第3話 〜異能覚醒、その名は【幻想具現】〜
お久しぶりです。十織ミトです。
前回に引き続き、短日で書き上げる事が出来ました。
今回は、前回の内容の続きとして書いています。そして最後の方では、今回の小説の題名にも出ています『幻想』に関する情報を書かれていますので、読んでみてください。
「はっ……………はぁっ……………はぁっ……………」
あれからどれ程走ったかすでに覚えていない。
鼓動が激しく息は上がり、激しい運動をした事で乳酸が溜まり腕と足が上がらなくなってきた。
深く濃い霧の立ち込める林の中をそれでも走っていると、時折地面から顔を出す木の根に足を取られ、転びそうになるが、必死に堪え走り続ける。
時々、後ろを振り返りあの怪物がいるか確かめる。今はいない事を確認し、近くにある木に寄りかかって休憩をとる。
「はぁ……………はぁ………………。こ、ここまでくれば大丈夫か?」
錘を背をわせられるかのような鈍重な動きで座り込みそうになった瞬間、背筋に冷たいものと嫌な予感がし、重くなった身体に鞭を打ってすぐさまその場を飛び退く。
それは単なる勘か、本能による行動だった。が、その数瞬遅れて、今まで俺が背中を預けていた木が破壊された。
「嘘だろ、おい。もう見つかったのかよ」
木の後ろから現れたのは、俺が命からがら逃げていた怪物だった。
しかも、そいつには疲れの様子がなく、逆に俺が疲れきって動くのもしんどくなっている現状を面白がっているかのような気配さえ伺わせる。
それはまるで、自分より弱い生き物を狩るための狩りを楽しむかのようだった。
「……………こいつは、………万事休すか。――――――ッ!」
そいつが突然前足を上げて、振り下ろす動作にさっきと同様に嫌な予感がし、咄嗟に右側に避ける。
すぐに顔を上げ自分がいた場所に目を向け、そして驚愕する。
先程まで何もなかった地面にそれなりに深い四本の線が引かれていた。それも、振り下ろす動作をした左の前足から。
俺は今ほど自分の勘を褒めたいと思った事がない。
少しでも遅れていたら、今ので俺は間違いなく死んでいた。
(どうする、身体も足もまともに動かすのはしんどい。だが、それでもここから離れないと。今がどのくらいの位置かは知らないが、少しでも皆からこいつを離さないと)
この場から離れる策を考えようとしたが、その前に怪物の方が動くのが早かった。
「グガアアアァァァァ――――ッ!」
咆哮を上げ、一息に俺の下に飛びかかってきた。
咄嗟に躱そうとするが間に合わず、咄嗟に腕で身体と頭を庇うのが精一杯だったが、その上から引き裂かれる。
「ぐああぁぁぁ――――――っ!!」
獣の様な叫びを上げ、引き裂かれた腕から真っ赤な血が吹き出し、身体を襲う激痛に目の前が点滅する。
今すぐにでも地面に|蹲り、転げ回りたかった。
だが俺にはそんな暇はなく、次には横からの衝撃に吹き飛ばされ転がっていった先にあった、木に打ち付けられた。
「………がはっ」
全身を襲う激痛に木を背にしながら崩れ落ち、何とか顔を上げたが右側の視界が赤い液体が流れてきた事で見辛かった。
赤い液体に手を浸けると、ドロリとした感触の、それが自分の頭から流れてきた血である事がわかった。
「マジで、このままだと死にそうだな。………………ごほっ、げほっ」
喉の奥から鉄臭い気持ちの悪い感覚を覚え、咳と一緒に吐き出すと、地面に血が飛び散り滴り落ちた。それを視界に納めると苦笑いが漏れるが、その時に頭の中に浮かんだのはバスに残してきたクラスメートと伊野崎先生、そして、俺の帰りを待つ百合華の事だった。
(くそっ、こんな事なら、もっと百合華に構ってやるんだった)
後悔先にはたたずとはまさにこの事。
「……………チクショウが………悪いな、百合華。父さん、母さん、どうやら俺…………約束、最後まで、守れそうにないや」
怪物が俺に向けてゆっくりとした歩調で近づいてくる。
それはまるで、俺の死を主張しているかのような歩調で、あと少しで俺を食い殺せそうな所まで来た時、突然目の前が真っ白に染まった。
〜・・・〜 〜・・・〜
次に視界が戻った時、俺の前に広がっているのは不思議な光に包まれた場所だった。
「どこだ、ここ」
ふと、身体に違和感を感じ見るとさっきまであの怪物に付けられた傷があったのに、今は綺麗さっぱりなくなっていた。制服までも、傷やほつれも無い新品同然の状態になっていた。
手で触れて確認するが、やはり傷は無い。
だが、さっきまで感じていた痛みは覚えている。
「どうなってんだ? もしかして、俺、死んだのか?」
「いいえ。貴方はまだ死んではいません。ここは貴方の精神世界ですよ」
傷が消えた事に不思議がってると、後ろから女性の声がかかった。
俺は、突然の事に驚き振り返った。
そこにいたのは、胸元と裾の中から足がわずかに覗くスリットの入った蒼穹色のドレスを纏った白銀の髪と紅玉の瞳を持つ今までの人生で見たことの無い程に美しい女性だった。
色合いからは、何処と無く冷徹な印象を受けそうだが、その眼と雰囲気からは全くの真逆で、慈愛に満ちたものを感じた。
「あんたは、誰だ?」
「はじめまして、津我無拓斗様。私は、この世界とは違う世界。貴方方が言うところの異世界で創造神をしている者で、名前をシェルヴェローナと申します」
「異世界? それに、創造神?」
突然自分を神と言う目の前のこの女性に困惑してしまう。
「戸惑ってしまうのも仕方ないでしょうが、すでに貴方様はその証拠を見ています」
「……………証拠?」
「あなた様が、先程まで相手していたアレはなんでしょう?」
「………ッ!」
その言葉で、自分がさっきまでどうしていたのかを思い出した。
(そうだ! あんな生物は見たことがない!)
あの怪物は確かに、この世界、地球には存在しないものだといえる。
あんな存在が居るのなら、騒ぎにならない筈がない。
もしかしたらサブカルチャーにあるUMAだったりするのかもしれないが、俺は知らない。
「まさか…………、本当に」
「はい。では、どうしてあの怪物がこの世界にいるのか。そして、あの怪物が何なのか説明させていただきます」
異世界の神であるシェルヴェローナからもたらされた内容は、信じがたく思えるものであると同時に怒りが際限無く溢れだす内容だった。
「じゃあ、何か? あんたの、自分達の世界に勇者なんて者を呼び込む為にあんな怪物を、勇者を呼び込もうとしている国が俺達の世界に送り込んだってのか? しかも、実験のついでに何て理由で?」
「はい。そうなります」
数瞬の間、頭が真っ白になった。
だって、本来ならこの世界とシェルヴェローナの世界を繋げるなら、無害な物品でも良かったとシェルヴェローナは言う。
例えば、装飾品なり、刀剣類だったり。
なのに、自分達の勝手な都合と実験の為にあんな怪物を送り込んだというのだ。
こちら側の事情などお構いなしに、あんな危険なモノを勝手な理由で。
もしそれで、召喚する予定だった勇者になる筈の奴まで死んでしまったらどうするのか?
召喚予定の人間は死ぬような事はなくても、その周りの無関係で何の力も無い俺達はどうなるのか?
間違いなく、甚大な被害が出ることは必定。
頭がそれを理解していくにつれ、ふつふつと身体の奥からこみ上げてくる、マグマの如し荒々しく激しい激情。
「…………ざ、…………な………」
最初は小さく、沸々と次第に大きくなるその感情を発露する。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ!!」
途方も無い怒りの感情が俺の身体から発せられ、ここが精神世界である事が災いし、多大な影響を及ぼす。
周囲には少なくない数の歪みや亀裂、俺の心情を顕しているかのような荒れ狂う嵐が発生していた。
「そんな理由で、そんなくそったれなくだらない理由で俺はこんな命懸けの囮をしていたってのか!!」
それは認めがたい事だ。認めたく無い事だ。
ここまで必死に足掻き、さっきなんて死にかけるまさに一歩手前と言ったところまでいっていた。
「その通りです。本当に、私の管理する世界の人間がこのような事を仕出かしてしまい申し訳ございません」
シェルヴェローナの必死な様子と悔恨の念が多分に含まれた声で頭を下げる事で謝罪してきた。
そんな、ただ謝られただけでは納得出来る筈も無い。
だが、シェルヴェローナが向けて来る念が精神世界だからか、心からのものだという事が伝わり、俺の方も一旦この感情を抑え込むことにした。
「それで、あんたは何の為にここにいる」
「私の世界の人間が起こした事の後始末です。しかし、すでに他の世界に送り込んだ後なので、神である私は手出しができず、その世界に生きる人間に手伝っていただくしかないのです」
そんな事情から物凄く申し訳無さそうに話す。
今回の事も彼女は関係無く、彼女の世界の人間が勝手にやった事なのだ。
「でも、手伝ってもらうったって、この世界の人間は誰も特別な力なんて持って無いぞ。そもそも、戦う事さえまともに出来る奴なんて居ない」
「承知しています。なので、私か、その世界を管理する神から力を授けられます」
「………力を?」
「はい。この世界では確かに特別な力を持つ者、いえ、使える者はいません。しかし、それは持って無いのではなく使えないようにされているだけなのです」
その言葉に俺は衝撃を受けた。
まるで、この地球に住む人間が特異な力を有しているかのような言い方だった。
「それは、どういう事だ」
「ここを管理する神は、この世界を造り出す時にあなた方の魂にある物を埋め込んだのです」
「……………ある物?」
「《根源の種》と呼ばれる物で、これは持ち主の育った環境・覚悟・感情・願いなどの強い思いに呼応して発露し力を発現します」
驚きの事実に俺は唖然とするが、すぐに疑問が顔を上げた。
「だったら何で、誰もその《根源の種》を発露させてないんだ? 育った環境やそこで得た思い何て人それぞれだ」
「理由は簡単です。ここの神が発露しても、力が発現しないように封印しているからです」
「何で、そんな事を」
「昔はいろいろと大変な事があったでしょうけど、今の時代にそんなものが必要ですか?」
と、シェルヴェローナ様は聞いてくる。
確かに、普通に生活しているなら、そんなものが必要になる事は無いだろう。
中には、強大な力を欲する輩が居ることは知ってはいるが。
特に、ある病に掛かった一定の年齢層の人間には。
「しかし、今回の事でそうも言ってられなくなりました」
「まさか、今後もこんな事が起きるのか!?」
「いいえ。その可能性は無いでしょう。そもそも、そんな事を私が絶対にさせない事を私の名に誓います。ですが、今回あなた様には二つの選択肢があります」
シェルヴェローナはそう言って、指を二本立てる。
「一つ目は、このまま何もせず元の場所に戻って死を受け入れる事。
二つ目を、あなた様の中にある《根源の種》を抑え込む力を消し、発現した力を持ってあの怪物――――魔物を殺す事。もちろん、二つ目にもデメリットがあります。それは――――――」
シェルヴェローナ様が語るデメリットは、俺にとっては悲惨なものだった。
「それは、《根源の種》の力は一度解かれると二度と元に戻す事ができない。それは同時に、この世界には居られない事を意味します。なので、その後にここの神と話し合ってから私の管理世界に来ていただきます。そうなれば、もう二度とこの世界に戻って来る事ができないでしょう」
「力を持ったままこの世界で生きるって選択肢は無いのか」
「無くはありません。ですが、それは同時にこの世界から異物だと誤認される恐れがあります」
「なら、俺が力を使って、あの魔物を倒して、その後にその力を奪うか消せばいいんじゃないか」
「それは、尤もな疑問でしょう。ですが、それは不可能です」
不可能と断言するシェルヴェローナ様に聞く。
「《根源の種》とはそれを宿す者の魂と深くそして密接に繋がっており、それを絶ち斬る事はそれすなわち、強烈な激痛と耐え難い喪失感から廃人になるか、その時のショックで死にます」
「なっ!?」
まさか、魔物を殺せたとしても、力の素である《根源の種》を摘出するだけで死んでしまう事になるなんて思いもしなかった。
それでは、生き残っても死んでしまうだけでは無いか。生き残りたいが為に力を使ったのに本末転倒ではないか。
「だから、今ここであなたに提示出来る物はこの二つのみ。魔物を殺して、生き残るか、死を受け入れ魔物に殺されるか」
生きるか死ぬかの二択。どちらも俺にとっては最悪の未来しかなかった。
その事に俺はため息を吐き、数瞬目を閉じそして開ける。
その二択しかないのなら、俺が選ぶのは一つだった。
「なら俺は、生きる方にかける」
「本当にその選択で良いのですね」
「ああ。他に思い付きそうに無いしな。確かに、この世界に戻って来る事も、二度と百合華と会う事もできないのは寂しいし、両親との約束も破ってしまうのは悲しいが他に道が無いならそれを選ぶ」
「分かりました。では今より、封印を解かせていただきます」
シェルヴェローナ様が手を俺に向け、その手の先に光が生まれ、その光が俺に触れた瞬間―――バキンッ! と俺の中でなにかが壊れる音がした。
それと同時に、身体の奥から熱いナニかがこみ上げ、次第に馴染み、それが消えると頭の中に一つの言葉が浮かんび、自然と口からその名が紡がれた。
「【幻想具現】」