第42話 〜二つの提案〜
所変わって、練技場での模擬戦を終え、俺達は再び謁見の間に戻っていた。
「この度の私の命を受けての模擬戦をしてもらい感謝する」
「勿体ないお言葉です」
表面上はどうて事無い様に装いながらも、内心では少なからず辟易していた。
(こういうのは、出来れば控え目にしてもらいたいんだけどな)
と、考えてはいるが顔には出さないように気を付ける。
「今回の事で、ソナタの実力は確認できた。それも、私の想像を超える形でな」
この場に居る貴族達や皇族、騎士達の前で行った模擬戦は衝撃的なものであり、けして忘れられるものではなかっただあろう。
だが逆に言うなら、これは同時に野心がある者達には感化することも、捨て置くことも出来ない存在でもある。
俺の力を見た事で、その俺を取り込み野心を満たそうとする馬鹿な奴等も居ることだろうし、気を配る事にしよう。
そんなどうでも良い、くだらない事に巻き込まれて俺の知り合いに被害を出す訳にはいかないからな。
「そこでだ。ソナタに二つ提案がある」
「………提案、ですか?」
「うむ」
提案って、どんな事だろうか。
(さっきみたいなのではないと良いな)
そんな希望的願望を願う。
「一つ目は、ソナタの冒険者ランクを『S』に上げる事だ」
『『『なっ』』』
冒険者ランク『S』。
それは国の騎士団一つか、騎士団が総出で闘わなくてはいけない相手に対等に闘える者を指し、冒険者ギルドでは英雄的扱いを受ける称号なのだ。
それはけして、国や冒険者ギルドという組織の主導者達でさえ無視できないもの。
それを知っているからこそ、皇王様のその提案の申し出に貴族達、レウルさん達ギルドの人達もざわついていた。
「それと加えて、ソナタに二つ名を与える」
「………………え?」
「ふ、二つ名?」と、驚愕し背筋に悪寒の様なものを感じた。
それは俺が密かに恐れていた展開でもあった。
二つ名はその人物が尤も得意としている闘い方や得意とする武器、その出で立ちや功績から付けられる場合がある。
俺は左側に視線を向ける。
そちらには、『風魔の魔女』と『黒影奏者』という二つ名を持つエレーナさんとレウルさんの二人がいる。
二人は、「受けてやれ」と視線で促してくる。しかも、口の端を上げて。
これは避けられない展開だ、と。だからこそ、俺の心は決まっている。
(出来れば、穏便な二つ名を付けてくださいね!?)
それは俺の心の底からの思いだった。
「ふむ、何が良いか。我が騎士団長達を降す力量を持ち、報告には魔術の腕前もかなりのものと聞いている」
おそらくその報告とは、俺がアルベンの街でスタンピードを相手にした時に使った魔術の事だろう。
それも考慮して考えているからか、悩んではいるが凄く楽しそうだった。
「ううむ。……………………よし、これが良かろう」
皇王ギリア様は悩みに悩んだ末に決まったようだ。
ビクッ、と身体が震えてしまう。
(頼むから、変なので無いのにしてくれよ!)
俺は内心で懇願する。
「ソナタの二つ名は【双極】だ」
「カドラ、ですか?」
意外にもまともで、それどころか結構、格好良いなと思った。
いや、てゆうかそれって『緋○の○リア』のあの「チビッ子ピンクツインテの二つ名じゃ」と前に読んでいたラノベの一つのタイトルを思い出す。
まぁ、格好良いからいいけど。
でも、どういう意味なんだろうか?
「あの、それはどの様な意味で付けられたのでしょうか?」
俺は好奇心から聞いてみると、
「うむ、この名の意味は二つの技を極めた、もしくは極められる可能性を秘めた者という意味で考えてみた。どうだ? 格好良かろう」
皇王ギリアはそう応えた。
二つの技って、武術と魔術の事だよな。
剣術は少ししか本気を出していないし、魔術も似たようなもので本気ですらない。そもそもからして、俺の尤も得意としている闘いは異能を使っている時だ。
それでこんな二つ名が付けられると、逆に恥ずかしい。だが、ここで拒否ると周りからの反感を買いそうなので、
「謹んで、お受けいたします」
「そうか、受けてくれるか」
「……………ですが」
「うん? 何だ」
俺が言い淀んだ事に不信に思った皇王が聞き返してくる。
「『S』ランクへの昇格は、見送らせてもらえないでしょうか」
自分から『S』ランク昇格を辞退する。
周りの貴族達は俺の申し出にざわめきだった。
「何故だ? この機会を逃せば、今度は何時になるかわからんのだぞ」
「確かに、そうかもしれません。ですが、私は先程『A』ランクになったばかり。そんな私が、その日の内にもう一段ランクを上げては、他の冒険者のいらん反感を買ってしまいかねません」
それはこれからやって来るかもしれない、ギルドでの厄介事を気にしての事だった。
「成る程。つまりは、周囲を気にしての辞退か」
「はい」
「……………………ふっ。良かろう、では今回の『S』ランクへの昇格は取り止め、いや保留とする」
「ありがとうございます」
「だが、それは『S』ランクへの昇格だけであり、もう一つの方は受けてもらうぞ」
「し、承知しました」
こうして、俺は二つ名を受け入れる事となった。
そして、この時をもって俺は津我無拓斗の名の他に―――――【双極のタクト】の名を手に入れる事となった。
「そうか、受け取ってくれるか。それは良かった」
俺が自分が考えた二つ名を受け入れた事が余程嬉しかったのか、楽しそうに語る。
「それで、もう一つの提案とは何でしょうか」
俺は気になっていたそれを尋ねる。
「そうであるな、これはソナタにとっても悪くはないものだと考えてはいるが、最終的に決めるのはソナタに委ねよう」
そんな風に言ってくるって、一体、どんなものなのだろうか。
「タクトよ、ソナタ。学園という物に、興味は無いか?」
「………………へ?」
学園? と、突然言われた内容を理解できずに、間の抜けた返しをしてしまった。
「戸惑いも当然だな」
「えっと、どういう事でしょうか?」
「タクトよ。ソナタはこのハシュバル皇国にある魔術学園を知っているか?」
「名前だけは。確か、『コルーナ魔術学園』でしたか」
「うむ」
この世界『アーテラル』には八つの大国と多数の小国が存在している。その内、魔術学園が建てられているのは八つの大国のみ。
他の小国には基礎的な事を教える日本で言うところの小学校の様な物はあるが、それ以上に踏み込んだ事を教える中学高校や大学の様な所は無い。
対して、ハシュバル皇国を含めた大国は魔術学園一つで小中高大を一括にしたような充実した設備を設けている学園を有している。なので、小国の学園を卒業した者達は、その先を習いたい者は必ず大国の首都にある魔術学園に通わなくてはならないのだ。
今言った『コルーナ魔術学園』がハシュバル皇国の首都、皇都グリンザリアにある魔術学園であり、この国のたった一つしかない学園。その分、習える分野は様々だ。
他の国と学園の名前を一緒に上げるとこうなる。
俺が居るのが東に位置する大国。『ハシュバル皇国』。
そこに建つは『コルーナ魔術学園』。
西に位置する種族平等を謳う大国。『セントリア公国』。
そこに建つは『タイオス魔術学園』。
南に位置するアーテラルで一番魔術が発展していると言われる大国。『イヴリアス魔帝国』。
そこに建つは『ウラニス魔術学園』。
北に位置するセントリア公国と同じく種族平等を掲げている大国。『グリーズ王国』。
そこに建つは『アジール魔術学園』。
北東に位置する強者主義国。『アリオス帝国』。
そこに建つは『オルトリーナ魔術学園』。
南東に位置する獣人亜人主義の国。『トリニス獣亜王国』。
そこに建つは『ルートニア魔術学園』。
北西に位置する平等至上主義の大国。『リリアム共和国』。
そこに建つは『ライルム魔術学園』。
そして最後に、俺にとってはけして見過ごせない最悪で嫌悪感すら感じる南西に位置する大国。『クハリス神光国』。
そこに建つは『オラトリア聖魔術学園』。
これらを合わせて八大国家と八大魔術学園と呼ばれている。
俺にその『コルーナ魔術』に入学しないかと皇王ギリアは打診してくる。
確かに、今の俺の年齢なら、まだ学校に通っていなくてはおかしい。少なくとも、俺はそう考えているし、学校という物にちょっとした未練も無くはない。
「何故、私に」
「ソナタの力は強大だ。扱いを間違えれば甚大な被害を被るが、正しく使えば多くを救うであろう。言ってしまえば、ソナタの力は猛毒にも霊薬にもなると言うことだ」
そこまで言われれば、俺でも分かる。
つまりは、変な事を考える者に俺を取られる、もしくは取り込まれる前に、自分の目の届く場所に置き、余計なちょっかいを掛けられない様に管理したいという事だろう。
この提案は俺にとってはデメリットが少なく、煩わしさも無いことから受けても良いかもしれないな。
「それでどうだ? 学園に通ってみないか」
悪くないな。というより、これを断ればこの後は面倒な事が目白押しになるわけだ。
「謹んで、お受けいたします」
〜・・・〜 〜・・・〜
謁見が終わり、俺達は応接間に戻る。
俺とエルシャは身体にのし掛かる緊張と疲労からソファーに倒れ込むように座る。
「はあー、疲れた」
「はい。本当に疲れましたね」
俺達のダレた姿にレウルさんとエレーナさんは苦笑いになる。
「お疲れだね」
「本当ですよ。まさかいきなり、騎士団長全員と模擬戦させられるとわ思いませんでしたから」
「アレには僕も驚いたね。何時もなら、あんなことはしないんだけど」
そんな時だった。
コン、コン、コンとドアをノックする音が響いた。
「誰かしら………………えっ」
不思議に思いエレーナさんがドアを開けると、そこに立つ人物に驚いた声を上げる。
どうしたのかと全員で覗き込むと、
「「「………えっ」」」
エレーナさんと同じリアクションを取っていた。
何故なら、
「突然の来訪、すまんな」
そこに居たのは、さっきまで謁見で相対していた皇王その人だったのだから。
突然の来訪に驚いては居たが、すぐさま俺達は皇王を通路に立たせたままではいけないと室内に招き入れ、向かい側のソファーに座らせる。
「えっと、一体どうしたんですか?」
「うむ。先程の学園に通う話の追加で、聞きたい事はないかと思ってな」
皇王は自分の提案に疑問を抱いていないか確認と、その解消にやって来たのだ。その姿勢に、俺は律儀だなと思った。
なら、聞ける事は聞いておくか。
「聞きたい事ですか? そうですね。何故、俺にこの提案をしてきたのか聞いても」
「うむ、先程の模擬戦にて見せたタクトの実力。アレを危険と感じる者と取り込みたいと考える者が居るであろう。そこから発生する厄介事を無くせなくとも、軽く出来る様にという私の考えからの提案でな」
「それは有り難いのですが、皇王陛下に負担があるのでは?」
「何、私の被る物などどうという事はない」
何て事無い様に語る皇王。
「他にはあるか?」
「そうですね。学園には何時から通えば良いですか?」
「それに関しては、今から一月後を予定している。ソナタも準備に時間が必要であろう。こちらでも、教材の準備に時間が掛かるから、それくらいはいる。それと、教育費は気にしなくて良い。こちらで出すからな」
「え!? そんな、それくらい自分で………」
「なに、こちらが厄介事に巻き込んでしまったのだ。その謝礼だと思えば良い」
「…………………分かりました。なら、教材は二人分お願いしても良いですか?」
「二人分?」
俺の台詞に不思議に思った皇王は俺の横に座るエルシャに目を向け、「成る程」と納得する。
「成る程、そこな娘の分もか」
「はい。申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」
「構わん。それくらいなら、この期間に出来るであろうて」
話に付いていけてないエルシャはどういう事かとエレーナさんに問うと、
「それはね、貴方も彼と一緒に学園に通うからだよ」
「え、ええええええ!!」
俺はエルシャのリアクションに顔を背けながら吹き出す。
レウルさんはそんな俺を呆れた目で見てくる。
「なかなか、面白そうな事になりそうだな」
俺達を見て、皇王はそう呟く。
「そう言えば、ソナタに確認したい事があったのだ」
「確認したい事、ですか?」
「うむ」
俺は皇王に何か聞かれる事があっただろうかと考える。そこで俺は、「あっ」と思い出す。
もしかして―――――
「ソナタ、リンガルト子爵を知っているな」
(あ〜、やっぱりそれか)
「ええ。ここに居るエレーナさんがギルドマスターをしているアルベンを管理していた貴族ですよね」
「うむ、そうだ。それでな、そこのエレーナとアルベンの衛兵長の報告にあったが、子爵を含め悪事に加担していたもの達が何者かと戦闘行為に入っていたと」
「そうなんですか、それはまた凄い人も居たものですね」
俺は必死に顔の筋肉を使い笑顔を作り、知らん顔することに注しする。
「そうであるな。貴族の屋敷に踏み込み、そこに居たグルス・ファミリーとそれに結託していた子爵を捕らえ、悪事の証拠を衛兵の詰所に届けるなんてな」
皇王は話ながらも俺から瞬きをするとき以外は視線を外さないで居る。つまりだ………
(これ、完全に俺だって確信しているよね? 確信じゃなくても、疑ってはるようだな)
周りを見ればレウルさんは何が言いたいのか理解できていない様だが、エレーナさんは何となくだが理解出来てきた様に思える。
「あのう、それで、陛下は何が仰りたいのですか?」
俺は耐えかねたわけでは無いのだが、さっさと言って欲しかったので、突っ込んでみる。
「そうだな。なら、単刀直入に聞こう」
皇王は真剣な表情で俺に視線を向けてくる。
「リンガルト子爵邸に押し入り、そこに居た子爵とグルス・ファミリーの者達を捕らえたのは―――――ソナタだな。タクト・ツガナシよ」




