世話の焼けるやつよの
亀のような歩みながらも森から脱する事に成功したフワは木に遮られる事がなくなった空を見上げながら大きく深呼吸をしていた。
見た感じ、達成感でも感じておるのだろうな。
だが、
『お主、森を出たからには先延ばしにしておいた問題に直面せねばならぬぞ?』
「う゛……だよねぇ。どっちに向かおうか…できればもう怖い生き物がいるところは勘弁」
『魔物はどこにでもおるから諦めい。それで、何か案はあるのか? ないなら妾が手を差し伸べてやらんでもないぞ? だが、その時には頭を下げて助けを請うてもらうがの』
「お願いします助けてください!!」
『……お主、プライドというものがないのか? 妾の体でそう易々と頭を下げられるとこう、くるものがあるのだが……』
というか、こやつに頭を下げさせると必然的に妾も頭を下げる事になるのだよな。
これからは別の方法で請わせたほうがよさそうかの。
妾はそちらの問題は後回しにして、助けを請われたから仕方なく、そう仕方なく手を貸してやる事にする。
こういうのは苦手だが、まぁ、妾は最強だ。不可能なことなどないだろう。
『わかった。少し待っておれ』
「? わかった。その間私は何をしていれば?」
『何もせんで良い。歌でも歌っておれ』
「うん。わかった。き〜み〜が〜あぁ〜よぉ〜おぉ〜はぁ〜」
妾が冗談で歌っておれと言うたらこやつ、何のためらいもなく歌いはじめおった。
しかし、妾が言い出したことだし止めることはできん。楽しそうなところに水を差すのもな。
妾は魂だけの状態で新たな術式を作り出そうと試行錯誤する。
本来なら叛逆術式があれば他のものなぞ要らんのだが、あれは我が身に傷がついておることが前提故な。
こういう時には使えんのだよ。
して、叛逆術式は妾の特性のようなもので生まれなが使えたから何気に術式を自作するのはこれがはじめてだ。
それ故、妾は思うたより苦戦しておった。本来こういう仕事は智恵の魔本の領分だ。
しかしそれは今指輪の中だ。フワのやつに本は手に持って歩けと言うたら拒否されて収納されてしもうたのでな。
リボルバー30で出てくるのはランダムで、それに一度使うと1分は使えぬから今はやつはあてにできん。
仕方なしに、妾の力だけでフワを助けてやるしかないのだ。
間抜けな歌声を聴きながらだと少し気が散るが、それでもなんとか形にはなった。
『うむ、出来たぞ』
「こぉ〜けぇ〜のぉ? えっと、何が出来たの?」
『周りの生き物を見つける術式だな。せっかくだ。お主がつこうてみよ』
「わかった、んだけど、どうやって使うの?」
『制御は妾がやってやるから適当に魔力を放出せよ』
「おぉ〜、と言うことは私は今から魔法を使うのね!?」
『魔法なぞという曖昧なものではなく術式だ。教師になるならその違いも覚えたほうが良いぞ』
「ところで魔力ってどうやって使うの?」
………フワのその質問に妾は呆れ果てて物も言えんくなったが、考えてみればこやつ、魔力のない世界から来たんだったな。
ここで厳しくいうのは酷というやつだろう。仕方ない、妾が直々に手ほどきしてやろうではないか。
妾はそれから魔力とは、魔法とは、そして術式とは何かというのを1時間ほどかけてレクチャーしてやった。
フワ……というか妾は魔力との親和性が振り切れておるので、大体のことはなんとなくでできるようであった。
フワははじめて魔法という彼奴にとっての超常の力を使えたからだろう。えらく喜んでおった。それをみればこちらも教えがいがあったというものよ。
ふむ、よく理解した。
こやつはこの満足感を得たいがために教職につこうとしておるのだな?
妾も今日ここで教えることの楽しさを少しだけ理解したから、その気持ちはわからんではないぞ。それこそ、見ているだけではなく協力してやっても良い。
「じゃあアイディ、やってみるよ」
『うむ、と言っても制御は妾がやるからお主は魔力を放出するだけだ』
「わかってるって。あ〜子供の頃夢にまで見た魔法少女に自分がなれる日が来るなんて……」
『一応言っておくが今から使うのは魔法ではなく』
「術式、だよね。ちゃんとわかってるって」
妾とフワも結構打ち解けてきたな。本当はもっと敬われるべき存在である妾ではあるが、そればかりを意識して怯えられるよりはよっぽど良いと感じた。
直後、フワが魔力を周囲に向けて放出する。
それに妾が用意した術式で意味づけをするというわけだ。
それで、この術式を作っていて気づいたのだが、妾がこの状態では魔力は使えんらしい。
全く、というわけではないが体という魔力の器自体をフワの魂に抑えられておるため、妾が使える魔力はあまりないのだ。
叛逆術式は傷を代償に使うため魔力を使えない状態の妾でも問題なく発動できるのだが、今回みたいな魔力を介して使う技は使えぬと知った。
使おうと思ったら一度体の主導権を奪う必要があるだろう。
妾たちの術式によって周りの生物の情報が入ってくる。
フワの方にも同じものが届いておるだろう。
その証拠に
「あ、あっちの方に人がいっぱいいるみたい! きっと街があるんだわ!行こうよ」
『うむ、好きにすると良い』
フワが何も見えぬ方向を指差してそう言うたのだ。
妾としてはフワの邪魔をするつもりはないのでな。行こうと言われれば一緒に行くしかない。
フワは妾の了承を得たと思いその方向へ進み始めた。
「アイディ、森の中でもだけど助けてくれてありがとね」
『妾に礼などいらん。だが、どうしてもと言うのなら受け取っておこう』
「最初はちょっと態度のせいかとっつきにくいと思ってたけど、アイディって結構いい人だよね。私が勝手に体に入っても文句ひとつ言わないし……それに比べて私は……」
『聞き苦しいからその程度にしておけ。それと、妾は別に優しくしてやっておるつもりはない。暇だったからこうして付き合っておるだけにすぎん事をよく覚えておく事だ』
「うん、わかった」
話の流れでフワは妾と自分を比べて落ち込みそうになっておったが、妾と比べれば万物は下になる。
それで落ち込まれては夢見が悪い。
お主は元はただの人間であろう? それならば人間らしく大してものを考えずに呑気に生きておれば良いのだ。
妾の気が変わるまでは付きおうてやる。
妾がそう言うとフワはとりあえずは前を向いた。うむ、それでよい。
しけたツラをした妾なぞ妾が一番見とうないし、そんな顔して人生を歩むところなど見ても面白くないからな。
妾は物語はハッピーエンド派なのだ。
それからフワはなるべく明るく振舞いながら街へと走った。
妾の体だ。疲れることはない。
そして走り続けて8時間と言ったところかの? ついに見つけた街にたどり着いた。
フワは遠目に見えるようになった街を囲む壁を見て両手を膝についてため息をついた。
「はぁ、はぁ、そんなに離れてないと思ったのに…」
『当たり前だ。妾の術式と魔力を使うておるのだぞ。このくらいの距離は見えておる。というか、同じ情報をお主も得た筈だ』
「ごめん、こっちに人がいるとはわかったけど、距離まではわからなかったの」
『責めておるわけではない。まぁ、精々精進することだ』
フワはそのまま街の門まで歩く。
街では犯罪者などが入り込んだりせぬように検問がされておった。
しかし、街の人の出入りは非常に多いから一人一人にそんな時間をかけておれん。
だから水晶型の魔道具での判定となっておった。
あれに手をかざして特定の色になれば咎人というわけだな。
妾は人間の法の上で罪を犯したことはないのでな。フワは素通りだった。
こうしてフワは街についた。だが、まだまだ問題は山積みになっておる。
『街についたのは良いが、人間は金がなければ寝泊まりもできんのであろう? そこらへんはどう考えておる?』
「あ゛」
『お主、よほど脳みそが空っぽと見える』
「これでも学校ではトップの成績だったよ!!」
妾の指摘にフワも金がなければ生きていけんと気づいたのか危機感を持ち始めた。
そして、人は手に入らないものほど欲しくなるという性質を持っておる。
その視線は道の端に設置されておる屋台に釘付けになっておった。
「くっ、どこかでバイトでも探すしかないかも……」
妾は止めんから精々頑張ると良いぞ。
金策で頭がいっぱいになったフワに妾は下手に声をかけることはせずにただ見守っておった。
そもそも、ここまで過干渉だったのは自覚があるゆえな。ここでも助けてやったら妾がおらんと何もできんようになりそうだ。
もう日が傾き始めておる時に街についたため、その日のうちに金を得る手段を手に入れることができなかったフワは広場の椅子に腰掛けて眠ることとなった。
そして夜。
「おっ、えらいべっぴんなお嬢さんが眠ってるじゃねえか」
如何にもな男どもが眠っておるフワを見つけて下衆な笑みを浮かべながら近づいてきた。側から見てありありとわかる悪意に少し辟易した。
この後フワを捕まえてどこぞに売り飛ばしたり、己が欲を満たしたりするために使うのだろうなと予想できた。
フワには危機感というものがないのか、男がもうそこまで迫っておるというのに起きる気配はなかった。
『お主、このままだとどこかに売られるぞ』
妾も声をかけて見たのだが、
「う〜ん………それはいやぁ…」
起きておるか眠っておるか分からんような返事をしおった。
目を開ける様子がない事を見るに、今のは寝言だろうなと推測できた。
フワが緊張感のない寝言を言っておる間にも悪漢は近づいてくる。
ふむ、仕方ないの。ここは妾が一肌脱いでやるとするか。
「お嬢ちゃん、こんなところで寝てていけないなぁ。おじちゃんが安全なところに連れてってあげるからね」
妾は少しの間、体の主導権を返してもらうことにした。
どうやら、フワの意識がないときは簡単に表に出てこられるらしい。
妾は手を伸ばしてくる男の手首をガッチリと掴んで目を開いた。
「妾の寝込みを襲うとは、お主、死にたいらしいな」
「えっ、起きてーーーーあぎゃっ」
そしてそのまま手首を握りつぶす。
妾は力が強い方ではないが、それでも人間とでは種族的な差が大きすぎた。
力を込めるだけでこんなに簡単に手首を潰すことができる。
「妾は妾に害を成そうとするものには厳しくするのが信条でな。狙った相手が悪かったと地獄で一生悔やむが良いぞ」
死体を残すとフワが驚くだろうと思い妾はこやつを焼き尽くすことにした。
と言っても焼き尽くすような術式は使えぬから、ここは魔法で代用だな。
術式と魔法の決定的な違いは自分で全ての現象を完結させるか、それとも精霊を介して事象を起こすかだ。
前者の方が自分の望む結果を得られるが消費が大きく、後者は自由は効かないが少ない消費で大きな効果が得られる。
まぁ、妾に消耗という概念は概念はないようなものだからそこら辺はどうでも良いが。
ともあれ、燃やすだけなら別に自傷をする必要も、新しく術式を組む必要もないのだ。
一瞬だけとてつもない熱量の炎が男の体を炭も残さず焼き尽くす。
周りに人がいたが、真夜中だということもあってその現場は誰にも見られておらんかった。ま、見られておらんから今のような行動に移したのだがな。
その場から消え失せた男を確認した妾は再び目を閉じた。
思えば、あのような悪人であっても人が1人消えれば騒ぎになるかもしれぬな。
そう思えば失敗であった。今度このようなことがあったら、別の対処をした方がいいのかもしれぬな。
妾はそんな事を考えながら体の主導権を返した。
フワの魂は先程起こった事を一切知らぬ為か、未だ呑気に眠っておった。
そして、時が経ち朝日がフワを照らした。
こやつはあのような悪意に晒されながらも目を覚ます気配を見せることがなかったにもかかわらず、朝日がその身を照らしただけで目を覚ましおった。
「ん、ここは……そうだ、私……」
『起きたようだな』
「あ、おはようアイディ、今日もよろしくね」
何が起きたか知らぬフワは1人妾に笑いかけてきた。
『うむ、して、今日は何をするのだ? 妾の力は必要か?』
「今日はお金を稼ごうと思うの。アイディは大船に乗ったつもりで見てて、もうアイディの助けがなくてもなんとかなるって事を見せてあげるから」
この調子では、当分1人で生きていけそうにはないなと思いはしたが、妾は口にしなかった。
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