第29話 〜災厄〜
それからの数日は、俺とエルシャの冒険者ランクのランクアップとエルシャの鍛練に勤しんでいた。
何故、ランクアップをするのかと言うと、エレーナさん曰く、この戦闘に参加出来るのは『C』ランク以上からでは無くてはならないらしい。
既に特例として、俺達の参加は決まっていたが、それでも冒険者ランクを上げておけば何かと便利で厄介事を遠ざける事が出来、面倒事が減らせて良い。
それと、これは登録時にレーナさんからのギルドの説明でもあった事だが、冒険者ランクは、全てで九段階。
上から『SSS』、『SS』、『S』、『A』、『B』、『C』、『D』、『E』、『F』の九つ。
『SS』は当然ながら少なく、現在確認されているのは三人のみ。その三人は、各国が認めた規格外だとされているが、本当か分からない。
俺からすれば、どれも変わらないから。
『SSS』に至っては、現在居らず、もしそのランクを授けられる者が居るのだとしたら、それは確実に伝説に語り継がれても可笑しくは無い偉業を成し遂げた事になる。。
「今日の依頼を終えれば、エレーナさんから『C』ランクに上がれる試験の推薦が貰えるんでしたっけ」
「ああ。本来であれば、そんな事はあまりやらないらしいが、事は大事に至るかも知れないからな。戦力に成りそうな奴は多いに超したことは無いんだろう」
「それだけでは無いでしょうに。あんな威圧されたら、無視できないですよ」
俺達がもたらした報告。
多数の魔物が集結している事から、それは大氾濫、又の名をスタンピードと呼ばれる現象だと推察される。
それが起こる条件としては、特定の種族の魔物か複数種の魔物が爆発的に増えたことによる棲みかからの放出。爆発的に増えたことによって、自分たちが食べる食料が減った事によって他所を襲う等の流れ出し。
所謂、スタンピードは自然災害の様なものだと考えられている。
溢れだした魔物達はまず近場から襲い出し、その勢力を保つなり増すなりして被害を拡大させていく。これはほぼ確実な流れになるのは必然。
そして、このスタンピードにはもう一つ知っていなくてはいけない事がある。
それは、魔物の危険度を示すランクとは別に、スタンピード専用の危険度の区分け。
軍勢級:レギオン 数百〜千体まで
災厄級:ディザスター 千以上〜一万
災禍級:カタストロフ 一万以上〜十万
終焉級:ラストエンド 十万以上〜
この四つに分けられる。
軍勢級であれば、一つの街で何とか対処出来るかもしれないが、それよりも上である災厄級からは複数の街か国が出張らなければならない非常事態になる。
だからこその情報収集を徹底しなくてはならない。
それをせず、ただ数を集めそれで満足し、こと相手の数がこちらを上回れば呆気なく崩れ、多くの死傷者が出ることは間違いない。
その点、ここのギルドマスターのエレーナさんはしっかりとした情報収集を徹底させ、そこから作戦を立て、不備が無いかを何度も思考し続ける。
「さて、そんじゃあ、一丁やりますか」
〜・・・〜 〜・・・〜
その頃エレーナは、ギルドの自室にて報告を纏めた資料を持ってきた秘書兼サブギルドマスターの犬獣人サリマン・アブソンと向かい合って話し合っていた。
「それで、首尾の方はどう」
「はい。今回のスタンピードに関する情報収集の為の偵察を主とした指名依頼で、三つの冒険者パーティに依頼をしました」
「ふむ」
今回のスタンピードの偵察を依頼した冒険者パーティの事は、予め渡されていた資料にも纏められている。
「依頼を受けてくれたのは、『B』ランクパーティの『魔穿つ風』、『C』ランクパーティの『青き流星』と『四季折々』です」
「ええ、報告書で見たわ。それで、彼等からの報告はどうなっているのかしら」
「こちらに纏めてあります」
そう言って、サリマンは手に持っていた纏められていた資料を手渡す。
渡された資料をエレーナは斜め読みをするかの様に読み進めていく。
そして、最後の所に今回のスタンピードの規模とそこに集う魔物達が記されていた。
「まさか、ここまで酷い状況だったなんて。それで、これはどこまでが事実だと思う」
「全て、でしょうか。その報告書を作成したのはおれです。流石にそれで、おれに嘘を伝えるのも、各全てのパーティーが全くの口裏を合わせる何て事はしないでしょう。それは総じて、自分達の首を締める事になるのですから」
「はあ、それもそうね」
エレーナは再び手元の報告に目を向ける。
「これは、皇都や他のギルドに応援を出してもらわなくてはいけないかもね。最悪、ワタシ達は――――――いや、この街は、滅ぶわ」
最後に記されていたスタンピードの規模は数千はくだらず、最悪は万に到達する程の軍勢。
それは間違いなく災厄級のスタンピード。
さらにはこの度確認されたスタンピードは複数種であった。単一種であれば、その種にあった倒しかたを採用し、事に当たるのだが、複数種の場合はそれが出来ない。
それは何故か、答えは簡単だ。
指揮系統が全く違う軍隊があるとして、それが全く争うこと無く同時に進軍するとして、どちらか片方の指揮官を撃ち取れば両方止まるのか。
答えは、否。
どちらも、全く違う意思や思想で動いているのだ。ただ互いに争わない様にしているだけで。だから、片方を潰しても、全く違う指揮で動くものは止められない。
「現在確認されているのは、ゴブリン、オーク、オーガ、グレートウルフ、グレートリザード、ザガンの七種です」
「依りにもよって、グレートリザードとザガンが居るなんて」
グレートリザードは全長が三〜四メトスある巨大な蜥蜴で、ランクは『C』の魔物だ。この魔物の特徴としては、硬くしなやかな外皮と鱗に覆われている事から、『C』ランクに上がったばかりの冒険者には嫌遠されたりしている。
そしてもう一種の厄介な魔物。ザガンと呼ばれる『A』に近い『B』ランクの魔物だ。
その姿はオーガと狼を混ぜた様な姿をし、鳥の翼を持つ魔物である。このザガンはオーガに比肩する力と狼の俊敏性、鳥の機動力を併せ持つ厄介な存在だ。
「それで、こっちの戦力は」
「まだ、公表はしていませんので、どれ程集まるか分かりませんが、多く見積もってもこの街だけでは千はいかないでしょう」
「くっ、今から救援を出しても何時到着するか分かったものではないわね」
「ええ。此方からの報告から兵や冒険者を集うのに少なく見ても一週間は掛かるでしょう」
「それまで、奴等が大人しくしているか分からない、か」
「ええ」
エレーナは頭を必死に回転させ、何か妙案は無いかと考え続ける。
しかし、そんな簡単に思い付く訳もなく、そんな時に彼等が現れたのはまさに天恵だったのかもしれない。
「こうなったら、彼の提案を受けるしか無いかしらね」
「彼、ですか?」
「ええ。ワタシが今まで生きてきた中で、まず間違いなく最強で最高の可能性を秘めた存在」
「そんな人物が居るのですか?」
サリマンがいぶかしむのも無理はないだろう。彼はあの場に居なかったのだから。
「まあ、まだ『C』ランクにすら上がっていないんだけどね」
「それでは戦力に成らないのではないのでですか?」
「本来であればね。だから、今はランクが上がり易くなる様に今の彼等のランクで最も重要な案件を受けてもらっているわ」
「それは、かなり贔屓が過ぎるのでわ?」
「いいえ。ワタシからすれば、これが今の時点で最も最善。彼等の力は間違いなく必要になる」
そう言ってエレーナは、予定では今日の依頼で『C』ランクに上がる為の試験を受ける資格を得られる筈なので、その手続きをしておく事にした。
「彼等、いえ、彼なら、何とかしてくれるかもしれない」
それはエレーナの純然たる心からの願いだった。
エレーナ自身この街を気に入っている事から、そう簡単に逃げ出すことは無かったが、今出来るだけの事をやってみせる気兼ねを抱いて作業を始める。




