第48話 〜指名依頼 拓斗part2〜
うねうねと蠢き、俺の撃ち込んだ『光源球』を鬱陶しそうにしているソレ。
俺はその魔物の事を知らなかった。
今までに何体もの魔物を討伐し、魔物の事が記された図鑑などを読み漁ってきた俺でさえ初見。
つまり、そいつがどんな攻撃をしてくるのかは未知数。
今分かるのは、こいつの見た目が蛇とタコかイカの様な軟体生物の身体を合わせたような姿をしているので、柔軟性は高いだろう事。
さっきの湖から飛び出して来た触手? もしくは尾があんな湖底から伸びてきたことから伸縮性もある事だろう。
あとは暗い湖底に居る事から光に慣れていないものと考えられるが、何かの時にこの森にやって来た冒険者がコレに襲われるのは気が引ける(魔物はどうでも良いが)。
てな訳で――――
「速攻でかたを付ける」
両手に魔力を集めると、魔物は身体をピクッ震わせ、湖面に近い所で留まっている俺に鋭い視線を向ける。
「今の反応、もしかして俺の魔力に反応した?」
俺はものは試しに幾つかの魔術を放つ。
「『激雨之弾丸』」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドオオオオォォォォォォォ
野球ボールくらいの水の弾丸を大量にしこたま撃ちこんだ。
すると、
「グギュギャアアァァァァァァ!!」
本来は水で遮られ、くぐもった音しか聞こえないはずの咆哮が、その水を伝播して俺の所まで届く。
だが、俺はそれを気にする事無く、魔術を放つ。
しかし、すぐに異変が起きた。
「あれは、水の渦か?」
俺は険しい顔になってそれを見る。
奴が咆哮を発すると同時に、身体の周りに自分を覆い隠す程の球体型の巨大な渦が現れた。それに触れた俺の『激雨之弾丸』は魔物を撃ち抜く役目を果たす事無く、打ち消されるか、軌道を変え湖底や湖の壁に衝突する。
「これはまた、面倒くさそうな相手だな。……………って、おっと」
俺に向けて尾をしなやかに振るい、巨体をくねらせ体当たりをしてくるが、すんでのところで躱し、水流の流れを操り距離を保ち観察する。
こいつは間違いなく、『A』ランクか『S』ランクに届く魔物。キマイラや人形の魔物の様な例外を除けば、高位の魔物が使える属性は一つだけ。それを鑑みて、こいつが使えるのは水属性のみ。
だからといって、そこを突けば勝てるかと言えば、そうでもない。魔物の生態は刻々と変わっていき、今はこうでも次もこのままとは限らない。その身体構造も不可思議で謎が多い。
俺の前に居るこいつは、水属性を扱い、その尾から放たれる攻撃の面倒なこと。
さらには、俺が魔術を使おうとしたことを事前に察知した所を観るに、こいつは魔力感知が優れている種なのだろう。
「だが、俺が勝てない理由は無い」
水中だから水属性以外はその威力を著しく減衰させてしまう。比較的ましなのが風と闇。だが、ここはすでに奴の領域。それに対抗する手段が無いわけではないが、今はこの状況を使わない手はない。
そもそもからして、俺の不利な状況を作り出せる存在なんて居ない。それこそ、俺以上の力を持っているのなら違うかもしれないが、俺には魔術だけでなく異能の力もあるからどうにでもなる。
「今の制限された力で、俺がこいつにどのくらいで勝てるか確かめてみるか」
ここまでの相手はそうは出会えない。前回のスタンピードに現れたタイラント・リザード達は急ぎであった事から、すぐに倒してしまい、そこまで満足した結果を得られた訳ではない。
しかし今回は、誰にも憚られる事無く実験出来る。この機会を逃すわけにはいかない、とすぐさま行動に出る。
「『激流之衝撃』」
ズゴオオオオオオオオオオオッッ
水の中に居ても重い音を響かせながら魔物に向けて打ち出すそれは、端から見れば、水中の中を激流が走っているかのように見えるだろう。
それは狙いを反らされる事無く着弾するが、先程と同じ渦に阻まれてしまうが俺は気にしない。
「ほらほら、次いくぞ! 『水鋼多龍撃』」
次に放たれたのは、水で出来た幾体もの龍だった。されど、それは前に使った『夢幻龍撃』とはまた違う趣向で作り出した魔術だ。
『夢幻龍撃』は攻撃されてもけして消える事の無い幻のようで、触れる事の出来ない夢の様に龍を象った攻撃で殺す魔術。
対して『水鋼多龍撃』は、打ち落とす事が出来る魔術ではあるが、その真骨頂は別にある。
それは『増殖』。
一度放てば魔術を消さない限り、増殖を続けていき、最終的には手が回らず数多の龍に食い殺される事となる。それでさえ地上でのこと。もし水がある所でこれを使えば、そこにあるのは―――――蹂躙。
それを察知したからなのか、もしくは本能で理解したのか、守りだけでなく攻撃にも手を加えて反撃してくる。
だが、
「無駄だ。『水鋼竜巻』」
一瞬にして湖底と湖面もしくはそれ以上に高く伸び上がった竜巻。それが湖の水を激しく撹拌していく。
勿論、術者の俺が被害を受ける事はなく、悠然とその場に佇む。
それはまさしく、王者の風格を醸し出す存在だった。
この時になって、魔物は理解したのだろう。自分がいかに愚かな事を仕出かしたのかを、自分がいかに手を出してはいけない存在に攻撃を仕掛けてしまったのかを―――――だが、後悔してももう遅い。
「俺はお前を敵と判断した。このまま見逃すと、面倒なことになることは必定。だから生かしておく義理も義務も無い」
頭上に伸ばした手を振り下ろす。
それは判決が下った証拠。
それは審判が下された証。
それは断罪を行う示唆。
終わりだ、と
「『水神之罪槍』」
あたかも、幾つもの槍が一つの大槍の姿に当てはめられ、水の神がそれを自分に振り下ろすかのような光景。それが最期に見た光景。
水の神に仇なした罰と罪。そう錯覚してしまうものだった。
〜・・・〜 〜・・・〜
「こんなもんか」
そこにあったのは、さっきまで殺し合いをしていた魔物の死骸。死骸と言うことから解るだろうが、これはすでに死んでいる。俺が殺した。
だが不思議な事に、魔物の身体に傷は残ってはいなかった。
アレだけ激しい戦闘をした後だというのに。
不思議に思った俺は色々と確かめていくと、その理由が判明した。
「まさか、こんな所に『再生能力』を持つ魔物が居るなんて。これは、余計に早く倒せたのは良かったかもしれないな」
そう、この魔物はゴムの様なそれでいて鮫の肌の様な微細な凹凸があり、伸縮性と柔軟性を持っている事で剣で斬る事が非常に困難だった。鈍器でもダメージは薄いであろう。
そこに魔術に対しての耐性を持っている。
コレによって、前衛の戦士も後衛の魔術も使い物にならなくなる。俺は例外だが。
しかも、問題はコレだけではなく、よしんばその身体を斬ることが出来たとしても、徐々にだが回復していってしまう。
こいつを相手するなら何が必要か手っ取り早く調べていく。
「ふむ。やっぱり定番の火属性が無難かな。あとは氷と雷」
弱点の属性を見つけ出したとしてもその前提として、まずはこいつに切り傷を付け、回復仕切る前にそれらの属性魔術で攻撃するしかない。
が、こいつが居たのは水の中。水中では火属性は使い物にならない。氷と雷は水と風の上位属性で、扱える者が限られている。妥協案としては、頭を一太刀で切り落とすくらいすれば倒せるかもしれないが、そこを鑑みても、これは討伐が困難。
「こいつは、情報を得るまで被害が出そうな相手だ事」
俺はため息を吐く。
「こんなのが沢山出てこられたら困るからな、ちょっとばかし、小細工をしてみますか」
それからさらに数日『レエルスの森』に留まり、色々と細工をして溜まりに溜まって、滞っていた魔力を森の外へと拡散させていき、それが間に合わない場合に備えて秘密道具を森の各所に設置して目印を付けて回る。
「まぁ、多少はこれで改善されるだろうけど、ちょくちょく確認に来た方が良いかもな」
俺は『レエルスの森』の魔力停滞とそこで遭遇した魔物に関する報告の為に一度アルベンに戻ることにした。
〜・・・〜 〜・・・〜
街に戻った俺は真っ先にエレーナさんの下に向かい、俺が倒した魔物を確認してもらう。その後に俺が事前に確認した事を聞かされたエレーナさんは事の重大さを知り、頭を抱えると、早急に対策を建てる事に動き出した。
だが、そんな簡単に信じて良いのかと聞いてみた。何せ見て来たのは俺だけなのだから。
それにエレーナはこう返した。
「確かに普通ならあり得ないし、事実確認のために観測班を作って送り出すなりしていたことでしょう。ですが、貴方に関しては信用と信頼がありますから。信用と信頼は商売をする者にとっては死活問題。貴方がワタシ達を謀ろうとしていないと信じています。ましてや、あんなものを見せられて信じないのは単なる能無しの危機感皆無の大馬鹿者がすることです」
エレーナさんは窓の外にある練技場に鎮座するかの様に置かれた特大の魔物。エレーナさん曰く、全く知らない新発見の魔物なのだと。
「新種で名前が無いから、貴方が付けてみる?」
何て言われ最初は面倒だからと拒否したが、こんな経験はそうそう出来ないと言われては仕方なく、俺はこの魔物に仮の名前として『オクトパス・バイパー』と名付け、俺が知り得た情報を提供する。
後に、この名前が定着し、正式に登録される事になるが知ったこっちゃないと考える。
「ありがとう。こちらでも色々と調べてみるけど、この情報を基にすることになるでしょうけど。今後は魔力停滞が改善されるまでさらに制限を高めた方が良いしらね」
「ああ。その方が良いかもしれない。一応こっちでもちょっとだけ細工をして来たから一月か二月は大丈夫な筈だけど、出来るだけ早い対策を考えた方が良い」
「了解よ。あとはこっちでするから、貴方は早く休んだ方が良いわ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
こうして俺の指名依頼は完遂され、未知の魔物の発見と情報提供でかなりの額が俺の口座(冒険者登録をしたら、勝手に出来ていた)に振り込まれる事になった。
定泊している宿『上月』に行けばそこには先に戻ってきていたエルシャが居て、
「お帰りなさい、タクトさん」
そう言ってくれたエルシャに少しだけ懐かしく感じてしまった。
昔は妹の百合華に言ってもらっていた台詞。
この世界に来てからの最初の一年はシロナと過ごし、その間は一緒に行動していたのがほとんどで、エルシャとも似たような者だったから俺を待っていてくれたことが少し懐かしく、嬉しかった。
「ああ。ただいま」




