第57話 〜封魔晶石〜
「くそっ!! どうしてこんな事に!!」
悪態をつきながら男はそれでも走る足を止める事は無く、突き進み続けた。
その男こそ、皇国の地下にアジトを造る一つの犯罪者集団の頭目、バッカル・ザードアである。
彼が治め、纏め上げていたグループは少なく見積もっても百人は超える大集団であった。
それにより、今まで幾つもの犯罪行為を繰り返している。
例えば、恐喝や暴行、更には誘拐や傷害などといった犯罪を行っていた。
その中でも、誘拐してきた人間は闇市等で裏取引されたりされ、それ儲かった金銭がそのままバッカル達のグループに換算され、さらに多方向に手を伸ばされていく。
今日も今日とて、周辺の村や皇都から女子供を攫っては売り払おうとしていた。
そんな時に現れたのが、三人の少年少女達だった。
「何なんだ、アイツらは!? あんなデタラメな力、知らねえぞ!」
バッカルはさっきまで居た空間で起きた出来事を思い返していた。
少年は、自分たちに囚われている子供達を助け出す為に探しに向かい、その場に残ったのは少女二人と使い魔の魔物が一匹。
二人の少女は性質は違うが、どちらも見目麗しい美少女であった。
これは、捕まえて売ったら高値で買い取ってもらえると考え即座に行動に出たが、それが悪かった。
いや、そもそもからして、彼等に見つかった事こそが最悪だったのだ。
そこから始まったのは、少女達による一方的な蹂躪。
薄桃色の髪の少女が剣を振れば数人の配下達が薙ぎ払われ、魔術を使われればそれに巻き込まれ薙ぎ倒される者も何人も居た。
蜥蜴の魔物は、そのすばしっこさからこちらの隙きをついて奇襲をかけてくる。
しかし、黒髪の少女に至っては何をしてきたのか分からなかった。
その少女が何かを呟くと、バッカル達が理解出来ない出来事が起きるのだ。
呟くとイコール、魔術の発動という図式がこの世界では当然。魔術の発動には、「大いなる」から始まる詠唱を行い、最後に発動する魔術名を唱える事で行使される。
だが、黒髪の少女が唱える言葉はそれとはまったくの別物。バッカルが聞いたことの無い詠唱だった。
一つ唱えれば、少女に振るわれた剣が彼女を避けて通り過ぎる。
二つ唱えれば、その身に重しの如き戒めを受け。
三つ唱えれば、目に見えない何かに締め上げられる。
四つ唱えれば、自身の影から得体の知れない何かが這い上がって襲い掛かってくる。
今までに見たことが無い、出来事が相次いで起き、バッカルは即座にその場を逃げ出した。
「何なんだよっ、クソが!」
悪態を吐きながらも、頭の中にある道順を走り進む。バッカルが向かう先には、捕らえて違法奴隷にした者達を街の外に運び出す為に、それ等を詰め込む為の馬車が用意されている場所だった。
しかし、街には何処に目があるかは分からない。
中には、こちらが賄賂として幾らかのお金を握らせる事で黙らせる事が出来たとしても、それでも靡かない奴はいる。
そういう奴から逃れる為に、ちょっとした大きめの倉庫を造り、そこに荷物を運び込むのと運び出すのをカモフラージュしている。
いくつかの曲がり道を経て、倉庫に繋がる扉の前に辿り着くと、乱暴に開け放つ。
その勢いのまま、手近にある馬車に乗り込もうとしたが、目の前の光景に足を止める事となる。
「なん、だ、これは」
バッカルの目の前に広がるのは破壊し尽くされた幾つもの馬車の残骸と、馬の姿が一頭も見えない厩舎だった。
「どうなっている。いったい、何があったんだ!?」
周りを見回すが、倉庫自体にそこまで被害は無く、馬車のみが壊されていた。
「…………くっ、これじゃ逃げるにも」
「そう遠くには行けない、か?」
「っ!?」
ばっと後ろを振り返れば、そこには自分たちを蹂躪したあの少女達と一緒に居た少年が居た。
「何で、テメエがここに居る!?」
バッカルの問い掛けに、少年は不適な笑みを浮かべて答える。
「何故? そんなのは簡単だ。もう、お前以外の人間は捕まえている。あと動けるのは、」
スッと少年が人差し指をバッカルに向けて指差す。
「―――――お前だけだ」
〜・・・〜 〜・・・〜
「クソっ、どうやってここを嗅ぎ付けたのかは知らねえが、忌々しい!!」
憎々しげに俺を睨み付けてくるが、俺はそれを意にも解さずそよ風の如く受け流す。
「さあ、それじゃあ諦めて捕まってもらうとしようか」
「チッ、こんな所で、終われるか!」
俺はゆっくりとした歩調で近づいて行くと、バッカルは腰に吊るしている巾着袋から何かを取り出す。
それは手のひらに収まるくらいの大きさの結晶石だった。その内側には何かしらの術式の様なものが刻まれている様に見えたが、それが何かまでは視る事は出来なかった。
バッカルはその結晶石を振り上げて―――――地面に叩きつけて砕く。
「こんな所で使う予定では無かったが、そうも言ってられないか!」
砕け散った結晶石が光を放ち出すと、その内側に刻まれていた術式が空中に浮かび出す。
その術式を視て、俺はそれが何なのかを見抜き、驚愕する。
「お前、そんなモノをここで使うなんて何考えてやがる!?」
結晶石に刻まれた術式、それは俺が使う魔術の一つ、闇属性魔術に含まれるモノ。
召喚魔術だった。
そこから推察するに、さっきのアレは封魔晶石と呼ばれる魔術具である事が分かる。
封魔晶石は、ランダムにそこに刻まれた術式に込める魔力によって、様々な魔物を呼び出す魔術具だった。
「本当は、こんな所で使うつもりは無かったんだが、てめえ等が俺を追い込んだから使うんだ!!」
バッカルは狂気に染まった様な顔で言い放つ。
次第に、術式の放つ光が強まり、消えた後に居たのは、
「チッ、また面倒なのが出てきたな」
俺は封魔晶石から出てきた魔物を舌打ちしながら、睨みつける。
封魔晶石から出てきた魔物は、広く造られた倉庫を圧迫するかの様な感覚を与えるくらいの大きさをほこり、その姿は爬虫類(特に竜に近い)と虎をかけ合わせたような姿をしていた。
「は、ハッハハハッ!? おいおい、まじかよ! こんな化け物が出てくるなんてよ!!」
バッカルは興奮からか、笑い声を上げる。
「ギュアアアアアアアアアッ!」
ブオオオオオオオオオオオン
魔物は咆哮を上げ、身体から強風を発して倉庫を破壊する。
それだけにおさまることが無く、周囲の民家にまで被害を出す。
突然の強風と咆哮、そして魔物の出現に街の至る所から悲鳴が上がる。
「ったく、これだから『グレルドラコ』はっ!?」
『グレルドラコ』
頭部は虎に近く、そこから竜の様な首が伸び胴体に至り、四肢は虎のもの。そこから分かる通り、俊敏性が高い。
尾に至っては、まるで古代に生きていたアンキロサウルスの様な形状をし、それを振るうことで出される打撃は脅威だ。
この魔物は、強さとしては上の下くらいの存在で、魔物ランクでは紛れも無く『Aランク』。
そして、さらには魔術も使ってくる。
並大抵の戦士では簡単に死んでしまう相手だ。
そんな凶悪な魔物が出てくるなんて、最悪で面倒だ。
「チッ、出てきたもんは仕方ねえか」
舌打ちをし、呆れながらも腰に差しているエレクシアを抜く。
「出てきて早々で悪いんだが、手早く退場してもらうわ」
〜・・・〜 〜・・・〜
街に響き渡る咆哮。そこから波紋の如く広がる悲鳴。
物が割れたり、砕ける破砕音が響き渡る。
窓の外では今も聞こえるそれらに、皇城内では慌ただしく兵士達が駆け回っている。
その脇を早足で詰め所に向かう男が一人。
詰め所に着くと、その扉を激しく開ける。
「一体どうなっている!?」
詰め所の室内に居た騎士達がそれに振り返り、敬礼を返す。
それから分かる通り、その男は騎士達の中でも高い地位に居る存在だと分かる。
そして、それは当然の事であった。
この人物こそハシュバル皇国が誇る六ある騎士団の一つ、『緋煉騎士団』団長アグニル・サージェ・グラエナル。
「それで、状況はどうなっている」
アグニルは近くに居た部下の騎士に状況報告をさせる。
「ハッ。現在、突如現れた魔物は周辺の民家を破壊しながら動き回っているとの事です」
「現れた魔物は?」
「出現した魔物は『グレルドラコ』であります」
「グレルドラコ、か」
アグニルは出現した魔物が分かると、数瞬考え込み、即座に指示を出す。
「ファラス、クレイド、ザッカス。お前達は今から他の騎士団の詰め所まで向かい、グレルドラコの討伐は緋煉騎士団が受け持つと伝えろ。それが終わり次第、こちらに合流…………」
合流しろ、と伝えきる前に詰め所の扉が慌ただしく開かれた。
「ほ、報告します! たった今、グレルドラコが冒険者によって討伐されたとの事です!!」
「何だと!?」
慌てて入ってきた伝令の騎士の報告に驚愕するアグニルと騎士達。
アグニルとしては、こんなに早く倒されるとは思っておらず、唖然とするしか無かった。
後に、それを討伐したのが、自分達六騎士団の団長達を降したあのタクト・ツガナシだと知った時、悔しさが顔に出ていたとか何とか。




