第2話 〜霧の中の怪物〜
お久しぶりです。十織ミトです。
今回は、執筆する時間をたんまりと確保出来ましたので、二日という短時間で作り上げる事が出来、読者の皆様をお待たせする事が無く幸いでした。
今後も、このくらいの頻度でいきたいと思いますが、なかなか難しいと思いますが、頑張っていきますのでよろしくお願いします。
では、どうぞ。
学院から出発してすでに一時間以上が経ち、目的地までの道程を約半分程を消化し現在は、林以上森未満といった緑豊かな場所に敷かれる片側一車線の道路を走行している所だった。
バスの車内では、ガヤガヤとあちらこちらから生徒逹の話し声が聞こえてくるが俺はそれを気にせず事前に配られていたしおりを出して今日の予定確認をする。もう少し行った場所で小休憩を挟むことになっている。
すると、バスの車内通路を挟んだ反対側の席から声が聞こえてきた。
「あははは、…………ん? ナンダコレ?」
「どうした?」
突然隣に座る生徒が疑問の声を上げたので、その隣に座るもう一人の生徒が聞く。
「いやな。何か、いきなり霧が出てきたからさ」
「え? あ、本当だ」
声を上げた生徒が外を見ながら言うと、それにつられ言われた通り外を見た隣に座る生徒が声を上げた。
それを聞いて俺もバスの窓から外を見た。
確かに、さっきまで晴れていたのに突然霧が立ち込めていた。しかもだ、最初はうっすらと靄のようだったのが次第に濃くなってきた。
家を出る前に観ていたテレビの天気予報では、今日はどこも晴れだった筈。試しにスマホの天気予報でも確認してみると、晴れのままだった。
それに、気付いた生徒逹も外を見て余計に騒がしくなってきた。
すると突然、左側の林の中から沢山の鳥や動物逹が立ち込める霧の中から飛び出してきた。
「うわーっ!」
キキ――――ッ!!!
林の中から飛び出して来た動物逹に驚いて、運転手が急ブレーキを踏みこんだ。
「キャーッ!」
「うわーっ!」
「ギャーッ!」
驚いたのが運転手だけでなく、突然の急ブレーキに車内のあちこちから驚いた声や悲鳴が上がった。
「おい! おまえら、大丈夫か!」
伊野崎先生が生徒逹の安否確認する声を上げた。
周りからは痛みを堪える声が聞こえるだけで、特に問題は無いようだ。
「………痛ぁ〜………え? ねえ、何……………アレ?」
俺の前に座る女子生徒が前の座席にぶつかって痛みを訴えていたが、外に視線を向け、あり得ないものを見たかのような声を上げた。
俺やクラスメート逹がその声に釣られる様にして俺が座る側の窓の外を見た。
そこに広がるのは、すでに遠くが見通せない程に濃くなっていた濃霧だけだった。
彼女は何を見たのかと不思議に思ったが、すぐにその原因が理解った。
濃く立ち込める霧の中を何かが動いているように見え、奥から黒い染みがにじみ出てくる様にしてそいつは現れた。
「………何だ、あれは」
にじみ出てくるように霧の中から現れたのは、獅子の頭と山羊の頭、二匹の蛇の尾、爬虫類のような鱗と皮膜の翼を持つ怪物だった。
口からは白い煙のようなものと涎、唸りを上げて此方にやって来るその出で立ち。
それはまるで、ゲームやアニメに出てくる『キマイラ』と呼ばれる怪物のようだった。
全員がその姿に唖然呆然としていたが、俺は背筋に冷たい物が流し込まれたような感覚を覚え、すぐに気を取り直してこの場を離れるようにバスの運転手と伊野崎先生に大声で指事をだす。
「先生! 今すぐ他のクラスにこの場を離れるように連絡してください!! 運転手さんも、早くバスを出して下さい!!」
「あ、ああ。わかった!?」
「は、はい!」
もたもたとスマホを取り出す伊野崎先生と急いでバスを走らせる為にや即座に行動にでようとしたが、その俺の指事は一瞬遅かった。
ズドガンッ!
「「「「「キャーッ!!!」」」」」
「「「「「ぐわーっ!!!」」」」」
突然バスの下から、突き上げるような衝撃が起き、そのままバスは横転した。その衝撃でパリンッとほとんどの窓が割れる。
「ぐっ、一体なにが」
周りからは痛みに呻く声と、泣く声が聞こえてくる。どうやら何人かは割れたガラスで何処かしらを切ったり、座席の何処かに身体を強打してしまったようだ。打ち所が悪く気絶した生徒も居る事だろう。
俺は即座に外の状況を確認しようとするが、横倒しになったことで、それが不可能になって把握できない。
このままでは全員が――――死ぬ。
その考えが頭によぎった時、朝に感じた嫌な予感はこれだったのかと確信に近い思いがあった。
しかし、このままでは死ぬと考えた時、俺はそれを受け入れることができなかった。
(こんな所で、死んでたまるか。俺が死んでしまったらあいつが――――百合華が独りになってしまう! それだけはけして認められる訳がない!)
俺と百合華は、たった二人の家族だ。
ここで死ぬことで、百合華が独りきりになることなど許容できない。
親戚達だって、俺が居なくなってから何時まで百合華の面倒を見てくれるか分からないし、何時まで生きていられるか分からないのだ。もしかすると、養子として受け入れてくれるところはあるかもしれないが。
俺達の両親の親戚や従兄弟従姉妹の人達にだって子供はいる。祖父母も今ではそこそこ高齢だ。
頼るのだって、限りがある。
だが、俺は周りを見てそれだけを考えることが出来なかった。
何人もの生徒が突然の状況に泣き出したり、恐怖から正常な判断が出来なくなって収拾がつかなくなっている。
今の俺の頭にあるのは、この場をどうやって切り抜けるかという事と妹の事だけだった。
その行いが偽善と言われても構わない。しかし、この場を切り抜けるための手札や手段が全く検討もつける事も出来ない。
もし俺がクラスメート逹を置いて、俺一人が逃げて行けば、もうあいつと両親に合わせる顔がない。
そこで俺はため息をつく。
(こうなったら、どうにかして"俺以外"を行き残させるために俺が"囮"をやるしかないか)
今思い付く限り、俺のなかでは一番最善だと思った案。
しかし同時に、その後の自分にどのような未来が待っているのかを知っていながらの他者にとっての最善で、俺にとっては危険と隣り合わせの案。
いや、それどころか、間違えなく自殺行為だ。
相手は見たこともない怪物。こっちはただの人間。あの足にある爪に引っ掛かれたら俺なんかじゃひとたまりもない。
それでも、この危険な賭けをしなくては誰も生き残れない。
俺は横転したことで足場にすることが出来るひじ掛けの上に立ち、運転手の下に向かう。その道中に各席の様子も確認するが、俺が座って居た左側の席が上になり、そちら側の生徒達はシートベルトの圧迫に呻いては居るがそこまで重傷の生徒は居ないようだ。痛みを訴える生徒の大半は割れた窓ガラスで切り傷を作ったか、巻いていたベルトで腹部を圧迫されたことによる腹痛であった事で、俺は多少は安堵する。
もし、この中で重傷者が居れば、外の怪物は先にそいつを襲うかもしれない。そうさせない様に早くしなくては。
俺は運転手の傍までやって来て様子を確認すると、運転手はさっきの下方からの突き上げか横転した時に気絶していたようで、俺は優しくぺチぺチと顔を叩く。
数回そうしていると――――
「……………う、うん。ここは?」
「運転手さん、ドアを開けるためにはどうしたらいいですか?」
頭をおさえ、運転手が現状確認をしようとしていたが、俺はそれを遮り聞きたい事を単刀直入に聞く。
じゃないと、答えてくれないだろうから。
「…………え? …………えっと、これを引けば開閉できます」
「わかりました、ありがとうございます」
状況が理解できず、最初は運転手も不思議に思ったようだが、すぐに教えてくれた。
が、俺の行動を不信に思ったのは運転手だけではなかった。
「おい、津我無。一体、何をするつもりだ」
気絶する事無く打ち身に呻くだけですんだ伊野崎先生が疑問に思ったことを俺に聞いてくるが、俺は振り返らずに言う。
それを言えば、間違い無く反対される事を知りながら。
「今から俺が囮になるので、先生は全員を連れて逃げて下さい」
「なっ! 何をバカな事を言っている! 津我無、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!? さっきの見ただろ、あんな怪物に囮として行くなんて、自殺行為だ!!」
俺が今から行うことを聞いて伊野崎先生が激怒した。やっぱりかと、予感はしていたので絶対に言いたくなかったのだが。
伊野崎先生は誰にでも優しく接する良い先生だから、そんな事を言えば止められると分かっていた。
言うにしても、それは実行する瞬間だった。
まあ、言ってしまったものは仕方ないと割り切ることにする。
「もちろん、分かっています。俺が今からやろうとしていることがどれだけ危険で、自殺行為かなんて」
「だったら、俺が代わりに囮に………………っ!」
「今ここで先生が居なくなったら駄目でしょ。誰が、生徒達を落ち着かせて纏めるんです? まさか、委員長ですか? 流石に無理がありすよ。緊急時だからこそ、大人が必要なんです。それに、俺はまだ若いですからね。何とか逃げられる確率が高いかもしれないし」
勿論、それは方便だ。そもそも、助かる確率は絶望的だろう。
伊野崎先生もそれが解っているのか、尚も言い募ろうとする。
「俺はそういうことを言っているのではなくって、……………津我無っ!」
俺が運転席にある開閉するレバーを引き、ドアを開け横転したことで上になったバスの側面に上がる。
俺はそこで最期の挨拶と、百合華に対する言伝てを頼む事にする。
「そんじゃ、先生。 生きていたらまた会いましょう。それと、もし無事に帰ることができたなら百合華に一言謝っといて下さい。 "約束を破って、守れなくて、ごめん"て」
伊野崎先生は、その言葉は俺が自分が死ぬことを知っているからこその遺言のように思えただろう。
そう感じた伊野崎先生は俺を止めようと、手を伸ばし名前を叫んでくるが、それを振り払って飛び降りる。
俺は着地と同時に近くにあった手頃な石を力一杯怪物に向けて投げつける。
ゴツンっ
「グガルア」
「おい! 化け物!! てめえの獲物はこっちだっ! 狩れるもんなら狩ってみろッ!」
罵るだけ罵ってから俺は出来るだけバスから離れるように走り出す。
後ろをチラッと見て、そいつがバスに向かっていないか確認し、一瞬そいつがバスを見たのでまさかと思ったがどうやら杞憂に終わったようだ。
そいつが俺に向けて走り出すのを見て、これなら皆は無事だろうと安堵し、俺の方も自分が出せる全速力でバスから離れられるように走り出す。
「みんな、さようなら」
俺は一言そう呟き、力と体力の限り走る。
そうして、命を賭けた逃走劇の幕が切って落とされた。