探偵ごっこのようなもの
当たり前ではあるが妾が引き継いだ決闘は圧勝に終わった。
フワのやつが生徒を傷つけることのないようにと苦心していたみたいなので、妾がその苦労を無駄にしてはならんと思ってちょっと感覚を奪ってみればこれが大成功だった。
視覚を奪っただけで魔術は制御を失っておったし、聴覚を奪えば歩くことすら難しくなっておった。あとは触覚を奪えば何も感じぬ闇の中を演出でき、それで反省を促せると思うたのだが、ミリータに止められてしもうたのでな。
最後までやりきれんかった。
多分であるが、またあの娘っ子───改めアリナ──はいつか突っかかってくるだろうな。
そうなった時、フワはどのように対応するやら、少し楽しみである。
「ん……ここは?」
『お主の部屋だ。外を見ればわかると思うが今は圧倒的夜中である。起きるにはまだ早いぞ』
「あれ? 確か私、決闘をしてて…」
『お主の勝ちで終わりだったぞ。そんな些細なことを気にせんで早く寝よ。明日も仕事があるのであろう?』
「それは…そうだね」
今になってようやく気絶から目覚めたフワ、初めての仕事で疲れておったのだろう。
起きて早々、眠りについた。妾の視界は基本的にはフワとリンクしておるため、同時に妾の視界も再び暗くなった。
すぅすぅと聞こえてくる寝息を聞いて妾はもうやることもなかろうと思い、眠ることにした。
睡眠は大切だ。如何に妾と言えど、寝んとイライラしてくるのでな。
そして朝、フワは気絶を含めてぐっすり眠ったのだろう。
朝からシャッキリとしておった。フワの起床につられて妾も起きる。別に寝ておっても良いのだが、それで何か面白いイベントを見逃すのはつまらんからな。
「おはようアイディ、今日も1日頑張ろうね」
『阿呆、頑張るのはお主1人である』
朝起きるとフワは真っ先に妾に挨拶をしてくる。その心掛けは良いとは思うが、そこまで妾のことを気にせんでもいいのにとも思うておる。
フワは素早く身支度を済ませて寮を出た。
そしてまずは職員室に向かう。
その途中、こちらを遠巻きに眺めておるような視線がいくつも感じられた。
見れば、生徒たちがフワの方を見ながら何やら話をしておるようであった。
「おはようございます」
フワは挨拶をしながら職員室に入る。まだ来ておる教師の方が少なく、おっても自分のことで手一杯な教師は片手間にフワに返事を返すだけであった。
「おはようございます! フワ先生!!」
一番元気があったのはミリータだった。こやつは目の下に隈を作っておった。
人間は徹夜明けになるとテンションがハイになる、と聞いたことがあったが、実際にそれを見てみるとなかなかどうして、奇怪な現象であるなと思った。
眠いなら寝れば良い、疲れたなら休めば良いのにどうして人間はこんなにも必死になって働くのであろうな?
昔、配下の1人から何か聞いたような気がするが─────ううむ、なんであったか?
フワは職員室で少しの間時間を潰し、そしてクラスでの朝のホームルームのために教室へ向かった。やはり、視線があるな。
当人は気づいておらんみたいだ。
「皆さんおはようございます。ホームルームを始めるので座ってくださーい」
教室に入ったフワは騒がしくしておった生徒たちに座って静かにするように促した。
それから、連絡事項をいくつか伝える、といった流れでホームルームを進めていく。
その途中で、やっとこやつも違和感に気がついたのだろう。
明らかに生徒たちとの距離が開いておることによって起こる違和感に。
あ、一応言うておくが距離というのは精神的なものであって物理的な距離ではないぞ。
フワは近くにいた男子に目を向ける。
さっーーーっと目をそらされておった。
「………」
フワは何も言わんかったし、表情にも出さんかったが悲しんでおった。
「ホームルームを終わります」
それから連絡事項を話し終えたフワはトボトボと教室から出て行ってしまった。
昨日はホームルームが終わった後は自分の講義の時間までは教室にとどまって生徒たちと話をしたりしておったのだが、フワは今日はそれをせずに出て行ったのだ。
そして、そのまま職員用トイレ(女子用)に入って誰もいないことを確認して声を出した。
「ねぇアイディ、なんかみんなに避けられている気がするんだけど……これって気のせいかな?」
『避けられておるかは知らんが、明らかに奇異の目で見られておったのは確かであるの』
「何が原因かわからない?」
『ふぅむ、原因か……』
昨日の時点では生徒たちはまだ普通に接しておったように見えた。
となると、昨日と今日の間に何かがあったということか……
しかし、その間にあったことといえば講義と決闘くらいだしの。
講義は恙無く終わっておったし、決闘は誰も怪我をしないはっぴーえんどで終わっておった。
結論
『わからぬ』
「だよねぇ……う〜ん、原因がわからないからどう動いたらいいのかわからないね」
フワは1人トイレの個室でう〜んう〜んとうなっておった。
今は誰もおらんからよいが、人が入ってきたら便秘とでも思われそうであるの。
『それより、今日は講義はよいのか?』
「私は今日はないの。だから、今からこの避けられている現象の原因を突き止めるために動こうと思うわ」
『お主、他の仕事とかはないのかの?』
「特にないわ。昨日書類仕事をやってて気づいたけど、この体はすごいスペックがいいの。昨日のうちに近いものは全部終わってるの」
こやつ、今の言い分だと妾の体の高性能さを今知ったみたいではないか?
今や自分の体だというのに、自覚するのが遅すぎやしないかの?妾がそう呆れておる間にフワはこの現象の原因を突き止めるために動く決心をした。
ばーん!!
と勢いよくトイレの扉を開く。カッコ良く出発しようとしたのであろうが、場所が場所なだけにかなりダサくなっておる。
『しかし調べると言うてもあてはあるのかの?』
「とにかく足で稼ぐ。それが捜査の基本よ」
捜査とな? こやつは前世でベッド生活する前は実は探偵だったとかかの?
最初に最低限の記憶を読み取った以外には記憶を見ておらんので、そこらへんは少し気になっておる。妾が今、フワのことで持っておる情報と言えば前世は病弱で、伴侶と娘がおって、そして妾に似たきゃらくたあをげえむで作っておったことだけだ。
後、死因が窒息死だと言うことも知っておったの。
フワはとにかく学内を動き回った。
足で捜査する、などと言うてもどうするのであろうな?
そこらへんの生徒を捕まえて「私が避けられている原因知らない?」と問いかけるなどということはないだろうが……
フワはまずは自分から距離を置こうとしている生徒を探すことにしていた。
代表例で言えばクラスのものとかだな。しかし奴らはこの時間、講義を受けねばならんみたいなので話を聞くことはできんかった。
『奴らに話を聞きたかったのならなぜあの場で聞かんかったと言いたいの』
「だってぇ! ショックだったから」
『して、次はどうするつもりだ?』
「聞き込みをしたいところだけど、そう気軽に聞けそうな人なんてーーーーーあ、学園長」
「ひっ!? フワ先生? どうかしましたか?」
こやつ、今フワの顔を見て悲鳴をあげおったな。こやつの小心者な態度は日に日に酷うなっておるような気がするの。
疲れておるのだろうか?
というかこやつ、どこにでも出てくるの。
もしかして探せば2、3人くらい同じやつが出てくるのではなかろうか?
「学園長、実は私生徒たちに遠巻きにされている気がするんです」
「そうでしたか。ど、どうしてでしょうね?」
「それを知りたいんですけど、学園長何か心当たりありませんか?」
「それはもちろんーーーあ、えっと。ありませんわ。私は学園長ではありますが、学園内の出来事全てを把握しているわけではありませんので」
「ですよね。へんなこと聞いてすみませんでした」
「いいえ、教職員の不満を聞くのも私の役目の1つですから……」
ミリータはそう言って逃げるように立ち去ってしまった。
ミリータと別れた後もフワは何か手がかりはないかを探し始めた。
しかし特に大したものは見つからんかった。
そもそも、フワを避けておる生徒は実は一部だけであったのだ。
大部分はフワが目の前を通っても何も気にしておらんかった。
大した手がかりがないのと、一部分にだけフワを避ける生徒が出てきたのとを組み合わせてフワは1つの仮説を立てた。
「アイディ、こういうのはどうだろう。私の行動が原因ではなく、私がこのように認識されるに至らせた犯人が別にいるのではないか、というのは」
フワは阿呆だが頭の回転は悪くはなかった。たしかに、妾もその可能性は考慮しておった。
そして、それが真実なら犯人は間違いなくアリナとかいう小娘であろうな。
『良いのではないか? これからはその視点で捜索するのかの?』
「いいや? 避けられる原因を真っ先に他人に求めるのは違うと思うの。きっと何か、私に至らない点があるっていうのが本命よ」
『ならさっきのはなんだったのかの?』
「単なる思いつきで言ってみただけ、疲れたからちょっと休憩しましょうか」
午前中は手がかり探しに時間を使ってしまったため、もう昼時になっておった。
フワは職員なら無料で食事ができると評判の学食に足を運んだ。そこで日替わりランチを頼みそれを食しておった。
そして、フワが飯を食ったということは妾の仕事だ。
胃袋──に似た腹部にある袋───に入ってくる食い物を魔力に分解して体に取り込む仕事だ。
これが意外に難しい。
妾が妾であった頃には食事なんぞせんかったから、かなり不慣れな作業なのだ。しかしこれを怠ると体内から異臭がし始めるので放置はできん。
加えてフワはこれをやらんのだ。
多分だけど、初めて妾の体で食事をした時から妾が黙って分解しておるから消化器官が備わっておると勘違いしておるのだろうな。
妾がせっせと腹の中のものを魔力に変えておる時、フワの目はどこか遠くを見据えていた。
集中しておる妾は特に気にも留めていなかったが、ちらりとそちらに意識を向けるとフワがどこか焦ったみたいだった。
『どうかしたのかの?』
「3人で1人を取り囲んでどっかに行こうとしているわ。あれっていじめの現場かしら? だとしたら止めないと……」
『どれ、ふむ、止めるなら早く行ったらどうだ? 迷っても始まらんぞ?』
「そうだね。私行くよ」
フワは食べかけの昼食をほっぽりだして立ち上がり、そのままいま見ていた方向へと走って行った。
ブックマーク、pt評価お願いします




