第38話 〜騎士団長との戦い〜
準備や重要な手続きの手間が無くなった事で、俺達はレウルさんに続いてギルド本部の地下にあると言う練技場に向かっている。
この本部には野外に一つと屋内に五つの練技場を設備している。
ほとんどの冒険者達は野外練技場を使っているが、中には自分の鍛練内容を観られたくないと考える者も居るので、そうなっている。
俺達はその中の一つに向かっている。
階段を下りきると、その先には地球の電気とそう変わらない光量の満ちた遠くまで続く一本道。その壁に五つの扉が設置されている。
その内の一番奥にある練技場に入る。
「ここなら、よっぽどな用事では無い限り誰も来る事は無いだろう」
屋内練技場の広さは軽く学校の体育館を二つ合わせた大きさと広さで、アルベンのギルドの設備より更に充実した内装だった。
俺とロザリアさん、エルシャとロザリアさんと一緒に来ていた騎士でベルムさんと言う人が相手をする事になった。
「両者、位置に付いたね。それでは――――――始め!」
最初に動いたのはロザリアさんとベルムさんだった。
まるで互いに示し合わせたかのように息の合った行動だった。
「すぐに終わらせる」
「どれ程の実力か、確かめさせてもらうわ」
俺達の得物は全員が等しく剣を持ち、リーチも変わりがない。
しかし、それは魔術の無い世界での常識で、この世界では当てはまらない。何せ、魔術や魔力があるのだから。
「ハアッ」
ガギギギギギギギギギギッッッッ
絶え間無く振るわれる剣撃。
ロザリアさんの戦い方は手数での連撃。ただし、けして軽くは無く、しっかりとした攻撃力を備わっている。
剣技の一撃一撃は見事の一言。
左下からの切り上げ、そこから真上からの唐竹切り。そこから更なる切り上げ。
右薙ぎからの流れる様な剣撃の応酬。的確に相手の弱点を探り出そうとする攻撃の応酬。
だが、俺はその連撃を捌き、フェイントを織り混ぜて切り返す。
チラッとエルシャの方を見ると、そちらの相手のベルムさんは一撃に確実に仕留める力を込めて振るう結実型らしい。
振るう度にブオンと言う風の啼く音がする。
しかし、そんな相手ではエルシャは倒すことは出来ない。
彼女と常に相手取って鍛練しているのは俺なのだから。俺は剣を振るう時は出来るだけ無駄を省き、様々な剣の振り方をしてそれにエルシャが対応するという事を行っている。
ベルムさんが剣を振るう度に音が鳴るのは、力みすぎ、空気と激しく擦れあっているから起こる事。
しかし、それは同時に空気の抵抗されることで剣に込めた力が削られ十全に発揮されないという事にも繋がる。
それをどうにか出来ないかと試行錯誤した先に行き着き、俺がたどり着いた剣術の極地が、音の鳴らない剣術。
空気で起こる摩擦を削れるだけ削り、動きの一つ一つを最適化先鋭化している。
そこから繰り出される攻撃は何処までも鋭く、摩擦で削がれる威力もそのまま、そして速い。
(向こうは大丈夫そうだな)
俺が鍛え、不完全ながらも、俺の剣を習得しているエルシャが負ける事はないと確信する。
そう結論付け、俺は目の前のロザリアさんに視線を戻す。
「アタシから視線を外すとは、良い度胸ね!」
どうやら、今の俺の仕草が頭に来たのか、それとも未だに俺に一撃も入れる事が出来ずあしらわれているこの現状も込みで気に入らないのか攻撃の質が増してくる。更には魔力強化までして、剛撃、柔撃、フェイントを織り込んでの連撃。
重く、強い一撃が来たと思ったら、次には優しく、軽い一撃に絡め取られそうになり、その合間を縫うようにフェイントを繰り出す。
なかなかの手練れだ。
だが、
「その程度では、俺は倒せない」
「何ですって!?」
単なる力自慢なら連撃の猛攻に根を上げて、即終了する事だろう。
が、それでは俺には届かない。
「ここで、終わりにするか」
〜・・・〜 〜・・・〜
ロザリアは焦っていた。
幾撃も放っているのに、魔力強化も、合間に挟む剛撃、柔撃、フェイント、更には魔術さえも意味が成さない。
攻撃の全てを、躱し、受け流し、受けられ、相殺される。
まるで自分の攻撃が子供のじゃれあいのようにあしらわれる。
彼は自分と一緒に試験を受けている彼のパーティーメンバーに視線を向ける余裕さえある始末。
向こうも向こうで芳しくないようだ。
(アタシと一緒に来たベルムは、けして弱くはない。それどころか、ウチの団でも上位の実力者。それを、あそこまであしらわれているとわ)
それはありうべからざる光景だった。確かに、冒険者の中には騎士団を越える実力を持つ人材が居ることは知っている。
そういう人達は総じて自由を好み、縛られる事を嫌う性質をしている。特に、規律の厳しい所には合わない者達だ。
だが、この二人は異常だ。特に、アタシが相手にしているこの少年は。
「全く本気を出していない。そんな事、あり得ない」
信じたくない光景だが、これは現実。それだけこの少年と自分には間を隔てる壁があるのだと知らしめられた。
「一体、何者なのよ」
〜・・・〜 〜・・・〜
(隙が全く無い。一撃の重さもあり、フェイントも掛けてくる)
強い。
エルシャは目の前の騎士―――ベルムをくまなく観察する。
無駄の無い鍛え方をした肉体から振るわれる剛撃は、たとえ後で治療してもらえるとは言え、安易に受けたいものではない。
軽くても打撲や脱臼、重傷なら骨折や内臓にダメージがいくことだろう。
しかし、エルシャには恐怖は無かった。今の彼女に、負けるなんて考えは起きないし、そんな想像も湧かない。
それどころか、勝てる情景しか無かった。
(確かに手強いけど、タクトさん程ではない。いや、まあ、あの人は特別ですから良いですけど)
エルシャは細かい足捌きから緩急つけての撹乱。タクトから教わった剣術、魔術、魔力強化を駆使する。
それでも、最後の一手が足りない。時間をかければ、勝利は出来るだろう。だが、それでは意味がない。
ここでは余り出したくなかったし、タクトさん以外に見せるのも抵抗があった。まだ練習中のそれは完全な状態で扱えるわけでもなく、威力もムラがある。
(でも、やるしかありませんね)
エルシャは一旦ベルムと距離をとり、タクトに向けて大声で告げる。
「タクトさん、アレの使用許可を下さい!」
タクトは一瞬だけこちらを見て、宣言する。
「エルシャ、使用を許可する。危なくなったら、俺が止めてやる。だから、遠慮無くやれ」
「はい。ありがとうございます」
そう言うとエルシャは、剣を正眼に構え、意識を鎮め、唱える。
「紅に燃える暁の焔よ」
それは相対するベルムや試験を外から観ているエレーナ達が突然のエルシャが唱える詠唱に眉をひそめる。この世界での魔術行使に入るには「大いなる〇〇よ」からで、こんな詠唱から入る魔術を彼らは知らない。
それを知るのは、先程エルシャが使用許可を求めたタクトのみ。
「狂い咲きし煉獄の灼焔よ」
エルシャが一句ずつ唱えていくと、彼女を中心に焔が燃え上がる。
「集い、重なり、集約せよ」
焔がうねりをあげ、エルシャの持つ剣にまとわりつき、焔の剣を形作っていく。
「我が意を示す、赫き剣を今ここに」
ボゴアアアアアアアッッ
エルシャを覆い隠す程の大きな火柱が立ち上る。
数瞬後には、その炎も残滓を残し消えると、その場に残ったのは燃え盛る焔の剣を幾本も携えたエルシャだけだった。
右手と自身の周囲に浮かび漂う、見た目はただ焔の剣を造り出す魔術を使っただけのように見えるが、それだけではない事をエレーナ達は観てとった。
「エレーナさん。あれは!?」
「分からない。ワタシも見たことの無い魔術よ。あんな、ただそこにあるだけで空間が歪んで見える熱量を孕んだ魔術の剣なんて、ましてや地面が燃え熔けているなんて知らない」
術者のエルシャなら未だしも、相対しているベルムはその熱気に脂汗と冷や汗が止まらない。
「…………なんだよ、それ」
「これは私が教わり、使える魔術の中では最も近接戦に向いている魔術の一つですよ。名を『灼劫之煌剣』。さあ、これを出したからには、私は負けませんよ」
〜・・・〜 〜・・・〜
ロザリアは突然すぐ近くから発せられた強大な魔力の波動に驚き、ベルムと相対しているエルシャを見る。
「なに、あの剣!?」
「あれは俺がアイツに教えた俺のオリジナル魔術。『灼劫之煌剣』。その剣に内包されている熱量は火山の熔岩に匹敵するか、それ以上。敵対する者にはその熱を持って焼き焦がし、切り殺す魔術。俺のオリジナルの使用許可を求めてきたが、まさかのアレとはな」
少しだけ苦笑いが漏れるが、すぐに関心の表情で述べる。さらに言うなら、この魔術は初期に作った魔術【煌焔之剣】からの発展進化させた超強化魔術。
俺が使えば、骨すら残さず焼き尽くして殺してしまうが、未熟で発展途上のエルシャならそこまでの威力は出ないが、かなりの被害を齎す事は可能とする。
これは流石に決まったな。
エルシャの勝ちに。
「ほんじゃ、こっちも終わらせるか」
エルシャの魔術を見たからか、俺にも警戒の目を向けてくる。
「悪いんだけど、こっちはエルシャ程の派手さを披露するつもりは無いんでね。それにだ、俺には―――」
俺は剣を突きの構えで持つ。
「俺には――――詠唱は不要だからな」
俺の周りにバレーボール位の大きさの水球を十個作り出す。
「【水鋼流葬三叉槍】」
ズドコオオオオオオオオオォォォォッッッ
十個の水球が三叉の鉾を型どり、打ち出される。
だが、そう簡単に当たりはしないだろう。
「ハアアアッ」
躱し、魔術で即席の盾を作り防ぎ、水の鉾の攻撃を掻い潜る。
ロザリアさんは俺が作り出した水の鉾を斬るが、それは元は魔術によって作られた水。斬ることに意味はなく、最後は避ける事に専念するしかなくなった。
そして俺は、最後の一手を振るう。
風が渦を巻き、剣に収束されていく。
それは先程のエルシャが使った魔術に類似しているが、全くの別物。
しかしそれは、俺とエルシャにしか分からず、ロザリアさん達にとっては同じものに見えることだろう。
突きの構えで構えていた剣を、吹く風のアシストで勢いに乗り、突き振るう。
「津我無流剣術:風纏 壱ノ太刀『絶花』」
突然目の前に現れた俺に驚愕の視線を向けて固まるロザリアさんは、反射的なのか無自覚の反応なのかわからないが、剣を振るおうとするが、その前に俺がその剣を叩き落とし、首筋に剣を当てる。遅れて地面に複数の斬撃痕がつけられていく。
「チェックメイトです」




