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悪魔の誘惑


やった。

殺ってしまった。私は職員寮を飛び出し、暗い空の下を駆け抜ける。

私が今纏っているマントは、我がクーデレランス家に代々伝わる魔道具の1つで、名を『悪魔の外套』と言った。

誰がこの名前をつけたか、という記録は残っていないが、この名前の由来だけはきちんと残っている。

この外套の名前の由来は人を易々と悪の道に、堕落の道に引き入れる力を秘めているところから来ているらしい。と言っても、この外套自体にそんな力はない。

この外套の効果はあくまで魔力を込めるとその間、周りの人間から自分であると認識されなくなるというものだった。


父は私が学園に入る際にこれで自分の身を守れと言って渡してくれた。

貰った当初は、こんなものは必要ない、私は自分の力だけでどんなことでも成し遂げて見せると息巻いていたのだが、こうして使ってみるとこの外套の有用性がありありと理解できた。


私は外套に魔力を込めながら、学園の女子寮に向けて走り抜ける。

目標は達成した。あの私を貶めてくれたフワとかいう教師に目にものを見せてやることはできた。

だからもうゆっくりと帰っていいはずなのだが、どうにも気分が落ち着かずに私は走り続けた。



そして、誰にも気づかれないまま私は自分にあてがわれた部屋に戻る。

部屋に入って中を見るとルームメイトがもうすでに帰ってきていた。ベッドの上でだらしなく寝っ転がりながら私の方を見ている。


「お帰りアリナさん。遅かったけど、何かあったの?」


彼女はこうして寮生活が始まるまで面識のなかった人間だ。

黒髪黒目とわりと珍しい見た目をしており、どこか危機感にかけているようにも思えるのが特徴だ。彼女は私があの教師に貶められて蔑まれている間も、こうして変わらず接してくれた。


貴族ではないが、見るところはある人間だ。


「別に、なんでもありませんわ。忘れ物をしているのに気がついたから取りに帰っていただけですの」


私のことをばかにした目をで見ない彼女になら、別に本当のことを話してもいいかな、と一瞬思ったが、やめた。

どこに耳があるかはわからない。

おそらく平民だと言っても、王国が誇る学園の教師を殺したことがバレれば問題の1つや2つ起こるかもしれないと思ったからだ。


私はもう魔力を込めることをやめていた外套を自分のベッドの方に放り投げた。

真っ黒な外套だ。そして、それは本当に悪魔が身につけていたと言われても、使った今なら信じてしまいそうな魅力があった。


正直、私自身ここまでうまくことが運ぶとは思っていなかった。

本当なら今日は後をつけてどこで寝泊まりしているのかを特定して、あとは家の者にやらせるつもりだった。

だが、あまりにも相手がこちらに気づかないものだからつい、最後まで自分の手で終わらせてしまったのだ。


私はそっと外套の表面を撫でる。


先ほどまで私が見に纏っていたからだろう。どこか生暖かく、そして絹のような手触りのそれは触っていると少し心地よかった。

あぁ……これがあれば、私を馬鹿にしている奴らを片っ端から裁けますわね。

私は次は誰を、などと物騒なことを考えていることに気がつき、とっさに頭を振って外套から手を離した。


触っている最中は安心感のあるものだったが、手を離せば途端と不気味にも見えるから不思議なものだ。


「アリナさん、どうかしたの?」


その行動を見ていたルームメイトのハルナが首を傾げてこちらを見てくる。


「なんでもありませんわ。ですが、今日は疲れましたから私はもう寝ますわ」


適当にごまかして私は眠りにつくためにベッドに横になった。

外套を元あった場所に収納するのが面倒なので、私はそれを踏みつけたまま目を閉じた。


学園生活に対する障害の排除ができたという達成感からか、私は程なくして眠りについた。









そしてその夜






夢を見た。

悪夢だった。


ーーーードウシテ、ドウシテ?

そんな言葉を喋る人型の生き物がゆらゆらと体を揺らしながらこちらに近づいてくる夢。

頭を下に向けており、なぜか20センチほど高い場所に立っている私の場所からは顔が見えない。

ただ、喉元に何か刺さっているのは見えた。どこかで見覚えのあるものだった。


ゆらゆらと、体を揺らしながら近づいてくる人型。

どういうわけか、私の体は動かなかった。


ーーーードウシテ?

ーーーードウシテ?

ーーーードウシテ?

ーーーードウシテ?


耳をすませば、あらゆる方向からその声は聞こえた。

耳をすませば、どうやら後ろや左右からも近づいてきているのだとわかった。依然として体は動かず視線も固定されたままだから確認は取れなかった。


ジリジリと近づいてくる人型。


その口はやはり「ドウシテ」とつぶやいている。


ドウシテですって? そんなこと私に聞いてるんじゃないですわよ!!

私は怒る。だが、口が動かないから声もでない。



ゆっくり近づいてきた人型、結局私の体はそれが触れるような位置に来ても動くことはなかった。


その頃になると同じことを呟きながら近づいてくる得体の知れない者に対する怒りよりも、これから自分がどうなるのだろうという恐怖という感情が前に出てくるようになっていた。


このっ、あっちに行きなさい!!


さけぼうとするが 、やはり口は動かない。自分の得意な無詠唱魔法を使って吹き飛ばそうとするも、魔法が発動する気配はない。



そしてついに、人型の手は私をつかんだ。

私は小さくだが心の中でだけ悲鳴をあげた。ゾゾゾっと、体に悪寒が走った。


そして私の体をつかんだ人型はそこでようやく顔を上げる。


「「「「ドウシテ?」」」」


その顔を見た瞬間、私は目を覚ました。














「きゃああああああああああ!!」


「えっ!? 何!? アリナさんどうかした!?」

悲鳴とともに飛び起きた私に、先に起きていたハルナが問いかける。

目覚めたばかりの私の体は汗にまみれていた。

その原因は先ほどの夢であろう。夢とは起きて仕舞えば忘れるもの、私の人生で学んだことの1つであったが、今日見た夢は起きてしまった今でも鮮明に思い出せた。


ゆらゆらと揺れる人型、それが顔を上げた時、そこにあったのは昨日殺してしまった一人の人間の顔だった。

悪夢でそれを見たからか、私の心には急に罪悪感

現れる。


私は自分の手に視線を落とした。


ズプズプと首にナイフが刺さっていく感触が思い出せる。やった時は快感だった。だが、今感じてるのは罪悪感だった。

本当にこれで良かったのだろうか?

そんなことを思い始めた。


「アリナさん? 具合が悪そうだけど、大丈夫なの?」

「え? えぇ大丈夫ですわ。ちょっと怖い夢を見てしまって、それで動揺していただけですの」


心配したような目で見てくるハルナに、私は気丈に振舞ってみせた。

クーデレランス家の人間は弱いところは見せられない。

私は自分にそう言い聞かせて立ち上がった。

そういえば、昨日は帰ってすぐに眠ってしまったから身を清めていなかった。それに気づいた私は汗を流すべくシャワールームに入る。


「ハルナ、私はシャワーを浴びてから行きますので、今日は一人で行ってくださいまし」

「わかったよ」


小さく言葉を交わしてから私はシャワーを浴び始めた。べたついた体を洗い流されて少しだけ気分が良くなった。

そしてシャワーを浴び終わった私は制服に着替え、そしてベッドの上で広げられていた外套をカバンに詰めてクラスルームに向かった。


この時間なら、朝のホームルームギリギリだけど間に合いそうですわ。


私はそう判断してさほど急ぐことなく優雅に歩いてクラスルームに向かった。

そして、自分のクラスの教室に入る直前、私は信じられないものを目にした。



「な……ん、で? 確かに、この手で……やった、はず、ですわ……?」


それは、1ーAのクラスのドアを開き、中に入ろうとしている教師ーーーーフワの姿だった。


信じられないものを目にした私は、少しの間そこで呆然としていた。

だが、またあれを殺せると考えると少しだけだが心が踊った。また、あの突き刺す時の快感を得られる。

それを思うと、不思議と顔に笑みが浮かび上がる。



『君は、よっぽど誰かを憎んでいるんだね』


そんな私の耳に、カバンの中から声が聞こえた。

その声はどこか甘いものだった。

私は、その声に誘われるように右手をカバンに突っ込んだ。

手にはサラサラの生地でどこか生暖かいものが触れていた。




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