表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

閑話 悪魔の誘惑 後



フワ1人を捧げれば、私が悪魔にした負債の大部分を返済できる。

私はそうとわかるとすぐにフワの方に目を向けた。煩わしいことに後頭部に土塊が飛んできたが、私はそんなもの無視した。


フワは私が足元に転がしている黒髪2人を救出しにきたみたいで、それはすなわちこの2人を確保している限りあの捧げものは逃げることはないということに他ならなかった。


だから私はこの2人を死守するつもりで戦おうと思った。

だが、油断した。

「我が手に武器を!」

フワがそう叫ぶと、どこからから出てきたのか一振りの剣が現れた。

そしてその剣で私の腕を切りつけながら1人、救出を許してしまったのだ。

フワは私の想定していたよりずっと速かった。あっという間に人質を1人奪われてしまい焦りを覚えた私はもう1人は奪われまいと黒魔法で壁を張った。

フワは私の作り出した壁にぶつかり、一度は前進を止める。しかし、すぐに剣で叩き壊されてしまった。

このままではもう1人もあっけなく救出されてしまうと思った私は攻めに出た。

私の体を覆っているこの黒い液体のようなものーーー悪魔は未だに私の体を乗っ取れていないのか、はたまた私があの獲物を捧げるのを待っているのかある程度は私のいうことを聞いてくれた。

私はそれを触手のように伸ばしてフワを捕まえようとする。

しかし、剣で切り払われてうまくいかない。だけどフワは近づくことができないでいた。このまま時間をかければ不利になるのは私だ。だからここでもう1つアクションを起こす。

私は捧げものとして使い、体から魔力を奪われた黒髪を掴み、そこからさらに魔力を吸い上げて悪魔に捧げてやった。


もう魔力のない体。

結果的に捧げられるのは黒髪の生命力になる。


フワもこれには焦ったのか、被弾覚悟で突進してくる決心をつけたみたいだ。

よし、そのまま真っ直ぐきてくれれば、私の勝ち。フワを捉えてそれを捧げて、私はまだ生きられる。

私が希望を持ってフワを待ち構えていた、その時だった。

横合いから突如として1人の男が飛び出してきて、私から人質を奪おうとしたのだ。


フワにばかり集中していたから、ギリギリまで気づかなかった。

私はとっさに人質を持つ腕に力を込める。悪魔によって強化された私の体は強靭で、いくら男女という性別差や体格差があっても易々と奪わせるようなことはしなかった。

触手のように伸ばした黒いものは今は全てフワに向けていたが、私はそのうちの1つを目の前の男にくれてやった。


これを見たフワはさらに焦る。


まさかこの男も、助けに来たことで犠牲者が増えるとは思っていなかったのだろう。

私は内心で助けに来た男を嘲笑いながら、触手をそいつにつきたてようとした。


だが、フワはまだ邪魔をする。

フワは防御を捨てて男を庇ったのだ。私が今、出し得る全ての触手がフワの体を貫いた。

これでやっと目的の獲物は捕まえられた。私はそのことに歓喜した。だけど、殺してしまっては捧げものの価値が下がるかな?そんなことを考える余裕さえ出てき始めていた。


フワは必死に2人を逃した。

だけど、私からしたらもうそんなものはどうでもよかった。

だって、殺したかった相手を、捧げる必要があった相手をこうして捉えることができたのだから。

私は自分の内に潜む悪魔に向けて心の中で言った。


(さぁ、悪魔!! 言われた通りにこいつを捧げますから、私を助けてくださいまし!)

そう念じると、悪魔から返事が返ってきた。


『残念ですが、それは受理できませんね』

(どうしてですの!?)

『だってまだ、その捧げものは元気じゃないですか。これでは取り込むのにも一苦労です』

(そんなはずはーーー!?)


悪魔に言われて私が串刺しにしたフワを見てみると、確かに触手は刺さっていたが苦しんでいる様子は一切なかった。

触手が貫通してはいるが、そこから血が流れることもなければ、それを痛がる気配もない。

フワは右手に握りしめた剣で私の首を狙ってきた。

あれは表面にある黒だけでは防げない。私はそう直感で判断して、周囲の黒を全て集めてそれを防御した。

そして、フワは悪魔の中身が私だってことを知らなかったのだろう。驚愕の表情でこちらを見る。

「……ぅ、あ、フワ? 殺す。殺せる?」

私の口は自分の心の中を表したかのようなことを勝手に言い放った。

殺さないと、殺せないと、私は助からない。身勝手かもしれないけど、自分が助かるためには目の前にいるこいつを殺す必要がある。だけど、全身を串刺しにして殺せない相手はどうすれば殺せるのか、私には分からず、そこで私の心が折れてしまった。


『あぁ、折れましたか。では、最後になりますのであなたを褒めて差し上げましょう。あなた、本当に凄いですね。自分の生にしがみつくあまり、あらゆるものを悪魔に捧げる。その心のありようは悪魔といっても過言ではありませんよ。いやはや、本当に素晴らしい。その貪欲さに免じて、存在だけは消さないで差し上げますよ』


悪魔が何か言ったような気がしたが、私の心はもうその言葉を聞き入れなかった。


私はもう自分の意思で体を動かせ無くなり、

悪魔は私の体でフワ先生を握りしめて喰らい始める。

私はそれをみていることしかできない。




あぁ、誰かーーーーーーーーこんな愚かで身勝手な私を助けてください


もう2度としません

皆さんに謝ります、特にフワ先生と、襲ってしまった方々に

目の前で友達を奪ってしまったハルナに……

私が間違っていました

私が一番弱かったんです

だから、悪魔の言葉に乗ってしまいました

その甘い誘惑に、惹かれてしましました

全ては私の弱い心が生んだ過ちです

全ては私の無意味な虚栄心が生んだ過ちです

全ては私が悪いんです

みんなが全て正しかったんです

間違っているとわかったから、みんなに謝りたいんです

反省しています、後悔もしています

だから………





(誰か、私を、助けてください……)



私は願った。

誰かが私の体に巣食い、私が育ててしまった悪魔を打倒し、私を救い出してくれることを

この願いも結局のところ身勝手な願望だ。

自分でしたことの責任を、他人に押し付ける自己中心的な願いだ。

だけど、もう私にはこれくらいしかできることがなかった。小さな可能性にすがることしかできなかった。

しかし、私の願いとは裏腹に悪魔はフワ先生を喰らいその力を増していく。

それこそ、私が今まで見たことのないような、神話の世界に出てくる悪魔と言われてもおかしくないようなレベルにまでなっていく。


もうこの悪魔を超えられるものなんていないだろう。

この悪魔が世界を滅ぼすことだってありえる。私は自分のしたことの重大さを目の当たりにして、この残された小さな意識でさえも消えて無くなるような錯覚に陥っていた。


あるところを境に、悪魔の成長は止まった。

しかしその時にはもう人類なんて簡単に滅ぼせそうなほどの力を悪魔は蓄えていた。

だが、フワ先生はそんな悪魔を見て言った。


「ふむ、それが主の器の限界であるか。存外入ったが、こんなものか」


フワ先生はそこまで強くなった悪魔をまるでつまらないものを見るような目で見ていた。

そしてもう興味は薄れたという風に多少会話をした後、聞きなれたことのあるワードをつぶやいた。


「リベリオン」


その言葉がなんの意味を持つのかは私には分からない。でも、以前決闘をして同じ言葉を聞いていたからわかる。

フワ先生がそう呟く時、必ず何かが起きる。

もしかしたら本当に悪魔を、私を倒してくれるかもしれない。そう思っていると変化は突然現れた。



フワ先生がその魔法の言葉を呟くと、なにやらとっても暖かい感じがした。

私に体は残されていないはずなのに、暖かいと感じるのは魂が安らいでいるかだろうか?

なんにせよ、とっても心地よい感じがした。


そして対照的に私の体に巣食う悪魔はとても苦しそうにしていて、直後弾かれるように私の中から消えていった。


あぁ、フワ先生………フワ先生……あなたはこんな愚かな私に謝る機会を与えてくれるのですね!!


悪魔が自分の体から消えて意味をすぐに理解した私は、目の前にいる、憎かったはずの教師に心の底から感謝した。

すぐにでも、謝ろう、そしてお礼を言おう。

そう思ったけど、私の意識は無くなりそうになっていた。


さっきまでなら、意識が消失しそうになれば私は必死であがいただろう。

でも、なんだか心地いいの。まるで母親に抱きしめられているみたいに暖かで……


あぁ……おやすみなさい……そして、ありがとう。


私の意識は一度なくなる。























次に目を覚ました時、フワ先生の腕の中だった。

揺らさないようにと運ばれていた私に意識が戻ったことに気づいたフワ先生が私を一度地面に降ろした。

あぁ、幸福で暖かな感じが無くなりましたわ……

少し残念に思いながらも、私はもう誰かに何かを要求できる立場にない。

それに、悪魔に体を奪われた時に誓ったこともある。


私は、フワ先生に頭を下げる。

でも、謝罪の言葉はうまく口から出てこない。どうして、どうして!?

あんなに謝りたいって思ったのに、いざその場になるとなんでうまく喋れないのよ!!


私は心の中で自分を叱咤した。

でも、出てくるのは嗚咽のみだ。今は、泣いている場合じゃない。

泣きたいのはフワ先生で、ハルナで、襲われたみんなで……私は泣かせる側のはずなのに……


私は必死にフワ先生に謝ろうとした。

そして、助けてもらったお礼を言おうとした。でも、やっぱり出てくるのは嗚咽だけだった。

そんな私を見かねたのか、フワ先生は私の背中をさすりながら私が落ち着くのを待ってくれた。

背中に触れる手が暖かく、いつまでもそうしていて欲しいと思えるほどであった。

私はみっともなく泣き続けた。幸いにも見ている人は先生しかいなかった。

そして、私を救ってくれた先生にならこんな姿を見られても恥ずかしいとは思わなかった。


結局、私は数分間涙を抑えることができなかった。先生は私につきっきりであやしてくれた。


そして、落ち着いたところで私は再び頭を下げた。

「いいんですよ。きっと何か、悩みでもあったんでしょう?」

帰ってきたのは赦しの言葉、でも、私のしたことが赦されないことであることは私が一番よく知っていた。


確かに悩みがあった。でも、それはとるに足らないものだった。

私は先生に「その程度の悩みでこんな問題を起こしたのか」と叱ってもらうべく、大して大きくもない悩みを打ち明ける。

その途中、気づいたんだけどどうして先生は生きているのだろう?


首を刺されても、体を貫かれても、悪魔に貪り食われても飄々と生きている。

そのことを思い出した私は1つの結論に至った。


(あぁ、先生はきっと天使なのですわね。だから私がどんな罪を犯してもこうして優しく語りかけてくださいますし、あんなに強い悪魔も簡単に退治することができたのですわね)


そうとしか思えなかった。

そこまで考えたところで、ふと思い至った私は悪魔が宿っている外套を先生に渡すことにした。

我が家の大切な魔道具ではあるけど、こんなに危険なものは私の手に余るし、悪魔が宿っている外套なら天使の先生が管理した方が今回のような間違いも起こらないだろう。

そう考えたからだ。

遠慮しそうになった先生に私は押し付けるように外套を手渡す。


渡された先生は一瞬なんらかの声を聞いたみたいでビクッとしていたが、心の弱い私とは違ってその声をものともしなかった。

外套を受け取った先生は罰は後で伝えるから、ということで学園に戻ろうと言った。


私、先生からならならどんな罰でも受けられますわ。

だってそれは天罰、受けるべき罰なのですもの。


私がそう意気込んでいたところに、フワ先生から声がかかる。


「歩ける?」

「頑張りますわ!」


歩けるかと聞かれたから、これ以上迷惑をかけないようにと返事をしたら担がれてしまった。

フワ先生は体は小さいけど力強くて、何より包容力がすごかった。

先生は私をお姫様抱っこで学園まで運ぶ。人間1人、重いだろうに私がちらりとフワ先生の方を伺うと、必ずそれに気づいて目を合わせてにこりと微笑んでくれる。


その度に私の動悸が激しくなる。


きっとフワ先生には私の心臓の音がうるさいくらいに聞こえているのだろう。

それはわかっているんだけど、私には心臓の鼓動を止めることができなかった。

フワ先生の腕の中は、何故か何が起きても大丈夫だという絶対の安心感があったにもかかわらず、私の心臓はばくばくだった。








そんな中私は学園に運ばれ、調子が優れないだろうからと医務室に連れていかれた。

そこにいたのはハルナと私が襲ってしまった黒髪の2人だった。そして、それを見た私は浮かれている場合じゃないと自分を戒める。


まず、今回の騒動の1番の加害者である私が、1番の犠牲者である彼らに謝らないといけない。


でも、果たして、あんなことをしでかした私を彼らは赦してくれるだろうか?


いや、赦してくれないだろう。そして、私がやったと知れば友達を襲った私のことをハルナは許さないだろう。

そうやって少し怯えていると、フワ先生が私の肩を押しながら言ってくれた。


「みんなにはちゃんと謝らないとね。でも大丈夫、日本人はちゃんと謝られたら首を横には振れないから」

フワ先生は、私に優しすぎると思った。

でもそれを聞いて、私の心は少しだけ軽くなった。


そして思い出した。

私は、自分が悪いと思ったから謝りに来たんだ。間違いを正しに来たんだ。

別に、赦して欲しいから来たわけではなかった。


絶対に赦してくれる、フワ先生はそう言ったけど、本当にそう思って言ったわけではないだろう。

私に気を負わせまいと思って言ってくれたのだ。


「ハルナさん……」


「アリナさんもあれに襲われたんだね!? 大丈夫だった!?」

あぁ、ここで黙って首を縦に振れば、彼女は私も被害者であると勘違いしてくれるだろう。




でも、私はもうそんな甘い誘惑に乗らないと決めたのだ。



「ごめんなさい。ハルナさん」


私は全てを打ち明けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ