閑話:悪魔の誘惑:前
明日(6日後)ですみません……
あの時、突然外套から聞こえてきた声に驚いていた私に悪魔は甘い声でそう言った。
『そんなに殺したい相手がいるなら、ワタクシが力を貸しましょうか?』
と。
思えば、私はその時、いや、もっと前から冷静ではなかった。
だからその悪魔の誘惑に素直に耳を貸した。普通なら、このような怪しげな声が聞こえてくればもう少し考えただろう。だけど、何故か私は特に考えもせずに悪魔の声に耳を傾けたのだ。
「具体的には、どのように力を貸すんですの?」
『簡単です。あなたの体を強化してあげましょう。それと、黒色魔力への適性を与えてあげます』
悪魔の言葉はその時の私には非常に魅力的に聞こえていた。
体を強くしてくれて、そして持っていない魔法に対する適性まで与えてくれる。
断る理由が思い当たらなかった。私は一も二もなく悪魔に力を貸せと言った。悪魔は優しい声のまま
『ワタクシが入っている外套を羽織っておいてください。それだけでワタクシはあなたを強くしてあげることができます』
そう言った。
私はすぐに外套を身にまとった。その瞬間、私の体に力と魔力がみなぎってくるような感じがした。
それがまた、私を一歩、間違えの道へと推し進めた。
ここで1つ、私の身の上の話をしておこう。
私の名前はアリナ・フォン・クーデレランス。
アーガイル・フォン・クーデレランス伯爵の娘だ。
クーデレランス家は貴族の中でもそれなりの伯爵家で、その娘である私の地位も高いーーーーというわけではなかった。
私には上に兄と姉が1人ずついる。家督は兄が継ぐから私には関係ない。
姉は侯爵家の男と婚約が決まっている。
しかし、私には現状何もなかった。女性ならいい家柄の男を見つけてくっつけばと思われるのだが、私の多少わがままな性格が災いしてか縁談なんてほとんど来ないし、来ても破談していた。
いつまでたっても婚約が決まらない私を見かねた父がある日、私を呼び出した。
悪いことをした覚えはなく、不思議に思いながらその日父の書斎に行くと父は私に騎士になるようにと指示を出した。
何故、と問えば王族の女は女性騎士を周辺に置く、その地位を手に入れて王族にクーデレランスの名を覚えてもらえと言われた。
私の意思は関係なく、その後有無も言わさずに騎士になるために必要なあらゆる勉強を強いられた。
逃げ出したくなったことは多々ある。
だけど、私にはもうこれしか残っていなかったから、これに失敗すれば最悪父に捨てられてもおかしくないと思ったから、私はしがみつくように必死に勉強した。
その結果、私には魔法の才能がそれなりにあるということがわかった。
クーデレランス家には代々伝わる秘伝の魔法がある。
通常、魔法は呪文を詠唱しないと発動しないが、我が家に伝わる魔法は難しい魔力の操作を要求するがその詠唱をしなくていいという利点があった。
その難しいという無詠唱の魔法を、私はたった2年で習得することができた。
これには流石の父も褒めてくれて、私はこの道を突き進めばいいのだと、私の人生はこの道の先にあるのだと認識した。
そして、月日は流れて私は15歳になり、学園に入れる年齢になった。
ラメイシス神聖王国には5つの学園が存在し、伯爵家の令嬢である私は望めばどこの学園にでも入ることができただろう。ただ、1つを除いて。
その1つというのはヒュグロという都市にある学園、ここは入学試験を突破しないといくら金を積もうが入学できない異質な学園。平民であろうが実力があれば貴族より偉い、そんな外の世界を真っ向から否定し、実力さえあれば何をやってもいいのだという勘違いをした人間を増やしている学園。
自分の実力に絶対の自信を持っていた私は、ヒュグロに行くことに決めた。
入試は私にとっては簡単で、当然のように入学を果たす。
そして、学園ではどの程度の講義をするのかと思っていたところにぶつけられた、私の常識に反する魔法理論。
私は、今まで信じてきたものが否定されたようで許せなかった。
だから噛み付いた。私は今まで必死に勉強してきたから、私の方が正しい知識を収めているはずだと、お前の説明には矛盾点があるから間違っていると指摘した。
しかし、そこで見せられたのは私があれだけ頑張って習得した無詠唱魔法、今でも気をぬくと発動させられない魔法を片手間に発動する教師の姿だった。
その後、私はその教師に決闘を申し込み無様に敗北した。
いきなり周囲が暗くなり、音が聞こえなくなり、気づいたら負けていた。
もう、どちらが正しいのかが私自身でもわからなくなっていた。
しかし、今まで積み上げてきたものが間違いだったとは認められるはずがなかった。
教師フワとの決闘に敗れてから、周りからの私を見る目が明らかに変わっていた。
どこか嘲るような、そんな目になっていた。原因は調べるまでもなくわかっていた。
その時、どこぞの伯爵家の人間が私を嘲笑いに来た。
「おぉっと!? これはこれは、昨日貴族のくせに平民相手に何もできずに無様に負けたクーデレランスのお嬢様ではあーりませんかー?」
屈辱だった。
そう言ってくる男は、実力的には私より弱い男だった。なのに、こうして弱いを1つ見つけると執拗なまでに攻撃してきたのだ。
屈辱ではあった。
しかし、校内で魔法をぶっ放して伯爵家の人間を殺したとなればそれこそ私の人生が終わる。それがわかる程度にはまだ私は冷静であった。
その時の唯一の救いが、ルームメイトのハルナだけは私のことを嘲なかったことだろう。
それどころか、心配する言葉までかけてくれた。
今まで、私は誰かに心配なぞされたことはなかった。正直に言うと、嬉しかったのだ。
だから持ちこたえられた。
そして、そんな目で見られ始めてから数日後、学園に奇妙な噂が流れ始めた。
非行生徒がいる場所には化け物が現れる
なんのことかはわからなかったが、それのせいか私を表立ってバカにしてきたやつが急に手を引いたのは僥倖だろう。
あの伯爵家の男ーーー名前は忘れたーーーは実力も度胸もない男だったと逆に心の中で侮蔑した。
噂の出所はわからないけど、噂を流したやつには感謝しなければと思った。
だが、私にはその前にやることがある。周囲に私を馬鹿にさせた原因であるあいつに、貴族を軽んじたあいつに天罰を。
私はその夜、黒い外套を羽織い外に出た。
そして今、私の体には悪魔が纏われている。
悪魔の外套、と言い伝えられていたこのマントは、悪魔のような、ではなく悪魔そのものであったのだ。
私は圧倒的な力を手に入れた。早速この力を試してみたいと思った。
だから私はその日は真面目に講義を受けて、次の日は講義を欠席して学園の近くにある森に行くことにした。
ここでなら思う存分力を試すことができる。
私は森に入ってすぐに近くにあった木を殴りつけてみた。
私の拳が通った部分の木が抉れる。
それをみて私は体が本当に強くなっていることを実感し、さらなる全能感を得ることができた。
「さいっこうね!!」
『えぇ、そうでしょうとも、ワタクシも満足のいく結果出す』
悪魔はえらく協力的であった。
黒色魔力がなんなのか、と聞いた時も
『黒魔法を使うための魔力ですね。えぇっと、ほら、こんなのを出せたりしますよ』
と言って目の前で黒い液体を出して実演してくれたりした。それのおかげで私が手に入れた力を試すのが捗った。
新しい力を試すたびに、どんどんどんどん楽しくなってきて、私は時間を忘れてその力を研究した。
しかし、終わりは一瞬であっけないものだった。
もうそろそろ、昼頃になろうという時だった。
突然、私の全身を黒魔法の液体が覆ったのだ。
「な、なんですの!?」
『あぁ、良かったです。成功ですね』
「ちょっと悪魔、これはどう言うことですの!?」
『どうもこうも、見ての通りですよ』
悪魔がそう言うと、私の体が勝手に動き始めた。私はそれに抵抗する。
『おぉ、素体がそれなりだからまだ抵抗しますね。いい精神力です。食いでがありそうですね』
「悪魔……あなた、力を貸してくるのではなかったんですの?」
『えぇ、だから貸したじゃありませんか。そしてあなたは今日の午前中、貸した力を存分に使ったでしょう? だから使った分と同等のものを対価として貰います。お代はこの肉体ということです』
「なっ、どういうこと、ですの? 話が違いますわよ!?」
『話が違うも何も、ワタクシ、タダで力を貸すとは一言も言っておりませんよ。そもそも、悪魔がタダ働きするわけがないじゃないですか。あなた、もしかして悪魔がどういう存在か知らないですか?』
そこまで言われて、今まで自分が何をしてきたのかを思い出した。
悪魔とは古来より対価を得て事象を引き起こす存在だと思い出した。
私は、悪魔の誘いに乗って対価の確認もせずに契約を結んでしまったのだと理解した。
もう手遅れだった。悪魔の取り立ては始まっており、体の自由がほとんど効かなかった。
「このっ、私の体はあげませんわよ!!」
『そうですか。ですがこちらも何ももらわない訳にはいきませんので、体がダメなら同等のものを今すぐ用意してくれませんか?』
それは、さらなる悪魔の誘いであった。私の体と同等のものーーーーー
人間の体と同等のものーーーーーーー
人間の体ーーーーー
人間を捧げれば、私は生き残れる?
私はまだここで終わりたくはない。誰を蹴落としてでも、生き残ってみせる。
私の感情は爆発し、新たに得た力を使い近くに人間がいないか探した。
するとなんということだ、いるではないかしかもわんさか。
私は体が動くうちにと森の中を駆けた。
早く、自分に変わる贄を捧げなければと
しかし、
「うわあああああああ、ば、化け物だああ!!」
「ちょっ、なんだあれ!? と、とにかく撤退だぁぁ!!」
「火精よ、黒き化け物を焼き尽くせ!!」
案外人間というものは捕まらないものだ。魔法で足止めされながら、少しずつ距離が離されていく。
あれは捕まえられそうにない。
だから別の獲物を探した。ちょうど、近くに3人組がいた。
念のため、贄が足りないと言われても困るから全員捕まえて捧げようと思った。
私は魔法で探知した3人組の前に出た。
そして、そこで見たのは3人の黒髪の生徒だった。
私のルームメイト、唯一私を慰めてくれた、ハルナだった。
3人は3人とも恐怖で動けなくなっているみたいで、簡単に捕獲できそうであった。
木の上から矢が飛んできたが、悪魔が私を乗っ取るために展開している黒い液体は貫けない。
私はそれを無視して3人とも捕まえようと思った。
3人いれば確実だ。
だが、手を伸ばした直後、私に躊躇いが生まれた。1人分の体を奪わせないための贄だから、2人いれば足りるはず、だから、ハルナだけなら逃がしてもいいのではないか?
そう思い、私は黒魔法で触手を作り黒髪2人を拘束、そして首を抑えて締め落とす。ハルナだけは放置した。
ハルナは、顔を青ざめさせながら逃げていった。
振り向く際、キラリと目元から雫が落ちたのが私の心に刺さった。
あぁ、この2人は私にとってはなんでもない有象無象だけど、ハルナにとっては友達だったんだろう。
それを考えてはいなかった。でも、たとえ何を犠牲にしてでも私は死にたくはなかった。
自分が死んだ世界のことなんて考えられなかった。
「ぁく、ま、……代わり、こぇ、ゅたり……」
『おお、感心感心、もう2人捕まえましたか。う〜んこれなら出血大サービスで』
私は助かるんだな、悪魔の言葉を聞き終わる前にそう思ったが、悪魔はやっぱり悪魔で、なんでそう呼ばれるのかがわかったような気がした。
『先程捕獲に使った分の力と、あと午前中に使った分の10分の1の対価としましょう』
「な、ぁ?」
それじゃあ、同じペースで捕まえてもあと18人捕まえないといけないじゃない!!
そんなの……いや、背に腹は変えられない。幸いまだ近くに2人いるからそれを捕まえれば。
私は明らかに生徒ではない弓使いと、魔法使いを捕まえんと動き出した。
だが、その2人は前の2人と違って簡単に捕まえさせてはくれなかった。
時間だけが使われていく。そのことに私は少し焦りを感じていた。
力を使えば、また対価が必要になる。
これ以上力を使えば2人捕まえても収支マイナスなのでは?
考えたくない私はただただ心を無にしてあがき始めた。
そして時間をかけすぎて、教師フワが私の前に立ちはだかるのを許してしまった。
獲物が増えた、と思うよりも先に邪魔が増えたと私は思った。
そして、ここで悪魔が私にさらに甘い誘惑を追い打ちとしてかけていく。
『あの黒髪の少女を捧げれば、午前中に使った分の贄はチャラということにしてあげましょう。あなたはあれが殺したかったのでしょう? 悪い話ではないはずです』
私は三度、その誘惑に乗った。
ブックマーク、pt評価をお願いします




