第26話 〜ゴブリン討伐 その2〜
怪我をしていた村人達の治療を終え、俺とエルシャは村人や家畜が襲われた地点を巡り、何かしらの痕跡が無いか探す。
村人や家畜が襲われた場所は、確かに争った後の様な痕跡があり、その時に受けたであろう血痕も既に乾ききって地面の色に同化しているが、ちらほらと確認する事が出来た。
「成る程ね」
「何が、成る程何ですか?」
「これを見てみろ」
俺は地面と同化している血痕の後を指で示す。
それによると、血痕はここから二方向に別れて進んでいる。
一つは村に向かって、これは村人か家畜のものだろうが、十中八九村人のものだろう。聞いた話によると、襲われた家畜はそのままその場で殺され、恐らくは自分達の棲みかに持っていかれているらしい。
ゴブリンは雑食で、食べられる物なら何でも食べる魔物だ。戦闘に携わらないただの村人では直ぐに殺られてしまう。抗い、最後は苦肉の策として、今まで大事に育ててきた家畜を囮にするしかなかった。
だから、村に向かっている血痕とは別方向―――森に向かっている血痕から、殺した家畜を持ったゴブリンが何処に向かっているのか、何処にゴブリンの棲みかが在るのかがわかる筈。
「この血痕から、ゴブリン達の向かっている先があの森なのが分かる。森の中だと、血痕が余計に分かりずらいが、それとは別に何かしらの痕跡がある筈だ」
「これだけの事でそんなに分かるものなのですね」
「まあ、最初は難しいだろうが、慣れれば結構重宝する技術ではある。覚えておくに損は無いぞ」
俺は村とは反対に存在する森に目を向ける。
この国『ハシュバル皇国』には、少なからずの手付かずな自然が残されている事から、そこを棲みかにする動物、そして魔物は多い。
定期的に魔物が住み着きやすい場所に赴き、騎士や冒険者が間引く事はあるが、それでも間引きが間に合わず、魔物の数が増えすぎれば棲みかから溢れだす事がある。間引きが間に合っていれば、魔物が棲みかを離れるのは自分達の獲物を狩る時と外敵を排除する以外ではそうそう無く、況してや村や町、そして街に行けばそこには自分達を殺せるかもしれない相手が居るかもしれないのだから。
だから、数日前からとはいえ村に襲撃してくるゴブリンが居るのは少しばかり、危険な兆候かもしれないなと考える。
そこに住むのが、例え戦闘に携わらない、農作業や家畜の世話が基本な村人が住む村であっても。
「どうしたんですか?」
「…………いや。一度村に戻るぞ。村の守備を調えておくにこしたことはない」
「分かりました」
村に戻り次第、村の外周を土属性魔術で高さ二メル、厚さ三十セルの大きな石壁を作り上げた。
村人達は、突然自分達の暮らしていた村に出現した石壁に唖然となり、驚愕していた。
「あの、タクトさん。これは一体」
最初に復活し、声を掛けてきたのはやはりと言うべきか、俺が村人達と集まっているようにと伝えていた村長のガンツさんだった。
俺はこの場に集まった村人達に聞こえ、理解できるように伝える。
「今俺がやったのは、これ以上この村に被害が起きないようにするための処置だ。この石壁は強固に造っているから、そう簡単に壊れる事は無いから安心してくれ。勿論、この壁を造ったからと言って、報酬額に上乗せさせようなんて思っても居ないから、それも安心してくれ」
「ですが、何故このような壁をお造りになったのですか?」
ガンツさんは俺達がこの村に来たときより、さらに丁寧に話し掛けてくる。
恐らくは、俺が怪我人を瞬く間に治してしまった事から、俺が高名な治癒師か神官、もしくは魔術師なのではないかと勘繰っていて、そのまま機嫌を損ねない様にしているのだろう。
「これはちょっとした保険だ。俺達はこれから周辺の探索の後、そのままゴブリンが住み着いているだろうあの森に入る事にしている」
「「「「「「「「「「なっ」」」」」」」」」」
俺の発言に村人達は、騒然となり騒ぎだす。
「それは危険ですっ。今日は既に昼も過ぎ、そう時間を置かず夜になります。探索や、森への侵入は明日にした方が安全では」
「確かに、普通ならそうすべき何だが、何と無く嫌な予感がするので、そうそうに終わらせなくてはいけない気がするんだ」
俺の意思が堅そうなのが見てとれたのか、ガンツさんは俺の隣に立つエルシャに視線を向け、俺に何とか言って欲しいと視線で訴える。だが、エルシャはその視線に首を横に振る事で、拒否の意を示す。
「心配してくれるのは嬉しいですが、俺達をあんまし甘く見ないでください。こう見えて、強いですから」
〜・・・〜 〜・・・〜
「さぁてと、そんじゃやりますか」
軽く準備体操をし、何時でも動けるようにしていると、村の周辺を探索してきたエルシャが走って戻ってくるのが見えた。
「エルシャ、そっちはどうだった?」
「はい。周辺を軽くですが、見てきた限りでは魔物の姿は確認できませんでした」
「そうか。でも一応、これは使っておくか」
魔力を練り、手を地面に触れさ、そこから練った魔力を拡散させる。
「【地動探査】」
この魔術は、周辺に流した魔力を元にそこに生息している生物を把握するために作った魔術だった。
魔術を教わっていた頃、土属性に探査系の魔術が無く、不思議に思い、落胆してしまったものだ。
何故、土属性なのに土や大地を使わないのか、と。
既存の土属性魔術には、ただ土を固めて石にして、打ち出すものや、地面を操作して視認できる範囲に壁を造る等がほとんどだった。確かに、土属性は応用が利きにくいかもしれないが、それでも出来る事はある筈なのに。
「よし、この周辺に魔物は確認できないな」
腰を上げ、手に付いた土を払っていると、エルシャから恨みがましげな視線を向けられる。
「ん、どうした?」
「………どうした、ではありません。何ですか、それ。何で、そんな便利な魔術があるのに、私に周辺確認に行かせたんですか」
どうやら、俺がこんな魔術を持っていたのに、自分に行かせたのがお気に召さなかったようだ。
当然、そんな反応をされる事が分かっていたので、俺はこう返した。
「良いか、この魔術は確かに凄く楽が出来るし、動き回らなくても簡単に周辺を確認出来る。だがな、それは利点にばかり目が行ってしまっているから、この魔術の欠点に気が付いていないんだ」
「欠点? 何処に欠点何てあるんですか?」
「良いか、この魔術は周囲の地面に魔力を流し込む事で、その魔力がある範囲を一時的に自分の支配下に置く事で、周辺の探索を簡略化する事が出来る優れものではある。が、それは相手に魔力に敏感な存在や、魔力を感知する道具等が無いことが前提何だ」
「…………あ」
その説明で気が付いたのだろう。エルシャは呆気にとられた顔をする。
「そう、例えば、相手が敵対する魔術師なら、魔力を発しただけで違和感を感じる者だって、魔力を感じ取る者だって居る。そういう者が居たりしたら、こっちがたてた計画なり何なりがおじゃんになってしまうかも知れないから、その場合は自分の足で動き、自分の目で確認する癖なりを付けておかないといけないんだ」
理路整然と当然の事をそれっぽく言う。
「確かにそうですね。人間、楽を覚えてしまったら、そこから先には行けないと言いますし」
「そうだ。今回は、エルシャに見回ってきた後の最終確認を兼ねているから、これを使ったんだ」
「成る程。理解しました」
俺の説明に感嘆し、納得するエルシャ。
「よし、森に入るぞ」
〜・・・〜 〜・・・〜
森の中は、鬱蒼と木々が生い茂っている事で薄暗く、奥に向かう程暗くなっている。まるで、森の奥から滲み、這い出てきた闇に包み込まれて仕舞いそうな気がした。それを、徐々に日が暮れて来るに連れ、更に拍車を掛ける。
森に入り、それなりの距離と時間を歩いた。
しかし、俺は森に入ってからある違和感を感じていた。
それは、
「何で、こんなに静かなんだ?」
森の中を歩き回っている間、虫の声も動物の鳴き声も聞こえる事はなかった。
そうして、何より、辺りに漂う不穏な重くのし掛かる空気。最初は、こんな鬱蒼とした森の中だからかと思っていた。一年もの間を森の中で過ごしていたので、余計にそう感じてしまっていた。
だが、それが今では全くの間違いだと気付いた。
何故なら、ここに至るまでに一匹たりとも虫や動物、そして魔物さえもその姿を見ていないのだから。
「やっぱり、速めに動いて良かったかもしれないな」
「そうですね。流石にこれは、静か過ぎてちょっと不気味です」
さらに先に行く為、もう一段階以上警戒を強める。
既に周りは漆黒に包まれ、後ろの森に入ってきた方向も見透せない闇に覆われていた。
「どうしますか、これ以上進んだら危険だと思いますが」
「そうだな。今日はここらで夜営しよう」
「ですが、既に暗くなりきっています。それで、火を起こすのは無理何じゃ」
エルシャは周りは見回し、既に暗くなりきっているのを確認し、足元も落ちている枝を探すのも困難。
しかし、そんな当然の事を俺が見落とす訳もなく、不敵に笑って見せた。
「ふっふっふっ。おいおい、エルシャ。俺は夜営をするとは言ったが、ここで野宿するとは言ってないぜ」
「………………えっと、じゃあ、どうするんですか?」
と、聞いてくるが、その顔は「まさか、また」という表情をしていた。ここまで俺の非常識&理不尽な力を見てきたからか、俺が何をしようとしているのかを理解したのだろう。
そうして、それは大正解。
「そんじゃ、早速。【境界空間】」
手を目の前の空間に翳し、そこ目掛けて魔術を発動すれば――――あら不思議、何処の家にもあるごく普通の木製の扉が出現する。
「えっ、何でいきなり扉が!? というか、何処から出てきたんですか!?」
エルシャは自分達の目の前に突然現れた扉に驚きながらも、警戒を表すかのように腰に挿した剣の柄に手を乗せ、何時でも抜ける準備をしている。
俺はエルシャのその反応に苦笑し、扉のドアノブを廻し開ける。
すると、そこに広がっていたのは――――
「…………………………え?」
目を点にして、自分の目の前に広がっている光景に呆気にとられる。
扉の先には、広い吹き抜けのある玄関が広がっていた。
俺は気にする事無く扉をくぐり中に入る。その後を呆然としたエルシャがおっかなビックリと、腕から徐々に入ってきた。
その行動が余りにも可笑しくて、小さく吹き出してしまった。
「あの、タクトさん。これは?」
扉をくぐり、その先に広がっている室内を見回し、呆気にとられていたエルシャが俺に聞いてくる。
「ここは、俺の魔術が造り出した擬似的な空間でな、ここでの時間は外より速くなっているから、ゆっくり休む事が出来るぞ」
「いや、そうではなく、これは何なのですか?」
エルシャはそれも込みでここが何処なのか聞いてくる。
「ちょっと説明が難しいんだが。うーん、そうだな。……………エルシャは神様って信じるか?」
「はい?」
唐突な質問にエルシャは疑問系で返事をする。
「いや、だから神様が居るのかどうかって事」
「何を言っているんですか。そんなもの居るに決まってるじゃ無いですか。私はそこまで熱心な信者という訳では無いのですが、神様が居る事は知ってますよ」
「そうだよな。そもそも、この世界では神と人々の距離が近いからな。まあ、それは置いといてだな、ここが何処かっていうと、ここは世界と世界の間に存在する『狭間』と言う場所だ。この『狭間』ってのは、神が管理している世界同士がくっつかないようにする緩衝材の役割をする空間なんだ。んで、俺はそこに魔術(と異能)で異空間を造る魔術を作り出したんだ」
「……………………………………」
エルシャは何も言うことが出来ないのか、もしくは俺の説明が理解出来なかったのか、身動ぎせず固まってしまった。
今のエルシャの顔からは表情が抜けているが、俺は何と無くエルシャの内心が理解出来た(たぶん)。
だが、俺としてはこの先心配になってくる。
確かにこの魔術は異常で、常人には理解出来ない物だが、俺が作り出したオリジナル魔術はまだまだ存在し、その中にはコレと同等かそれ以上の物が幾つもあった。
作り出したオリジナル魔術を見て俺は、「ヤベエ、もう少し自重すれば良かったかも」と多少の後悔を抱いていた程だ。




