第63話 〜手加減 エルシャPart〜
私はタクトさんと別れ、目の前のこれから一緒に学ぶクラスメイトの十人に向かい合う。
先程の彼らのやり取りから、ある程度の力量は把握できた。
端的に言って、弱すぎる。
まぁ、タクトさんと出会う以前の自分と比べれば、まだマシかも知れないが、タクトさんと出会い、魔術の基礎の魔力操作から鍛え上げた私からしたらお粗末もいいところ。タクトさんとは比べるにも及ばずだ。
魔力は常に魔蔵と呼ばれる器官から生み出され続け、身体に巡る血管に沿うように走る魔脈を通り巡る。
ただし拓斗を含め地球の人間はこの魔蔵を有してはおらず、代わりに異能を使うために地球独自の力がある、それは『霊力』と呼ばれるもので、それは心臓から生まれる物である。
それを消費する事によって異能を行使する。
この『霊力』も鍛える事でその総量を増やす事ができ、さらに付随する効果として寿命が少しずつではあるが延びる事まである。
それは何故か。
『霊力』の霊は霊魂、つまりは魂に密接に関係するものだ。
それ故に、魂の強さは想いの強さであると同時に、現世に残りたいという未練と言うなの楔を打ち込む。
だから、地球の各地に地縛霊や守護霊、悪霊と言った存在が確認されている。
それをふまえて言えば、例え異能を発現させていなかったとしても、その『霊力』が身体を強化する作用を起こし、それが生じて寿命が延びると言うことになる。
Q,それではここで問題だ。
拓斗には『霊力』を作る心臓はあるが、魔力を作る魔蔵は存在しない。
では、どうやって魔力を作っているのか?
A,答えは「後付けで作った」だ。
シロナから全属性の適性が与えられたとしても、それを使うための魔力を作る器官が無ければ意味がない。
ならどうするか。
だったら、「作ってしまえばいい」と。
後で分かった事だが、この世界の魔術は霊力でも魔力の代用はでき、魔術を発動する事は出来た。
なら、それは作り損では無いのかと考えるであろうが、俺は違う。
敵と相対した時、魔力は使えても魔術が使えないなんて状況に陥った時、霊力で魔術を行使したらどうなるか。
答えは、使えた、だ。
いろいろ調べた結果、どうして魔力で魔術が発揮されることは無かったのに、霊力でなら出来たのか。
それは魔術の術式と魔力の間に齟齬が生じ、それによって魔術が使えなくなるのだ。
これを利用して出来たのが魔術具『魔封の枷』。着けられたら最後、外されるまで魔術が使えなくなる魔術具。
しかし、霊力で行使される魔術はどう言う訳か扱えた。考えられるのは、魔術の性質が変わった事だ。
霊力は本来、異能を発動させる為の物で魔術を使うためのものでは無い。だから、霊力で発動された魔術は異能にその性質が近いのではないのかと拓斗は考えた。
結果は、正しくその通りであった。その後は、異能を使う時だけでなく魔術を行使する時にも霊力が使われるようになった。
私は先ず、タクトさんから魔蔵から生み出される魔力を感じ取れるようになる様に言われ、そこから魔脈に少しづつ流し込み、今まで使ってこなかった事で不調をきたしている可能性のある魔脈を整え、鍛える事をしていた。
それは今も忘れる事なくやり続けている。
今では、無意識に魔力を全身に巡らせ循環させられるようになった。
そこまでいけるようになるまでの道程を知っているからこそ、目の前の彼らの魔力の扱いの何と雑で粗い事か。
これでは魔力を長時間保たせることも出来ず、すぐにガス欠―――魔力欠乏に至る。
だからこそ分かる。
タクトさんがどれ程優れた存在なのかを。
彼らに教えている教師達が力不足なのかを。
「さあ、何処からでも掛かってきてください」
私は全身に薄っすらと魔力を纏わせ、何時でも動けるように構え、彼らが動くのを待つ。つまりは、先手をどうぞという訳だ。
「くそっ、舐めやがって!」
「落ち着け、レオニス」
「そうよ。ここは落ち着いて」
何やら彼らが話し合っているようだが、こちらに襲いかかってくる様子はない。
「どうしました。来ないのでしたら、こちらから行きますよ」
私は靴の底と地面との間に小さな魔法陣を作り、起爆させる。
ズドオオオンッッ
轟音を響かせ、一瞬にして彼らの目の前にまで到達し、魔術を放つ。
「紅蓮の火球よ、【轟火球】」
ズゴオオォォォンッッ!
「「「「「きゃあああああ!!」」」」」
「「「「「ぐああああああ!!」」」」」
威力低めのそこそこ大きめにした火球を三つ放てば、それを受けた『S』クラスの生徒達が吹き飛んでいく。
「えええ?」
その光景は予想外で、ほとんど牽制の意味合いしか含んでいないものであったため、ここまでの被害を出すとは思っていなかった。というか、彼らがまったく回避行動を取ろうとしていなかったのだ。
確かに、先制として火魔術での擬似的な高速移動でもって透きをついたが、まったく反応できなかったのは予想外と言うしかない。
「くそっ、何だよあの威力!?」
「あれが、本当に【轟火球】なのか!?」
「あり得ないわ! あんな威力の火球、私達でも使えないのに」
「それだけじゃない。その前のあの移動速度も異常だ」
生徒達は私の【轟火球】の威力と移動速度に慄いているようだった。
私やタクトさんからしてみればさっきのはまだまだであり、手加減しているのが丸わかりである。
「どうしたんですか? 『S』クラスとはこの程度なのですか?」
そう煽るように言うが、彼等は憎々しげにこちらを見てくるだけで反論してくることはなかった。
それだけ、今の一幕で自分達と私の間にある力の差を理解したのだろうが、それを受け入れる事が出来ないようだ。
「さぁ、早く立ってください。これは、貴方方が仕掛けてきた模擬戦です。まだ、戦闘不能になるには早すぎますよ」
悠然と立ち、彼らを見渡すが、立ち上がろうとしてはいるが、全くできていない。
「何なの、あんたは、何なのよ!?」
女子生徒の一人が私に問うてきます。
私は空中に視線を泳がせ、どう答えたものかと考えるが、私が言う事など決まりきっている。
「私はエルシャ・シグナート。魔術と武術を極めし【双極】のタクトの弟子です」
〜・・・〜 〜・・・〜
「魔術と、武術を極めているですって」
「ええ。今、あちらに居る十人、いえ、残りの九人と戦っている人が私の剣と魔術の師であり、世界最強の存在ですよ」
到底、貴方方如きが太刀打ちできる人ではないのです、と。
「そんな事、信じられる訳が………」
「そうですか。でしたら、これで終わらせましょう」
私の周りの空間が蜃気楼の様に歪み始める。それはその場所に濃密な魔力が滞留している事を意味し、同時にその魔力を膨大な熱量に変換されているからでもある。
そうして、紡がれるは今までに無い既存に存在するものとは全く違う詠唱。
「燃え盛れ紅蓮、それは全てを焼く赤き柱。汝に燃やせぬものわ無く、遍く全てを灰燼にする。ここに在りしは焔の意。【煌焔赤柱】」
ボゴアアアアアアアアアアアッ!!!
立ち上がる七本の焔の柱。それに内包される熱量によって空気が熱せられ、蜃気楼を発する。
「何より、これ」
「これはタクトさんが作った魔術の一つです。まあ、これでもまだ本気ではないのですよ」
おどけるように言い放った。
「さあ、どうします。まだ続けますか?」
そんな問い掛けに生徒達は立ち上がる気力すら起こることなく、へたり込んで呆然とするだけとなった。
その有様にため息が出る。
戦闘と言うにはあまりにもあまりな有様。
始まってまだ数分も経っていないのではないだろうか。
「はぁ、この程度の力量しか無いのに、あんな態度取るなんて、呆れを通り越して感心してしまいそうですよ」
私は未だに聞こえる戦闘音のする方に視線を向ければ、そちらではタクトさんがまだ生徒達と戦りあっていた。
 




