぬゆえな。にもかかわらずフワは毎日3回食事をするから試験代を捻出するのに半月もかかっておった。

それに、その食ったものは排泄できんから全て自分で分解せねばならんというのをフワのやつは理解できておらなんだ。


だから仕方なく妾が分解しておったのだがな……


ともあれ、これでようやく夢の第一歩をつかんだわけだな。


「そういえば、あの街にいた時にたまに私を変な人を見る目で見てた人がいたけど、あれはなんだったんだろう?」

『妾の声はお主にしか届いておらんからな。側からみたらお主は1人で会話をするヤバいやつだっただろうな』

「えっ!? そういうことはもっと早く教えてくれないかな!?」


すまん、知っておったと思ってた。


ちなみに、次の街までの移動手段だが馬車である。

妾は走って行けば良いのではないかと助言したのだが、フワが走りたくないと言ったからだ。妾の場合走った方が速いし金もかからんのに意味がわからん。


馬車で揺られること数日、フワはやっとこさ目的の街ーーー学術都市ヒュグロと呼ばれる街に到着した。


そこからのことは特に語ることはなかろう?

フワが学校に向かい、書類をもらい、それに必要事項を記入して金と一緒に提出しただけだ。

季節がちょうどよく、あと2月ほどで教員採用試験が始まるとのことだ。

この学校は完全に実力主義らしく、フワのような身元がはっきりせんものでも試験結果さえ良ければ採用してもらえるらしい。

聞くに、他のところは違うのだそうだ。ここら辺もフワはちゃんと調べてここにきておった。


『して、問題の採用試験だが、お主、受かる自信はあるのか?』

「それが……あんまりなくって、よくよく考えたら私ってほら、世間知らずなところがあるし……」


フワは書類を提出するところまでは完璧だったのだが、そこから先のことは全く考えておらんかった。


そして



「アイディ、どうしよう助けて……」

半月ぶりに妾に助けを請うた


『仕方ないの。妾がお主の勉強を見てやろうではないか。何か教えて欲しいことがあったら気軽に聞くが良い。分かる範囲で教えてやろう』


それから毎日フワは必死に勉強した。教師になりたいという夢は本物なのだろう。

毎日朝から夕方まで勉強し、夕方になったらまた前の街と同じように、今度は酒場で働き金を稼いぎ、帰ってきたら4時間だけ眠るという生活を試験までの2ヶ月間繰り返した。


こうして勉強を見てやって気づいたことがあるのだが、フワはとても理解が早い人間であった。

異世界のーーーというよりはこやつの元々持っておる特性みたいなものだろう。

一度教えたことは二度教えんでよかった。


妾としては楽であったな。

フワはまず己が頭で考え、それでわからんことだけを妾に聞いてくるというスタンスを取っていた故な。

ちなみに、毛嫌いしておった智恵の魔本も勉強の役に立てておった。


あやつはふざけておるが魔法に関する知識だけは妾より上だからな。存分に活用しておったぞ。

最後にはどこか打ち解けておったしな。

それと、魔本をはじめとする我が配下は妾の中身が別物になっておることは当然のごとく気づいておった。

ま、あれだけ態度が違うからわからぬ方がおかしいが……もしわからぬというものがおったら妾の手でへし折ってやるところだ。


そんなこんなでフワの勉強は進み、気づけば2ヶ月が経っておった。

永き時を生きる妾に取っては2ヶ月などは一瞬だが、まだ人間の時の感覚が抜けきっていないフワにとってはそれなりの時間だったそうだ。


試験前日、こやつは今日までやりきった感を出しておった。


『これ、まだ終わっておらぬ。寧ろここからが本番であろう』


だから妾はそう叱責しておいた。

それを聞いたフワは少しだけバツの悪そうな顔をすると、すぐに両頬を手で叩いて気合いを入れ直しておった。

うむ、それでよいぞ。



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