第39話 〜一難去って、また一難〜
試験の結果は俺達の圧勝。
ロザリアさん達もけして弱くはなかったが、やはりと言うべきか、俺と俺に鍛えられたエルシャの前には歯が立たなかったようだ。
この結果にロザリアさんとベルムさんは少なからずへこんでいた。
自分達の実力に自信と自負があったから余計だろう。
そうして俺達は再びレウルさんの執務室に戻り、そこでギルド職員に俺とエルシャのギルドランクを『A』ランクに引き上げる手続きをするように伝え、それが終わるまでお茶を飲んでのんびり待つこととなった。
「はぁ。まさか、アタシ達が負けるなんて。結構ショックよ」
「ですね。あんな大見得を切ったのに、蓋を開けてみれば結果はコレ。俺も騎士団の中では上位の実力者だと思っていたのですが、思い上がりだったのでしょうか」
二人は自分の敗北にうちひしがれていた。
それだけ今回の事は、実力者な二人にとっては信じ難く、深く自信とプライドを傷つけられたのだ。
「ロザリアさん達がへこむ事はないですよ」
「そうですよ。私が言うのも何ですがね、私達はその実力が異常の域に達しているのですよ」
「異常……確かに、あれは異常ね。でも、どうやってそこまでの力を」
不思議そうに聞いてくると、それを横で聞いていたエレーナさんが言う。
「そうね。この二人は異常と言っても過言では無いわ。シグナートはまだワタシが理解出来る域だけど、そこの彼はそんなものではないわね」
そう言いながらエレーナさんは視線を俺に横目で見てくる。
俺はその視線から逃れる様にフイッと横を向く。
「この彼、タクト・ツガナシ君は現代に存在する魔術師の中でたった一人の全属性適性者。そんな彼が相手だからこの結果なのよ」
「「お、オールエレメンタラー!!」」
ロザリアさんとベルムさんは俺の適性を聞いて驚いた。
「そ、それは本当なのですか?」
「ええ。間違いないわ」
「それについては僕も証言しよう。彼は間違いなく全属性適性者だ」
ロザリアさんは数瞬唖然としていたが、身体から力が抜け、ソファーにもたれ掛かる。
「は、はは。それじゃあ、アタシが勝てる見込みは最初から無かったって理由か」
「そりゃあね。ワタシやそこのレウルでさえ、油断しなくても勝てる見込みは無いんだから」
「何よそれ。あの『風魔の魔女』と『黒影奏者』の二人でも勝てないって」
ロザリアさんは呆れながらそう言うが、俺はそれどころではなかった。今しがたロザリアさんが言った台詞から出てきた単語に気が向いて。
(何、『風魔の魔女』って。もしかしてエレーナさんのこと!? それと、『黒影奏者』って、もしかしなくてもレウルさんのことか!?)
何だ、その厨二病を拗らせたかのような名前は、と一瞬吹き出しそうになった。
だが、その厨二病患者が自分で考え、自分で名乗っていそうなその二つ名の様なものが気になり、ロザリアさんに訪ねる。
「あの、ロザリアさん」
「何?」
「その、『風魔の魔女』とか『黒影奏者』って、何ですか?」
「あれ、知らないの? 『風魔の魔女』ってのは、そこのエレーナさんのことね。この人は風と闇に適性のある二属性適性者でね、それを使いこなすところから付けられた二つ名なのよ。で、『黒影奏者』はあっちのグランドマスターのレウルの事。彼は水と闇に適性のある二属性適性者ね。で、この名前を付けられた理由はエレーナさんと同じで、戦歴が優れた者や功績を叩き上げた者に付けられるの」
そう考えると、この二人に付けられている二つ名は凄く名誉な事なのかもしれない。だが、俺としてはちょっと勘弁してもらいたい。
もし、変な名前や恥ずかしい名前が付けられて、周りの人からその二つ名で呼ばれでもしたなら、俺は羞恥心で悶えてしまいそうだ。
俺は二つ名を付けられるにしても、マシな物になるようにしようと決意していると、ドアがノックされトレイを持ったギルド職員が入ってきた。
「グランドマスター、お二人のギルドカードのランクアップ処理が終わりました」
「分かった。では、そのカードを彼等に渡してやってくれ」
「はい」
職員の人がトレイを机に置き、その上に載っている二枚のギルドカードを俺とエルシャに渡してくる。
「こちらがお二人の新しいギルドカードになります」
渡されたギルドカードは金色になり、赤色の縁取りがされている物になっていた。
そして良く見ると、ギルドランクの横に新しく称号欄が出来ており、そこに紋様が二つ描かれていた。
「この称号欄にある紋様は………?」
「それは、今回のスタンピードで多大な功績を打ち上げた事を証明するものとなっています。称号名は『守護者』と『殲滅者』主なメリットとしては、武器屋と雑貨屋、魔術具店での三〜十%安く武器を買う事と高く買い取ってもらうことが出来ます。更には、全国各所にあるギルドとギルド本部の施設をこのカードを見せるだけで申請無で貸し出しがされます」
「へえ、凄いですね。でも、そんなにメリットしかないとデメリットも凄いことになるのでは?」
「これに、デメリットは無いよ。どちらかと言うと、このシステムは冒険者達に実力を伸ばしてもらいたいと言う願いから設けているものでね。ランクが上がればこんな特典が貰えるよと触れ込んでいるんだ」
成る程、冒険者の実力向上とその向上心の刺激になるようにということか。
「それじゃあ、そっちの用は済んだことだし、今度はこっちの用を済ませさせてもらうわ」
「えっと、何でしたっけ?」
「何忘れてるのよ。これから貴方を呼ぶ陛下の元に行くのよ」
俺はロザリアさんのその台詞で、忘れていた(もとい、忘れようとしていた)事を思い出してしまった。
「あ、あ〜。そう言えば、そうでしたね」
俺は内心で頭を抱えていた。
(そう言えば、この国の皇王が俺と話をしたいって言ってたんだっけ!?)
俺は元は単なる小市民だ。
例え、小市民の前に「異世界で暮らしていた」と付いたとしても。
例え、今さっき『A』ランクに上がったとしても。
例え、全属性適性者の異能使いで、神の加護を貰っていたとしても。
俺が元は単なる小市民である事に変わりわ無い。
どうすれば良いんだ! と、悩んでいると、レウルさんから声が掛かった。
「そこまで悩まなくても良いんじゃないかな」
「どうしてですか? だって、この国の皇王様ですよ」
「いやね、他の国はどうかは知らないけど、この国の皇王ギリア・ルア・レギスト・ハシュバル様は温厚で、国民からの信頼が厚い方だ。ちょっとの不敬な態度を取ったとしても怒りはしないよ。まあ、周りの貴族達がどうかは知らないけど」
温厚って事なら大丈夫かもしれないけど、レウルさんが言うように皇王様だけとの謁見なら緊張しながらでも対応出来るかも知れないが、騎士団長のロザリアさんここに来ている時点で大々的に執り行う形なのかも知れない。
そうなると、少なからず、いや必ず貴族達も同席する事だろう。
そう考えると、背筋に冷や汗が伝う様な感じがした。
なので、ここは小市民らしく予防線を張っておこうと考え、ロザリアさんに聞いてみる。
「あの、ロザリアさん。それって俺だけが行くんですか?」
「いいえ。特に同行者の有無には触れていなかったから、多分連れてきても大丈夫な筈よ」
「そうですか」
一応の一安心から、一気に息を吐き出す。
それから平静を多少取り戻してから俺の両サイドに座るエルシャとエレーナさんに話しかける。
「なら、良ければなんですが、エルシャとエレーナさんに付き添いを頼みたいんですが、良いですかね?」
「ええ! わ、私もですか!」
エルシャは自分は留守番だろうとでも思っていたのか、指名された事に驚いていた。
「あら、ワタシで良いのかしら」
「いや、こっちからお願いしているんだし。誰か近くに知り合いが居たほうが緊張も和らぐんじゃ無いかなあと」
俺が少し不安と緊張を滲ませながら言ってみると、エレーナさんはクスクスと笑い出す。
「ふふふ。あんなに強い貴方でも緊張や不安を感じるのね」
「そりゃあ、そうだろう。俺は確かに強い力を持ってはいるが、元はどこにでも居る小市民だぞ。それがいきなりの国のトップとの謁見何てものに参加させられれば、こうなっても仕方ないだろう」
「ふふふ。それもそうね。でも、小市民ってのは無いんじゃないかしら」
エレーナさんは俺の話を聞きながらも面白そうに笑っていた。
すると、反応が無かったもう片方から声が掛かる。
「あ、あの、タクトさん。エレーナさんは分かりますが、何故に私まで?」
「それはエルシャが俺とパーティーを組んでいるから、運命共同体ってな感じで付いてきてもらおうかと」
「何ですか、その軽い感じわ!!」
俺のあまりにも軽い理由に驚愕するエルシャ。
「それって単に、私を道連れにしようとしているだけですよね!!」
「そうとも言うな」
「そうとも言う、じゃないですよ!!」
エルシャはギャアギャア騒ぐが、実際問題、エルシャを皇王様との謁見に道連れで連れていくのと同時に、俺の目が届かない所で変なのに絡まれたり巻き込まれたりしないようにするのと、俺の心の安寧を得るための存在としてそばに居てもらいたかったのだ。
「なあ、頼むよ。それが終わったらエルシャの頼みを三つ聞くからさ」
俺はエルシャに拝み倒す様に頼み込み、その姿にエルシャは一つため息を吐いて折れてくれた。
「分かりました。タクトさんに付いていきます」
「ありがとう、エルシャ」
「ただし、私の頼みを聞くのは絶対ですからね」
「分かってる。俺が叶えられるものであればだかな」
「それで、良いです」
これで一安心、と息を吐き出すと、今度はレウルさんから声が掛かった。
「話は纏まった様だね」
「ええ、何とか」
「それなら、早めに済ませるとしようか。それと、その謁見には僕も参加しよう」
「え、レウルさんも!?」
「うん。その方が、貴族達に足元を掬われる事もないだろうしね。ギルドは各国に属している事になっているが、ほとんど独立した機関組織だ。その保有戦力は騎士団に匹敵するかそれ以上だ。なら、そんなものを相手にしないに限るじゃないか」
「そうですね」
「だったら、そのギルドの最高責任者の僕が一緒に行けば余計なちょっかいを掛けられる事もない」
確かに、それが無いのであれば少しは気が楽になる。
「それでは、お願いします」
「うん。こちらこそ」




