はじめての戦い
妾の封印の部屋は地下に作っていたため、外に出たら日差しが眩しいなと感じた。
そして、妾が目覚めたのは森の中だったみたいだ。1000年前はここはただの平原だったと思うたのだが、まぁ、それだけ時が経てば環境も変わるというやつだ。
そういうのを楽しみにして眠りについた節もなくはないからな。この光景はわりと満足だ。
そして、フワのやつも楽しそうに歩いておった。
「ふんふふんふふ〜ん♪」
意気揚々と鼻歌を歌いながら歩くその姿は見た目相応の少女のようであった。
先の精神鑑賞では傷が足りずに少ししか情報を得られなかったかが、こやつの前世は体が弱かったらしいからの。
妾の完璧な体を手に入れて浮かれるのもわからんでもない。
『ちなみに聞くがお主、これはどこに向かっておるのだ?』
「え゛?………」
『もしや、何も考えずに歩いておったというつもりではなかろうな?』
「そ、そそ、そんなこと……あります。でも、森を抜けないといけないとは思っていたんです」
『それもそうだな。ま、気になっただけだ。お主がどう生きようと妾は咎めたりはせん』
「………自分の体なのに?」
『うむ、妾は心が広いからの』
配下の者たちには妾は狭量だとかなんだとか言われたこともあるが、妾は基本的には優しいのだ。
して、教師になりたいと言っておったが当てなどはあるはずもないだろうに、そこらへんはどうするのだろうな?
妾がそのことについて聞くと、やはりそちらに関しても考えていない様子だった。
全く、計画性のなさに呆れてくるな。ま、全て計画立てて動く者よりは見ていて面白いから妾はいいがの。
フワは1人で歩いているのが退屈だったのか、妾の声にはよく耳を傾けた。
妾たちが話しながら当てもなく歩いていると、そ奴は姿を表した。
身長は2メートルほどある、体の所々に鎧のようなものをまとっている黒いクマであった。
妾の記憶によるとそ奴は確か鎧熊とか呼ばれる魔物であった。
人間の基準で言えば、それなりの使い手ならば一対一での勝利が容易なレベル、つまり雑魚中の雑魚というやつだ。
鎧熊はにこにこしながら歩いていたフワの前に突然現れると両手を大きく広げて立ち上がり威嚇してきおった。
こやつ、野生動物のくせに生存本能というものがないのか?
身体能力、内包魔力、練度、どれを取っても妾に勝てる要素がないのだぞ。そう思ったが、よくよく考えてみれば今、体を動かしているのは異世界人のフワだった。
フワは目の前に突如として現れた熊に驚いて尻餅をつき、そのまま後ずさりを始めた。
こやつ、なんて情けないのだ。妾の体のスペックだけで圧倒できる相手だぞ?妾はそう思ったが、口にはしないで置いてやった。これも優しさというやつだ。
「あ、あ……」
「ぐおおおおおおおおお!!」
地に尻をつけたまま後ずさるフワ。対して鎧熊はおもちゃを見つけたという風にフワが後ずさった分だけ距離を詰める。
口からは今からお前を食べてやるぞとばかりにダラダラとよだれが垂れていた。
「やだ、来ないで!! あっち行け!!」
泣きそうになりながらそういうフワ。妾にそういう機能はないから起こらなかったが、人間の体だったら失禁でもしていただろうなと思うほどの怯えっぷり、ここで死ぬのだと悟っているような態度だ。
「ぐがああああ!!」
鎧熊が咆哮しながら一気に距離を詰め、そしてその装甲で覆われた頭でフワを跳ね飛ばした。
妾も同じ体の中におるので少し浮遊感、フワっとするのは楽しいの。
痛覚なんてものはないから当然痛くはないぞ。
「きゃああああああ!!」
だが、痛くないのと怖くないのは別物みたいで、フワは叫びながら飛んでいく。妾も飛んでいる。
こやつ、妾の体に入ってからは叫んでばっかりだの。
記憶を少しだけのぞいた限りではおとなしい女という印象だったのだがの。
跳ね飛ばされた妾たちは近くの木にぶつかり落ちた。
「うぅ……誰か、助けて……」
それで心が折れたのか、助けを求めるフワ。
うむ、求められたのならば仕方がないの。最強の妾が直々に助けてやろうではないか!
『お主、聞こえるか?』
「だ、誰!? 助けてくれるの!?」
『ふむ、かなり慌てておるようだの。ところでお主、左手についおる指輪は何のためにあると思う?』
「へっ、左手ーーーーー、そうだ!! 武器よ我が手に!」
妾のアドバイスを聞いて気がついたのかフワはリボルバー30から1つの武器を引き抜いた。
出てきたのは槍だった。この状況では割といい引きではなかろうか?
あの槍は使いどころを間違えるととんでもないことが起こるので、妾としてはすぐに収納することをお勧めするがな。
『それで戦えるだろう?』
「うん、これで戦えーーーーーたたか……え?る?」
妾たちが死んでないのが不思議なのか首を傾げてこちらの様子を観察している鎧熊。
ぶっちゃけただの雑魚であるため、素手で十分な相手であるがフワは臆病だから武器を持たせてやった。
これで戦えるだろう。
妾はそう思っておったのだが、平和な世界で生きてきた女子というのを少し甘く見ておったようだ。
槍を持ち、屁っ放り腰ながらも前に突き出し構え、そして鎧熊を見たところでギラギラと当てられるさっきに気づき意気消沈してしまった。
槍先は震え、顔は今にも別の方向を見たそうにしておる。
これは重症だなと思った妾は仕方なしにまた声をかける。
『戦えぬのか?』
「戦わないと、殺されちゃうってわかるの。でも、怖くて前に出れないのよ……」
別に戦わずに背中を見せたとて、この熊公に妾を滅するだけの力はないのだがな。
そう思いながらも妾は発破をかけるために色々言葉を投げかけてみる。
『このくらいの相手、簡単に倒せぬと教師になるとやらの夢は叶わぬかもしれぬぞ?』
「でも……」
『はぁ、腹を見てみろ。さっきぶつかられたところだ』
「えっと……? 傷が、ない?」
『そうだ。鎧熊程度の相手では妾を殺すことは天地がひっくり返ろうとも不可能だ。お主も知っておろう? 妾、アイディール・F・エクシミリアは無敵の存在だと』
「……そうだ。私は、アイディールは強い。あの世界で一番強かった。だから、今の私は強い」
妾の言葉を聞いてフワは自分に暗示をかけるようにブツブツとなにやらつぶやき始めた。
これはもう心配いらないな。妾はそう感じた。
鎧熊も焦れてきたのか今にも飛びかかってきそうだ。
だが、それより前にフワの決意が固まったみたいだ。
「やあああああああ!」
フワは雄叫びをあげながら槍を前に、そして突撃した。
不格好もいいところだった。だが、気迫だけは一人前だなと妾は思った。
真っ直ぐに突き出される槍、鎧熊はそれを本能で危険と感じたのか右腕の装甲部分を使って弾き飛ばそうとした。
だが、それは失敗に終わる。
槍は装甲を紙でも切り裂くかのように両断、そしてその下にある手首の肉に突き刺さった。
「ぐおおおおおお!!」
鎧熊の断末魔が聞こえる。
ふっふっふ、驚いただろう熊公。その槍は傷つけたものに容赦なく呪いを与える呪いの槍だ。
たとえ手首であろうが、傷1つつけられた時点で抵抗手段の持たない野生動物はイチコロよ。
「はぁ……はぁ、、や、やった?」
鎧熊はそれからほどなくして呪いによって倒れた。
フワは命の危険が去ったと、自分は生存競争に勝利したということをようやく認識し、安心したのか腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。
『全く、情けないの』
つい口から出てしまった小言に言い返す元気がなかったのかフワはなにも反応を示さなかった。
だが、その代わりに
「助けてくれてありがとう」
と妾にお礼を言いおった。
ふんっ、助かったのは自分が目の前の敵を倒したからだ。妾はただ、武器の取り出し方を思い出させたにすぎん。
『妾はなにもやっとらん。もっと自分を褒めよ』
「うん。ありがとう……」
『だから……まぁよい』
平和な世界で暮らしてきたフワには、重い事柄だったのだろう。
それから5分ほどそうしておった。
実はこの場にとどまると血の匂いに誘われた別の魔物が集まってくるので早くどっかに行くことを提案したのだが、腰が抜けて立てないとか抜かしおった。
妾の体で腰を抜かすだとぉ? 軟弱者め!!
『立て立て!! そうやってすぐに甘えておると後でひどい目にあうぞ! 現にもう集まり始めておる! そんな状態で戦えるのか!?』
「それも、そうだよね……」
妾の説得のおかげもあってかフワは生まれたての子鹿のように足をプルプルさせながら立ち上がり、おぼつかない足取りでその場を後にした。
それから、森を出るまで何度か魔物に出くわした。
虎や狼とかだった。
だが、熊と戦い少しは吹っ切れたのか腰を抜かすことはなかった。
ふん、少しは成長したみたいだが、そのへっぴり腰はどうにかせんといかんぞ。そんなんでは将来できると思われる生徒に笑われるからの。
そう言ってからかうと、フワは拗ねたような、悲しいような態度をとった。
『すまん、厳しくしすぎたかの?』
「アイディール……」
『む、なんだ?』
「あなたのこと、アイディールって呼んでいい?」
こやつ、妾が心配して声をかけてやったというのにこともあろうことか妾を名前で呼んでいいかなどと言いおった。
妾のことを気安く名前で呼び捨てできるものなど、この世にはいないというのになんとも豪胆なやつだ。さっきの熊に怯えておったこやつはどこへ行ったのやら……
この感じ、妾を怖い存在と見ておらぬのだろうな。
「ダメだった?」
妾からの返答がないから心配になったのか、不安そうにそう聞いてくるフワ。
『別に、ダメとは言っておらん。アイディールは少し長いならアイディとか、多少省略しても構わん。好きに呼ぶと良い』
妾がそういうとフワはポカーンとした後、小さく笑って
「ありがとう。これからもよろしくねアイディ」
と言った。
妙に馴れ馴れしいと思ったが、それも悪くないから特にそれ以上妾が何か言うことはなかった。
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