第36話 〜本部出向〜
適度に休憩を挟んだ俺達をエレーナさんが呼んでくる。
「そろそろ、本部の方に行きましょう」
宿を出た俺達は大通りを歩き、街の中心地に作られた巨大噴水のある広場に出る。
この皇都は大通りを十字に走らせ、区分けされている。門があるのは東西南北の内、東、南、北の三ヶ所。
俺達が入ってきたのは北の門。その周辺は宿屋や民家が主に建てられている。
反対側の南門側は、職人街になっており、武器や防具、更には薬剤や魔術に関連するものが売られている。
そして、ギルド本部もこの区画にある。
東は商店が並び建つ商店街。この皇都に住む人はここで買い物をするらしい。
そして残る西は貴族や豪商が家を建てる貴族区。
更にその奥には、この国の象徴――――王族(この国では皇族)が住む城が聳え立っていた。
(俺には、縁遠いものだけどな)
そちらを一瞥し、俺達はギルド本部のある南区を歩く。
それから程なくして、目当てにして目的地のギルド本部が見えてきた。
規模からしてアルベンの二倍か三倍はあるだろう。建物の材質もただのレンガや石では無く、何らかの鉱石を加工した物にその一つ一つに魔術的加工と魔術陣が隠される様に施されていた。
(まあ、それでも俺の眼は誤魔化せないようだけど)
そこから視るに、本部の建物にされている魔術加工は守護に関する物だと察した。
緊急時には救護所にするための施しだろう。人が集まる所イコール狙われやすい場所でもあるからな。
中に入れば、構造的にはアルベンににているが、所々が全く違う。
挙げるもので依頼版に貼られた依頼書の数。受付カウンターの数。酒場の広さに、練技場の設備の充実さも凄い。
「それじゃあ、ワタシはグランドマスターとの面会を取り付けてくるわ。一応は事前に報せているから直ぐだろうけど、ちょっと待っててね」
「分かった」
「はい」
俺達は酒場の隣にある軽食店で飲み物を買い、近くにあった椅子に座って待っていることにする。
しかし、こういう時にかぎって何らかの厄介事が起きるものだ。と考えていると、「ほら、早速来た」と視線だけをそちらに向ける。
そこに居たのはこちらに向かってくるチャラそうな三人の男達だった。顔はにやけていて、下心丸出しの丸分かりだ。
こいつらの目的は俺の前で座って果実水を飲んでいるエルシャだろう。
エルシャは俺から見てもかなりの美少女だ。薄桃色の髪と瞳。傷一つ無い肌。同年代で細身でありながら出ている胸と括れている腰、安産型(たしか?)なヒップは男の俺から見れば魅力的な女性だ。
そんな彼女を見て何も感じない奴が居るのなら、そいつは同性愛者か異常者だ。
別に俺はそれを否定はしないが、それで誰かが特に俺と親しくしている人間が被害に遭うなら潰す。
「ねえねえ、そこのキミ。今、時間ある?」
「そうそう。時間があるならオレたちとお茶しない」
「美味しいトコロ、知ってるからさ」
(こいつら、あからさまにエルシャの目の前に座って居る俺を無視しやがった)
危うく額に青筋が浮かび上がり、怒気を発しそうになったが、すんでのところで耐える。
「いえ、この後は用事があるので結構です」
エルシャは素っ気なく返す。その姿に俺は少なからずのやり慣れてる感が感じられた。
(やり慣れてるなあ、エルシャ。もしかして、過去にもこんなのがあったのか? まあ、エルシャは可愛いしな)
しかし、ナンパ男達はそんな事では引き下がらない。
「そう言わないでさ」
「そうそう、ちょっとだけでいいから」
「それにキミ、この街では見たことが無いからさ、もしかして初めてじゃないかなあ、と思って」
「何だったら、オレたちが案内を…………」
「結構です。それに、さっきから私の前に座っている彼を見てみぬフリをしている時点で私の貴方達に対する感情は最底辺です。ですので、どうぞお引き取りを」
(うわ〜、すっげぇ言い様。まさにとりつく島もない)
そんなエルシャの台詞にあたかもナンパ男達は初めて俺に気が付いたかのような反応を示す。
「あれ〜? キミって居たっけ?」
「いや〜、気付かなかったわ」
「でもさ、こんなひょろっちいヤツよりオレたちの方が……………」
「いい加減、口閉じろよ」
流石に俺も少しだけ限界を迎えてしまったようだ。気が付かない内に、俺の中のイラつきゲージが溜まっていたようで、そんな言葉が口を吐いて出てしまった。
それを聞いたナンパ男達は一瞬にして沸点に到達したらしい。
(いや、低すぎんだろ)
「おい、クソガキ。今、なんつった?」
「もう一度言って欲しいのか? なら言ってやる。いい加減、その減らず口を閉じろよ。さらに付け足して、さっさと失せろ」
「このくそ野郎が!!」
一人のナンパ男が俺に殴りかかってくるが、俺はそれを魔力強化した人差し指で止める。
普通なら吹っ飛んでいても可笑しくないそれを、指一本で止められた光景に男達は驚愕する。
「なぁ、エルシャ。確か俺がギルドで登録した時も似たような事があったよな」
「確かにありましたね。懐かしいですね。もう、昔のように感じてしまいますが、それほど経ってないんでしたよね」
その状態で俺達は軽く話し、視線を男達に向け、
「これはソイツにも言ったことだが―――――」
俺は魔力で軽く威圧しながら、言い放つ。
「――――自分と相手の実力差を感じられるようになってから出直せ」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」」」
俺の威圧に恐れ戦いたのか、そんな悲鳴を上げてギルド本部から逃げたした。
「ふん」
果実水に再び口をつけて飲んでいると、受付の方から呆れた顔でエレーナさんがやって来た。
「全く、また盛大にやったね」
「別に、乱闘騒ぎになった訳じゃないんだ。それだけは、少し進歩したと思ってくれ。それに、向こうが悪い」
俺は少しばつが悪くなり、視線をそらせば、そこには俺の魔力威圧を感じ取れた者がいたのか、俺に驚愕や畏敬、畏怖の視線を向けてくるもの達が居た。
少しだけ、やっちまったかと感じたので、次に同じような事があったときはもう少し抑えることにしようと決めた。
「それはそうと、グランドマスターとの面会がすぐに出来るそうよ」
〜・・・〜 〜・・・〜
エレーナさんはまるでかって知ったる我が家のようにスタスタと通路を歩く。
これ、大丈夫なのかと心配になる。一応は面会の約束をしているとはいえ、ここに居るのは冒険者ギルドを統括している八つある本部の一つを任されているグランドマスターだ。
もし、変なことでもしようものならどのような罰があるのか。
「どうしました」
「いや、エレーナさんは全然気にしていないけどさ、ここって結構重要な場所だからさ。何かあったらと思ったら、緊張して」
「あんなとんでもない力を持つ貴方も、緊張はするのね」
「当たり前だ。俺だって人間だ。それに、俺に非があるなら、罰を受けるのが普通だし」
エレーナさんはクスリと笑い、安心させる様に言ってくる。
「それなら安心よ。ここのグランドマスターとは知らない仲ではないのだから」
「そう、何ですか?」
「ええ。と言うか、ここのグランドマスターはワタシの後輩で、教え子的な存在なのよ」
「そ、そうなんですか!」
「ええ、だから大丈夫。ほら、あそこよ」
エレーナさんが指差す方向には、アルベンの彼女の執務室のより立派な扉があった。その扉にはプレートが掛けられており、そこには執務室と書かれていた。
成る程、分かりやすいなと納得していると、エレーナさんはさっさとその扉の前に行き、ノックをしてから中からの返事も待たずに扉を開けて中に入ってしまった。
「…………え、あ、ちょっ」
俺達は急いでその後を追う。
執務室に入ると、その室内もアルベンのものより少しだけ広い。もし壁で部屋を分けるなら軽く三、四部屋は出来るだろう。
だが、そこは変わらないんだなと思う場所もある。
それは俺達が入ってきた扉の正面にあるテラスの付いた大窓。その前に置かれた立派な木製の机とそこに座る女性。
恐らくだが、彼女はグランドマスター――――の影武者だな。
何故、俺は彼女が影武者なのかと考えたのかは、その身に纏っている光属性の魔力。
(あれは、恐らくは『幻影』だな)
それに気付いているのは俺だけか、もしくはエルシャやエレーナさんも気付いているか。
「久しぶりね。相変わらずの腕前ね、アネット」
「はぁ、やはり気付いていましたか。エレーナさん」
「当然ね。ワタシが事前に面会を取り付けたとしても、あの慎重者がそう簡単に姿を現すとは考えにくい。にしても、貴女も腕を上げたようね。危うく、間違えそうだったわ」
「それは重畳、貴女にそう言われるとこちらの自信にも繋がりますから」
どうやらエレーナさんは気付いていた様だが、エルシャはどうかな、とエルシャに視線を向ける。
視線の先に居るエルシャは驚いた顔をしていた事から気付いていなかったようだ。
(これは、後でコツでも教えておくか)
それで俺は視線を前方の机に居る女性―――アネットに戻す。
アネットはバレてしまったしもう良いかと魔術を解除する。
現れたのは俺が観ていたものと同じ赤い炎のようなストレートを背中の中程まで伸ばした灼眼の瞳を持つ女性だった。
「それで、本物はどこかしらね」
「それでしたら……………」
「それなら、そこにある影の中じゃないか?」
「「「………え」」」
俺は軽い感じでグランドマスターが隠れている場所を告げると、三人が驚いた様にこちらを向く。
「えっと、タクトさん。グランドマスターの居場所が解るんですか?」
「ああ。今現在、そこの扉の横に立っている甲冑の影になっているそこの中にだ」
俺が説明した方向には確かに俺達が入ってきたのとは違う、もう一つの扉があり、その横には直立不動の姿勢で立っている甲冑があった。その足下にも、色濃い影が堕ちている。
「ほら、早く出てきたらどうだ。慎重者のグランドマスターさん」
俺がそう声を掛けると、まるで呆れているのか諦めからかその影が下から持ち上がっていくと、次第に人一人を形作っていく。
それは壮年の藍色の髪を生やした、黒曜石の様な黒い瞳を持った男性だった。
「まさか、アネットに教えられるでもなく、況してや、エレーナさんが気づくでもなく、一緒に居た君が気付くとは思わなかったよ」
「まあ、俺も使える魔術だからな。あれ、【影潜動】だろ?」
「まさか、そこまで視ただけで分かるとわ」
男性――――グランドマスターは呆れか、感嘆からかため息を吐く。




