強さを知るために
ということで、フワの特訓に視点を移していこう。
最近のフワは放課後になるとTと一緒に街の外に出て道を外れて人がおらん場所に行き、そこでTによってあの手この手で攻撃されるのだ。
T曰く、これは妾の体の一番の強みである不死性を最大限生かすために、どんな攻撃受けようともひるまない心構えを作るためなのだという。
少し、そちらの方に視点をやってみよう。
現在、フワは両の手にそれぞれ一本ずつ武器を持ち地面を駆け回っておる。持っておるのは当然、以前薦められたダガーである。しかし、右側に持っておるのは変哲のないただのダガーであったが、フワの左手には背の部分がギザギザになっておるもの、いわゆるソードブレイカーと呼ばれるタイプの武器が握られておった。
ソードブレイカーとは、背の部分がギザギザになっておりその部分で相手の剣を受け、その状態でひねることによって相手の剣を破損させることができる武器である。
かなり扱いに慣れておらんと文字通り剣を壊すことなんてできぬが、今のフワでも素人の剣ならば刃を欠けさせるくらいはできるであろう。
フワが駆け回っておる少し離れた場所ではTが弓矢でフワを狙っておった。
Tはフワの動きを正確に読み取り、数秒後にどの位置におるかを完璧に予測して矢を放つ。
フワは矢の射線上に吸い込まれるかのように入っていく。そこでフワはまずいと気づいたのか、とっさに右手のダガーで矢を弾いた……と思うた時であった。
ダガーが矢に接触した瞬間、矢じりが破裂して鉄礫を拡散させる。
そしてそれが運悪く目に入ってしまったフワは反射的に目を閉じてしもうた。
目を閉じるタイミングを見計らったかのようにTが次の矢を放つ。フワは矢の発射の瞬間を見落としたせいで対応ができずにその体に矢を生やす結果となってしまった。
フワは後ろに倒れこむ。
「はぁ……近づけすらしない…見えている弓兵相手なら有利のはずなのに…」
「今回ダメだったところは目に物が入ったからと言って目を瞑ってしまったことだな。目を開けていればまだ何か見えたかもしれないのにな。さて、次」
Tは近づいてそういうと、今度はフワと同じダガーとソードブレイカーを手に持った。そして、先ほどまでつこうておった弓と矢筒は足元に置いた。
「はい、気を付けます。次、お願いします!!」
フワは立ち上がり、再び構える。
「じゃあ、この石ころが地面に落ちた時が開始の合図だ」
Tはそう言ってそこらへんに落ちておった石を拾い真上に投げた。その石ころは意図してかちょうど3秒後に地面と接触した。
そして、その瞬間、フワは体の魔力を使い身体を強化する。
対するTは強化なんぞ必要ないといった風にダガーを一閃した。
魔力による自己強化をするために、フワが一瞬だけ自分の体に意識を向けた瞬間の出来事であった。
Tはその一瞬の隙をついて攻撃を仕掛けたのだ。しかし、この2週間でフワもTのことがわかっておる。
フワはこの隙をつかれること込みで魔力による身体強化を優先したのだ。要は、隙をつかれた状態でも問題なく対処できるだけの身体能力があればよい。そう考えたフワは限界ギリギリまで身体に巡る魔力の量を増やした。
知っての通り、妾の体は魔力によって構成されておる。
よって、妾の体に大量の魔力を流すと元々その場所にあった魔力も連動して動く。そして、妾の魔力体が膨れんように抑え込んでやれば流した魔力に応じて妾の体の中の魔力の密度が上がっていく。
密度が上がれば強度も当然上がる。結果的に、身体能力やらが向上するというわけである。
この強化法は妾のような体が魔力によって構成されておる存在ならだれでもできる。
逆に、人間などの肉を使った体を使っておるものにはできん芸当でもある。ただ、肉の体を持つものもちゃんと術式を使うなどの方法でその肉体を強化することは可能だ。
今、フワと対面しておるTも『闘気』なる力を使うことで身体を強化することができる。
魔術と何が違うかは妾は知らんが、本人曰く術式を走らせるわけではないらしいので、Tのような身体能力の強化は魔術ではないらしい。
余談ではあるが、妾の体は妾が利便性を考えた結果現在の強度バランスになっておる。
つまりだ。そもそもそんな身体を強化する方法を考えずとも、妾ならば今、フワが魔力によって強化しておる程度の身体をデフォルトにすることはできるのだ。フワはそのことに気づいておらん。
さて、話を戻そう。
Tの不意打ち、これをフワは見事に防いで見せた。
存分に強化した身体能力を使って強引に自己の首とダガーの間にソードブレイカーを差し込めたのだ。そして、フワはTのダガーを受けた瞬間に左手を思いっきりひねる。
これでTのダガーを破損させる、もしくは巻き取ってやろうと思うておったのだろう。
そして武器が減ったのと身体能力の差を使って手数で押し切ろう。そう考えたのだろう。
「とった! って、あれ!?」
だが、その目論見は見事に打ち砕かれた。
何と、Tは一撃目を防がれた瞬間にダガーを手放したのだ。
抵抗があると思いひねられた左手は空回りする。
結果、フワの左手は勢いのまま広げられた状態になる。Tはそこを狙った。
Tは今度は左手のソードブレイカーでフワの右肩を狙った。当然、身体能力に差が出ておる現状、フワでもみてから対処が可能であった。
Tの攻撃は軽く弾かれてしまう。だが、これでフワは両手の武器を振った。
いかに身体能力を向上させようとも、先手を取られ続けておればジリ貧である。それに、Tはたとえフワが倍の速度で動こうとも問題にならないように対処を限定させておる。
Tが次に放った手はダガーを手放した手による拳。
狙うは鼻先であった。フワは何とか首の動きでそれを回避。これで、Tの最初の三連撃を防ぎ切ったフワ。フワはこれ以上の連撃はないと踏んだ。
理由は単純、両手を一度使ったから。
左手は弾いた。右手の拳は回避した。これ以上続けようとすると足を使うしかない。だが、足は下手に使うと体勢を崩して不利な状況になる。身体能力に差がある以上、防がれたらまずい攻撃はしないはず、とフワは考えたのだ。
身体能力をあげておるフワのほうが、腕を戻すのが速い。
次はフワのターンだ。
左手は残し、右手のダガーでTの心臓を狙う。
Tはこれを左手のソードブレイカーで迎撃する。能力に差がありながらも、防御が間に合うのは技量の差としか言いようがなかった。
戦闘技能は素人に毛が生えた程度の今のフワは、身体能力を使って相手の攻撃を見てから回避しておる。だが、腐っても英雄と呼ばれた男はある程度なら相手の行動を予測できる。
その差があるからこそ、フワの防御はギリギリだし、Tの防御は余裕をもって行われておるのだ。
フワは防がれたことには疑問を抱かない。そういうものだと思い次の攻撃に移行する。
何が起こっても対処が間に合うように、左のソードブレイカーは攻撃に使わずに待機させたまま、素早く引き戻したダガーで切りかかる。
Tはそれをソードブレイカーを使ってうまくそらすことで回避し、ため息をついた。
「うん、もうちょっと周囲の異変に気付こうね」
Tがそう言った途端、フワの腹から何かが生えてきた。
それは、よく見てみると初めにTが捨てたダガーであった。
「えっ……一体何が…?」
「『気操法』っていう、半径1メートル以内の物体を動かす技だよ」
何でもないように言ったが、フワはこれに驚いておった。なにせ、これまで一度も見せられたことのない技である。
フワはそんな技が使えるなんて知らんかった、ずるいなどと言ってTに不貞腐れた態度を見せた。
だが、Tはその言葉に思うことがあったのか少し厳しい口調を取った。
「お前は守りたいんだろ? なら、相手の情報が全部ある方が稀なんだ。いざ本番で『知らない攻撃をされました。だから負けてみんな死にました』それでお前は満足するのか? そもそも、ここ数日の特訓は何のためにあるのか忘れたのか?」
「そ、それは……」
「負けるのはお前だけならいいだろう。絶対に死ぬことができない体を持っているんだからな。でもな、お前以外の奴には死という可能性が常について回っている。平和な世界での考えを捨てろとは言わない。だがな、ここはお前にとって異世界だ。たった一つ、何かに躓くだけで人なんか死ぬんだ。だから、『知らない』という言い訳は通用しないんだ。なぜなら、『知らない』からと言って『負け』たらお前以外の人が死ぬんだからな」
「……」
厳しい物言いではあるが、Tの言うておることは正しい。フワは平和な世界から来たばかりであるから、まだ実感は沸いてはおらぬであろうが、この世界は文字通り一つ躓けば命を落とすことも珍しくはないのだ。だからこそ、あらゆる脅威を受け止めることができる妾の体を持つフワが、守りたい者のだれよりも前に出て全ての脅威を受け止めてやる覚悟が必要なのだ。
後ろで守られる者のところまで、脅威が行かんようにするためにの。
今やっておるのは、そういう特訓だったはずである。
どんな攻撃を受けても、ひるまず立ち向かう精神力。それをつけるためにあらゆる実戦を体験しようと、そういう趣旨でやっておったのだ。
フワは押し黙ってしもうた。
そして悔しそうに下唇をかむ。
少しかわいそうに思うたので妾が何か優し気な言葉でもかけてやろうかな、と思うたが、フワはすぐに立ち直って刺さっておったダガーを強引に引き抜いて立ち上がった。
腹には穴が空いておるが、これは妾が消しておく。
結果としてフワの足元に生えておる草がひそかに急成長しておるが、そこは触れないでおく。
「…次、お願いします」
「おう、理解はできても納得はできねえって感じか? 確かに初殺しの卑怯な手ではあったからな」
「納得ができないなんてことはないけど、ただ、ちょっとずるいなって思っただけで」
「ま、そうだよな。なら次は正々堂々、小細工抜きで殺してやるよ」
Tは上着を脱ぎ棄ててそう言った。ちらりと脱ぎ捨てられた上着に目をやると、その内側には様々な武器が所狭しと収納されておるのが見えた。Tの手には一振りの剣だけが握られており、それ以外は使わないと宣言してからフワに向き直る。
先ほどと同じようにTは石ころを投げる。そしてそれが地面に落ちた瞬間、2人は動き出した。
Tは開始直後に剣をフワに向けて振り、フワは身体能力を強化し始める。
先ほどと同じ、違う点はTの持っている武器と脱ぎ捨てられた上着くらいだ。それにもかかわらず結果は劇的に変化した。
フワの防御は例のごとく、本当にギリギリ間に合った。
いや、Tが間に合うことを許したといった方がよいかの。本来のTの実力ならば、そもそもこの距離でわかりやすく硬直した相手に防御は許さんだろう。
Tはあえて、剣速を全力より遅くすることでわざとフワに防御をさせておるのだ。
そして、Tの剣をフワは左手のソードブレイカーで受ける。先ほどと同じように、Tの剣を破壊するつもりであった。
だが、その目論見は叶わなかった。
Tの剣は、何の抵抗もないかのようにソードブレイカーを通り抜け、そのままフワの首を斬り飛ばしたのだ。
「え……?」
ぐるりぐるぐると回る視界。
フワはその中で何が起こったのかを理解できずに混乱しておる。Tがやったのは単純明快、圧倒的な剣撃の鋭さをもってソードブレイカーごとフワの首を斬り飛ばしただけにすぎん。
フワの首はそのままくるくると回りながらごとり、と地面に落ちた。
それを確認して妾は叛逆術式を使って首をもとの位置に戻す。
結果として、足元の草が股の下まで伸びてきたが、それは些細なことであった。
「はっ…!? アイディ、ありがとう! っていうか今何が起こったの?」
『短剣ごと首を飛ばされた、それだけの話である』
「それだけって…そんな簡単に……」
『実際やられておるであろう? 受け入れよ』
何が起こったのかを受け入れきれないフワが目を回しながら妾にそう問うた。
「時に西河 不破よ。お前、強いやつと弱いやつの違いって分かるか?」
すでに剣を収めておるTはへたり込んでおったフワにそう問いかけた。フワは少しだけ考えるような動作をした後に応える。
「勝てるか負けるか、ですか?」
フワなりに考えての答えだったのだろう。
「否! それは弱者の考えだ」
しかしTはその答えを容赦なく切って捨てた。そして語りだす。
「強者と弱者の決定的な違い、それは目的を達成するために必要な準備や手順の多さに他ならない。そもそも、お前たちの言う強弱というのは相対的な評価にすぎない。絶対的な強者、というのは物事を正しく見定める目を養った者のことだ。西河 不破よ。忘れるな。最強の肉体を持っていても弱いやつは弱いし、たとえありんこでも強いやつは強いんだ。そうだな、お前は今、強弱の判断を勝てるか負けるかと言った。それに倣って言わせてもらうなら、俺の考える強弱の判定は絶対に勝てるか、それ以外かだ」
Tの異名は到達者。こやつが生きておった世界に、こやつより肉体が強い存在なんぞ数えきれんほどおった。にもかかわらず、Tが英雄として祭り上げられておるのはそれはひとえに成し遂げたからに他ならない。
Tは自分のことを妾の配下たち―――ほかの英雄たち――――と比べて最弱候補なぞと卑下しておるが、何でもありの勝負であればこやつはほかの英雄たちを容易く食らうであろう。
目的と手段を誤らない。それがTの一番秀でたところである。
フワはその言葉を聞いて何やら感動したようにTを見る。
そして立ち上がり拳を強く握る。
「おっ、やる気になったみたいだな」
「はい! あと7本、よろしくお願いします!!」
「その意気だ。さっきはあんなことを言ったが、相対的な強さを得るに越したことはないからな。手加減はしてやるからかかってこい」
それから7回、Tはフワをあらゆる方法を用いて戦闘不能にした。
それでその日の特訓は幕を下ろしたのであった。




