第65話 〜ご飯を食べる時は、マナーを守ろう〜
『S』クラス全員と俺達二人が模擬戦をした翌日である今日から俺とエルシャは本格的に授業に参加する事になった。
え、模擬戦の後に授業をしなかったのかって?
勿論していたとも。
しかし、俺とエルシャはただ静かにその授業風景を聞きながら眺めていただけ。
何故そうなっていたのかと言うと、俺達は途中からの参加入なので今は何処らへんを教えているのかを理解するためだ。
俺は元より、この世界に来てからの一年間は創造神のシロナが付きっきりで教えてくれていたので何処をどうな風に教えているのかを聞けば大抵はすぐに理解できる。
対してエルシャは、そもそもからして勉強なんてしてこなかったから、今は聞くに徹しているように言っておいたのだ。
授業風景としては、向こうとあまり変わらなく、大きな黒板の前の教壇に教師が立って行われている。
ただし、模擬戦の後だからか全員が疲弊ししている。中には、心が折れているのでは? と思ってしまうくらいに落ち込んでいる生徒や疲れ果てて寝入りそうになっているのも数人居る。
それだけ自分達の実力に自信があったのだろう。
まぁ、それも俺達の前には意味を成さなかったようだが。
それによりその日の全教科はただ聞いていただけであった。
エルシャには後で宿屋に帰ったらそこら辺を軽くわかり易く教えるつもりではある。エルシャはけして物覚えはそこまで悪くわないので、問題はないだろう。
解らなければ、俺に聞くように言っているし。
今日の一時限目の授業はアーテラルの地理に関する内容だった。
「えー、であるからして、私たち人族はこの世界で一番その数が多く居ます。しかし、それは必ずしも良い事だけではなく、悪い面もあります」
地理の担当をしている初老の男性教師がいろいろ語っている。
そこは既に習った所なので軽く聞き流し、重要そうな所だけノートに書き記す。
その横ではエルシャが真剣に授業に聞き入り、ノートに対っている。
「人口が増えれば、それだけ場所を確保する必要があります。それは広ければ広いほど良いと考えられていました。しかし、土地も限りがあればそれを獲得するために争いが起きるものです。各種族同士が争い、より豊かで、より広い土地を得る事で、その果てにできたのが現在の国だとされています」
豊かな生活、広大な土地、その今現在をなしている裏では過去に幾度と無く争いが起こり、その度に領土が増えたり減ったりを繰り返している。しかし、その反面、争いが起こればそれだけ多くの人々が苦しみ、死んでいくことでもある。
この点は、日本という島国に生まれ育った俺達にも同じ事が言われるだろう。
今の世が出来る前はそれは荒れに荒れまくっていたそうで。
領地があればそこを治める人が生まれ、その人がさらに自身の領土を広げたいと野心を持てば起こるのは争いのみ。
「しかし、ここで問題が起こりました」
「問題ですか?」
「その通り」
教師が言う問題とは何か。
「問題と言うのは二つ。一つは人口の減少。これは度重なる戦争で多くの人々が死んでいったことにより、国としての機能が働かなくなってしまったからです」
まぁ、これも至極当然ではあるか。
物を作るにしても人がいる。
例えば剣は、鋼を何度も叩いて鍛え、炉に石炭や木炭を焚べ、それを繰り返す。
物を作るための材料も人がいる。
例えば木彫りの彫刻を作る人がいるとして、その材料の木は何処から持ち込むのか?
答えは山や林から伐採し持ち込む。
こんな感じで、必ず何かしらのところで人が必要になる。
「二つ目が、わたしたち人間やエルフ、ドワーフや獣人といった者達にとっての敵対者が現れたことです。それでは、え〜と……リーベさん、答えてください」
「はい。ワタクシたちの天敵となる敵対者は魔族と言われています」
「その通りですね」
教師が言うようにこの世界には人間や獣人達にとっての敵対者が存在している。
それが“魔族”と呼ばれる存在。
それに関して俺はシロナから聞かされている。
魔族はある存在の悪意によって生み出されていると言う。
それがどんな存在なのかは詳しくは教えてもらえていないが、そんな事ができる程の高次元の存在。
放っておけばどれ程の被害が出るのか分かったものではない。
「魔族は私達より身体能力も魔力も高く、生命力も強いときた。これに対抗するために、今まで敵対していた者同士は手を取り合い、国を興し戦ってきたのです」
キーンコーンカーンコーン
授業が進み、授業終了を知らせるチャイムが鳴る。
「それでは、今日はここまで」
教師は教材をまとめて教室を出ていく。それに合わせて生徒達は次の授業な準備に取り掛かる。
〜・・・〜 〜・・・〜
午前の授業は全て終わり、昼休憩になる。
この後も授業はあるが、今は食堂で昼飯にする。
俺達は学園に併設されている食堂に向かいながら話していた。
「エルシャ、学園の授業はどうだ?」
俺は何の気無しに横を歩いているエルシャに聞いてみる。
「そうですね。まだ、通い始めたばかりなので、何とも言えませんが楽しいとは感じています」
その時のエルシャの顔は本当に楽しそうに見えた。
俺はそれか嬉しくて、微笑んでしまう。これは、連れてきたのは正解だったかな。
「そうか、どこら辺が楽しい?」
「そうですね。私は元より冒険者ですから、それに関して必要だと感じるものだけを選別して考えてしまいますが、この学園に居るのは私みたいな者だけでは無いですからね」
「まぁな、ここには俺達みたいな冒険者を目指す者も居るかも知れないが、ほとんどは国を守る騎士や宮廷魔術師を目指しているのがほとんどだ」
「でも、騎士とか宮廷魔術師って、すごく忙しいイメージがあるんですけど」
「だな」
俺はそこまで各国の情勢、特に政治に詳しいわけではない。
それどころか、無駄な話し合いで時間を掛けたり頭が痛くなりそうな議題ばかりを話すので、あまり関心が行かない。それが、国を良くするものなら良いのだが、中には見当違いな事をぬかすボケたれが居るので、会議や話し合いなんて混迷に帰する事は目に見える。
そんなのこんなで、決められた事を騎士や宮廷役人達が動いて回すことになる。
それに従わされる者たちの身にもなれと言う話だ。
「俺は騎士とか、宮廷魔術師とかそんなものに興味はない。俺からしたら、余計な足枷が増えるだけで身動きが取りにくくて仕方ない」
「まあ、国に仕えたら、それだけしがらみが付き纏いますからね」
エルシャも苦笑しながら同意する。
そんなこんなと話し合っていたら、いつの間にか食堂に付いていた。
ここの食堂は、全生徒と教師を入れたとしてもまだまだ余裕が残るくらいに広く、そこで出される昼食も品揃えのレパートリーが豊富で飽きることなく美味しくいただける。
「今日は何にしようかな」
ここでは各自で食べたい料理を決め、それを券売機? みたいな魔術具に刻まれている料理名を押す事でそれが記された紙が出てくる。
「俺は、パンとメティオンスープ、グロースボアのステーキ、鈴鹿獣の肉野菜炒めにするかな」
「なら私は、パンとフィームシチュー、あとルルネ鳥の香辛料炒めとシャサの実のシャーベットですかね」
二人で決めた俺達は揃って券売機魔術具に料理名を押して紙を出す。それを受付に出す事十分、俺達の注文した料理がやってきたので、それを持って空いてる席を探して座る。
「「いただきます」」
俺達は声を揃えて、礼をする。
これに関してはこの世界でも同じらしく、いただきますを言うらしいが、貴族なんかはその前に長ったらしい言葉を付けてから言うらしい。
俺としては、それに何か意味があるのか? と言わざるおえないが言わないでおこう。
「やっぱり美味いな、ここの料理」
「そうですね。冒険者していたら、絶対にいただけませんよ」
俺が注文した料理のメティオンスープ、グロースボアのステーキ、鈴鹿獣の肉野菜炒め。
メティオンスープのメティオンは、言ってしまえば地球の玉ねぎの様な野菜だ。しかし、大きさはそこまで大きくなる事はなく、5ゼア程の大きさで、味は玉ねぎとそこまで変わらない。
グロースボアは全身真っ黒な猪の魔物で、常に群れで行動している。
鈴鹿獣は見た目は鹿とあまり変わらないが、黄金色の体毛と行動を起こす度にシャラン、シャランと鈴が鳴るような音を響かせる事から鈴鹿獣と名付けられた。
それらに舌鼓を打ち堪能する。
その時だった。
「おいっ!」
横合いから突然声がかけられた。
そちらを見れば、そこには見知らぬ生徒がガンを飛ばして見てくる。
「誰だ、お前?」
俺は面識の無いその生徒が誰なのか分からなかったので訪ねてみる。
そいつは偉そうに名乗りを上げる。
「オレはクラディール伯爵家次期当主。ゼネリス・クラディールだ!」
「あっそ。俺はタクト・ツガナシだけど」
「ふん。そんな事は知っている。次の授業では『Sクラス』と『Aクラス』の合同で行われる。その時に、貴様らの化けの皮を剥がしてくれる」
「化けの皮?」
何を言っているんだ? と訝しむ俺。
そんな俺の態度が気に入らなかったのか、さらに気勢を強めてくる。
「知れた事! 貴様ら冒険者風情が、由緒正しいこの学園に通えているのがおかしいのだ!」
「おかしいって、何がおかしいんだ?」
こいつの言っていることが理解できず、首を傾げる。
「この学園は厳正な試験の下、合格した生徒だけが通うことが許された場所だ。それを貴様らは、陛下の権力に縋り、途中編入などと言う愚かな行為に手を出した。これは許されざる事だ」
つまりこいつが言いたいのは、俺とエルシャが皇王陛下の権力でこの学園に編入させてもらう為に皇王陛下に擦り寄ったクズ野郎だと言いたいらしい。
それに対して俺の態度は、
「ふ〜ん」
だけであった。
「それだけか?」
「ナニ?!」
「だから、それだけかって聞いてんの」
俺は呆れながら、そして関心少な目もしくは関心なく聞き返す。その手に持つスプーンは自分の前にある料理から離れることなく、料理を掬っては口に運んで粗食する。
エルシャも特段気にする事なく食べ進める。昔のエルシャなら気が気でなかっただろうが、今ではまったくと言っていいほど気にしていない。
そんな俺と、俺の前に座るエルシャの姿から自分がまったく意識されていないと知り、怒鳴り散らしてくる。
「貴様ら! このオレに向かって何たる……………っ」
態度だ!? と怒鳴ろうとしたのだろうが、その前に俺が動きぜネリスの背後に回り込んで首にステーキを切るためのナイフを突きつける。
「いい加減、うるせえんだよ。飯の時間ぐらい静かにできないのか?」
度重なる怒声と喧しさについにプッツンきて、怒りのあまりぜネリスの目に見えない速度で椅子から立ち上がりそのまま後ろに回り込む。
俺の動きに付いてこられなかったゼネリスは俺が瞬間移動し、自分の背後に突然現れたかのように思えることだろう。
実際は、単に相手の意識の隙間に入り込む動きと速度で動いただけである。
そして、俺は何時でもお前を殺せるぞ、と示威する様にナイフの先端をツンツン、もしくはチクチクと首筋に刺して示す。
「っ!?」
それに気付き、自分が今如何に危機的状況にあるのか理解したようだ。
「分かったか? 理解したか? お前の前にいる俺はこんなにも簡単にお前の首を掻っ切る事ができる存在だ。相手との実力差も理解できないお前や、この学園に通っている程度の奴に負けるほど俺達は弱くねえんだよ」
言い終えると、俺はナイフをそっと外し空中に生み出した水球に刃の所だけ浸けて洗う。
さすがの俺でも、誰かの肌に触れたナイフでステーキを切って食べようとは思わなかったのでそうしている。
「くっ!?」
タタタッと俺達から駆け足で離れていく背を見て、俺は座り直して食べ始める。
すると、今度は向かいの席から声がかけられた。
「良かったんですか、あんな事して。相手は貴族ですよ?」
エルシャは今しがた俺が追い払った奴について心配しているようだ。
しかし、それに関しては問題なかった。
「それなら気にしなくてもいいぞ」
「どうしてですか? 彼も言ってましたが、彼は伯爵家の人間なんですよ?」
「だからさ。そんな事を気にすることも無いんだよ」
俺は安心させるように言い聞かせる。
「この学園では、身分を笠に来て何かを成すことは禁じられている訳ではないが、あまり良いことだとは思われていない」
「まあ、そうですね」
「それでもし、あいつが自分の家の権力で俺達にちょっかいをかけてこようとしたなら、それを逆手に取る事だって可能だ」
「逆手に取る、ですか」
「そう」
学園の管轄内なら実力で潰す事だって可能だが、相手側がその実力差に気づく事なく絡んでくるなら向こうが嫌がりそうな事をやってやれば良いと考えている。
「そんな訳で、今は気にするな。でも、何かあったら必ず言えよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「さあて、さっさと食って次の授業に行くか」
「はい」




